煌きの貴方

※スペード海賊団時代
ノベルA読んでなくても読めると思います。



冬の海で朝を迎える瞬間が好きだ。
何もない真っ暗な海の地平線から、暖かな朝日が昇る瞬間。プリズムが輝いて漆黒の海を照らし、やがて海は色を取り戻す。そんな瞬間、ナマエは目を奪われて息をのむのである。


「最近随分と早起きだな」

昨夜の宴で、急にデュースに話題をふられてナマエは目をまん丸くした。慎ましやかに早朝にこっそり眺めていたので、まさか誰かに見つかっているとは露にも思っていなかった。

「へェ、なんでまた?」

酒の手を止めずに顔だけで反応したのは向かいに座るエースであった。人が早起きする理由なんて一番興味がなさそうなのに意外である。ナマエの回答を待つ二人の視線に、正直に朝日を見にいっているのだと伝えれば、エースは拍子抜けしたように肩を落とした。

「なんだ。そんな理由か」
「なんだ、って!本当に綺麗なんだからね」
「確かに、冬の海は空気が澄んでいるから綺麗に見えるだろうな」
「そうだよね?流石デュースはわかってる」

ナマエがデュースの肩を叩くと、エースは面白くないとしかめっ面になった。旗揚げからの付き合いで、ナマエはデュースに次ぐスペード海賊団の古株である。どうやらエースは仲間外れにされたように感じたようだ。その子どもじみた反応にデュースとナマエは目を合わせて、やれやれと同時に肩を竦めたのだった。

「エース、起きて」
「んんっ?何だよ…もうちょっと、…寝かせてくれ」
「だめだよ、日が昇っちゃう」

"それならば、明日の朝、一緒に朝日を見よう"
エースの思いもよらない発案で約束をすれば、予想通りこのザマだ。ゆすっても、つねっても。最終手段で鼻をつまんでも、エースはベッドに張り付いて起きあがろうとしない。約束は酔っぱらいの気まぐれだったのか。ナマエも酒が入り、昨夜は朝日の美しさをついつい熱弁したのだが、この男には響かなかったようだ。
しかし「エースが起きられないから…」と太陽は待ってはくれない。日が昇るのは一瞬だ。
ナマエは布団に丸まるエースの頭に落胆のため息を一つ落とした。腹いせに毛布をひっぺがすと、エースはウウっと唸って眉を寄せた。

「先に行ってるからね!」

もともと早起きが得意ではないのはわかっていたが、少しばかり期待していたのでがっかりだ。デュースにも声をかけたが「おれは大人しく寝ておくよ。頑張れよ」と断られた。デュースにはナマエのエースへの気持ちがバレているのだ。
デュース、気を使ってくれてたのにごめんね…
仕方なく一人で甲板に出ると、冬の空気が鼻先をツンとかすめた。冬の朝はコートを着ていても、まだ心もとないぐらい寒い。
毛布を拝借してよかった。ナマエは毛布をコートの上からストールのように被って朝日が昇る船尾へと足を進めた。まだ日が昇らない空は、太陽が水平線に隠れているその周りだけが紅く染まっている。それだけでも美しいのだが、やはり日が昇る瞬間は格別なのだ。その僅かな明るさを頼りに、ナマエは甲板を歩いた。
この時間帯は昨夜の見張り役と朝食の準備のためにコックが起きて、時折パタパタと足音が聞こえるぐらいに静かである。途中、目の間をコタツが通り過ぎて「おはよう」と挨拶すれば、眠たそうな「にゃ〜ん」という可愛らしい声が返ってきて笑みがこぼれた。


「あ、」

船尾が見えると、光が溢れてきたので、ナマエは慌てて足を進めた。水平線から丸い日が顔を出し始め、船尾に到着すると思わず手すりから身を乗り出した。毛布がハラリと落ちる。白と黄と朱の三色の煌めきが海と船とナマエを捕らえて照らしていく。この一瞬を見逃すまいと、瞬きするのも惜しいぐらいであった。

「危ねェぞ」

思わぬ声をかけられて、腕を引かれて体を引き戻される。見上げれば、一体いつの間に目を覚ましたのか。大きな欠伸をして目に涙を溜めたエースが立っていた。無理して起きたのか、エースはコートも羽織らずに寝巻のままだ。「さみっ…」とボソッと呟いて足元に落ちた毛布を拾いあげると、エースはそれを背から被った。そして、ナマエごと後ろから抱きしめるように包んだのだった。
腹の前に回された腕にナマエの心臓はバクバクと脈打って、一瞬で顔が熱くなる。エースにとってはただの暖をとるための手段だったのか、恥ずかしがる素振りを微塵も見せない。
こんな顔、見せられない。
咄嗟に前を向いて、平常心を装って手すりを握る手に力を強めた。人の気も知らず、エースはナマエの頭に顎を乗せる。そして、ようやく海を見渡したのか、エースがハッと息を飲み込んだのが背中越しにでもわかった。

「…すげェな」

感嘆した声をあげて、数秒お互い黙り込んだ。

「…綺麗でしょ」 
「あぁ、綺麗だな。起きた甲斐があったぜ」

(寝坊したくせに)
火照った顔を見せられず、心の中でつぶやく。けれどこんな美しい景色を前に悪態をつくのは罰当たりな気がして、ナマエは前を見続けたのだった。

太陽が昇るこの瞬間。この煌めきをみると、ナマエはいつもエースのことを思いだす。何度も救われた、彼の温かな炎に、この煌めきは似ているのだ。
偶然に早起きして初めてこの光景を見てから、冬の朝日を待つことはナマエの密かな楽しみになった。冬島の近くを航海するときだけに見られる景色に、一人胸を躍らせたのだった。
この光景をエースと分かち合えたことが嬉しい。彼が同じものを綺麗と言ってくれたことが嬉しくて、思わずふふっと笑いを零すと「どうした?」とエースは顔を覗いてきた。こんな抱きしめられたような体制で見つめられては、とても堪えられそうになかったので、何でもないと頭を振って誤魔化した。けれど、
頑張れよ
と背中を押してくれたデュースの言葉が不意に思い出されて、ナマエは一度瞼を閉じた。そしてゆっくりと呼吸を整えて、口を開いたのだった。

「この、朝日が、好きなの」
「ああ」
「大好き、なの」 

短く、言葉を置くように想いをこめて丁寧に言った。手すりを握る手が震える。こんな遠回しな言葉ではエースには伝わるわけないとわかっているのに。これがナマエの精一杯だった。
けれど、思いがけず、腹の前に回されたエースの腕に力がこめられたのであった。寒さを凌ぐためだけとは思えない暖かさに包まれて、ゆっくりと彼を見上げれば、エースは美しい光を眺めたままであった。
エースは暖かな太陽の光に照らされて、まるで炎を纏っているときの彼のようだ。やっぱりエースはこの煌めきに似ている。

貴方が好きです
いつかもっと素直に言えたらいい。目頭が熱くなって俯きそうになるが、懸命に顔をあげた。
この美しい煌めきが、きっと、この涙を隠してくれると思ったから。