君を、みつける
※スペード海賊団時代
「はあ…」
また足でまといになってしまった。ナマエは一人反省会を行っていた。今日の自分の惨めな姿を思い出すたびに溜息が出てしまう。ああ、なんでいつも私はこうなのだろう。
ナマエはスペード海賊団の料理人である。とある島で空腹で倒れたエースとデュースを助けたことがきっかけでスペード海賊団に所属することになった。海賊団の中ではデュースに次ぐ古株であるのだがお世辞にも戦闘の才能があるとは言えないナマエは、戦闘時、貯蔵庫の見張りをすることが常であった。貯蔵庫は食堂から厨房に入り、更にその奥に位置している。仲間たちが甲板で食堂の入り口を守ってくれるので、いわば貯蔵庫の見張りをしろということは、隠れて大人しくしていろと同意のようなものであった。
それなのに、今日の戦闘でナマエは敵に捕まった。貯蔵庫の整理をしていたナマエは敵襲が船に乗り込んだことに気づかず、うっかり食堂の外に出てしまったのだ。
「りんご腐りかけてたから、剥いたよー」
とのんきな事を言いながら皿を抱えて食堂を出ると、知らない男がナマエを見下ろした。船長であるエースが「げっ」と叫んだのと同時に、ナマエの体は男にあっけなく捕らえられてしまったのである。
戦闘自体はエースを筆頭に仲間たちの活躍で直ぐに終息したのだが、まさに漫画のような出来事にナマエは笑いものになってしまった。
「なんであのタイミングなんだよ」
「りんごはまだ残っているか?」
と揶揄われて、「やらかしちゃった」とその場をへらへら誤魔化したのだが、内心はとても笑える心情ではなかった。へまをしたのはこれが初めてではない。エースとデュースと冒険を始めてから二人に何度も守られた。頼もしい仲間も増えて、数々の強敵とも対峙して、いまやエースの名は世間にも広まった。だからこそ、ナマエは時折考えるのだ。自分はこの船にいていいのかと。
「はあ…」
何度目かもわからない溜息をつき、マストの上の見張り台でナマエは膝を抱えていた。甲板では皆が今日の勝利を祝福して手に入れた酒で宴を開いている。酒瓶を一本拝借して、こっそりと梯子を登った。いつもより多めに料理も用意したので直ぐにお呼びの声もかからないだろう。
弱音を打ち消すように酒もついつい進んでしまう。半ばやけくそに喉に流す酒は酷く不味い味がして、より自分が惨めに思えた。
(ほんと、何やってるんだろ)
ジワリ、と涙が浮かんで顔を太ももに押し付けて鼻をすする。すると、「お、いたいた」と頭上で声がして。顔をあげればエースが見張り台の手すりから顔を覗かせて、「よぉ」と片手を挙げていた。
(あ、また、今日も見つかってしまった)
「そっちに行ってもいいか?一緒に飲もうぜ」
「…どうぞ」
いいか、なんて尋ねる癖に、ダメだと答えても最後には自分の意思を貫くのが彼だ。断っても結果は同じになることは目に見えていたので承諾すれば、エースは軽々と手すりを乗り越えて、ナマエの横に着地する。
「今日はマストの上か」
「別に探してもらわなくてもいいよ。どうしたの?ご飯まだあるでしょ?」
「あぁ、それは問題ねェよ。全部美味かった。ありがとな」
エースは横に座ると、飲みかけの酒瓶をナマエの手から取って喉へ流し込む。
「美味いっ!いい酒だな」
「エースは大抵なんでも美味しいっていうよ」
「違いねェ」
とゲラゲラと笑い、デュースが躓いてコケていただの、腐った酒が交じっていただのと他愛のない話を始める。
エースはナマエが一人反省会をする際は、何故かいつも現れる。厨房の流し台の下、バスタブ、ワイン樽の物陰。前回は女部屋のクローゼットの中だったのにも関わらず、躊躇いもなく部屋に入った彼はナマエを見つけた。ナマエなりに見つかりにくい場所を考えているのだが、不思議とすぐに見つかってしまう。その癖に、どうして隠れているのかとは一度も尋ねず、今のように普段通り接して、大抵は世間話をして終わるのだ。おかげでナマエは納得いくまで一人反省会を終えた試しがなかった。
「どうしてここにいるってわかったの?」
「勘」
「それだけ?」
「おう。でもわかるんだよ。多分あそこにいるんじゃねェかなって」
ほらお前も飲めとエースは瓶を差し出す。全くもって説明になっていないのに、"勘"と言い切る彼に思い当たる節がありすぎて納得してしまう。彼の野生のそれに窮地を脱したことは多々あった。もう一度口にした酒は相変わらず酷い味で、エースの舌を疑いたくなった。
彼と話をしていると、船に乗った日のことを思い出す。ナマエが海に出た理由はそもそも単純で、小さな島の生活から抜け出して世界を見たいというものだった。冒険譚を語るエースたちが眩しくて、自分から船に乗せてと頼んだのが始まりだ。冒険を通して、ポートガス・D・エースという人物に魅せられ、この船のクルーであることも誇りに思う。しかし彼の名をこの海に広めたいと思えば思うほど、自分がお荷物に感じてしまうのだ。
「なあ、ナマエ」
「ん?」
「バカなこと考えんなよ」
不意にエースが心の中を読んだ様にいった。驚いて彼をみればエースは真っ暗な海から視線をナマエへ移した。酒も入り上機嫌に笑っているものの、真っすぐに見つめる瞳は精気があり弱音を見透かすようだ。粗野に見える癖に、エースは時折確信を突くことがあった。今ほどその時が来ないで欲しいと、思ったことはなかった。このまま彼といつものように話して終わっていくはずだったのに、エースから踏み込んでくるなんて。プツンと糸が切れ、ナマエは口を震わせながら開いた。
「他の、料理人を、探した方が、いいよ」
ああ、ついに言ってしまった。
絞り出すように区切りながらでなければ伝えられなかった。口にすれば少しは楽になると思っていたのに、背中に鉛玉が乗ったみたいにずしんと重く、苦しくなる。エースはナマエがこういうことをわかっていたのだろうか。表情を崩さずにナマエから視線を逸らさない。しばらくの沈黙の後、すう、っと彼が息を吸うのが聞こえナマエは自分勝手にも耳を塞ぎたくなる。しかし言葉は発せられず。代わりに伸びてきた彼の手はぐりぐりと力強くナマエの頭を撫でまわした。
「いっ、痛いよ」
「くだらねェこと言うお前が悪い」
「でも、わたしじゃ」
「聞きたくないね」
エースは両手で耳を塞いで、べっと舌を出す。まさかこれでこの件を終わらせるつもりなのか。こっちの気も知らずに、と少し頭にきて、その手を耳から離そうとするが、ぐぐっと眉間を寄せて全部の力を注いでもエースは余裕の表情をしている。しかしあまりに必死なナマエの表情に、エースは堪えきれずにブハッと吹き出してしまって。不意に手の力が緩まり、バランスを崩したナマエの体はそのままエースの胸の中に倒れ込んだ。
「いや、お前の顔っ、はっは!」
「こっちは真面目に言っているのに!」
「あー、わりいわりい」
エースは肩を震わせて笑う。額に手を当てて息を落ち着かせると、何を思ったのか倒れこんだナマエの背に手を回して体を引き寄せた。抱えられたり、背負われたりすることは今まで散々あったが、初めての彼との距離間に戸惑ってしまう。しかしそれは男女の甘い抱擁というよりは、大切なものを無くさないように囲うようで。ナマエは安堵してなんだか泣きたくなる。
「おれの船の料理人はお前だ。代わりはいねェ。隠れたきゃ隠れりゃいい。お前がどこにていても、おれが見つけてやるよ」
こっちの気も知らずに、散々悩んできたことを、その言葉で打ち壊す。さも当たり前のように言う彼が憎らしい。やめてよ、と言いたいのにいよいよ流れ出した涙に遮られてしまう。この場所が心地よくて抜け出せない。エースはナマエの泣き顔をみると、ケラケラと笑った。その背にゆっくりと手を回せば「おっ」と彼が小さく呟いて、微かに体がピクリと反応した。けれどナマエは気づかないふりをして、その胸に顔を埋める。こんな所、仲間たちにはとてもみせられやしない。
そう思った矢先、「おーい、エース!どこだ?」とタイミングを見計らったように甲板からデュースが叫び、ナマエは肩を跳ねさせた。エースは彼女を抱きしめて座ったまま、「どうしたー?」と間延びした声で答える。
「なんでお前そんな所にいるんだよ」
デュースは遥か頭上の見張り台から声がしたことに驚いているようだ。
「ちょっと風に当たりたくなったんだよ。それより、何かあったのか?」
「ナマエ知らないか?つまみが少なくなってきたから探してるんだが、姿が見えないんだよ」
たっぷり用意したはずの料理も、酒で肥大したクルーたちの胃袋を満たすには足りなかったらしい。一人反省会はもうとっくに終わった。戻らねばと、鼻をすすりながらナマエがその声に答えようとすると、エースはその頭を押さえて遮った。
「いーや、見てねェよ」
「おかしいな。お前なら知ってると思ったんだが」
「知らねェな。探せるもんなら、探してみな」
「ん?ああ、そうするよ」
大嘘つきめ。今腕の中に閉じ込めている女は一体誰だと問うてやりたい。デュースが去るとエースは悪戯が成功した子どものように笑って目配せをする。クルーと船長が見張り台で隠れて抱き締めあう姿は、傍からみれば異質だろう。ナマエ自身も明らかにおかしいことはわかっている。けれど彼が背に回した手は固く結ばれていて、解ける気配はない。
私たちは大切な仲間だ。ちゃんとスペード海賊団として胸をはるから、これからも一緒に冒険を続けるから。だから、せめて涙がとまるまでは、この温もりに包まれていたいと思った。
今ならば酒も少しは美味しく感じるだろうか。