業火に焼かれて灰になれ!
「うおおっ…‼」
エースはベッドから跳ねあがって目を覚ました。
現実!?夢!?いや、現実なのか!?
見慣れた自室に、ぼやけた意識が覚醒する。さっきまで隣にいた女の姿を探して、部屋を見渡すが、廊下から船員の声が微かに聞こえてくるだけで空しいものであった。窓から快晴の太陽の光が差し込んでくる。ベッドのシーツに女の体温は微塵も残っていない。
なんだ、夢だったのか…。
額に手をやって髪をかき上げれば、じわりと汗が滲んでいた。その姿勢のまま固まって、バクバクとなる心臓を落ち着かせた。
夢の中で抱いた女のリアルな感触が、まだ手に残っている。触れたいと思っていた肌は、胸も尻も腰も、全て滑らかで柔らかく、ほどよく弾力があり心地よかった。「エース、エース」と掠れた声で名前を繰り返し呼んで己の下で乱れる女の姿が瞼に焼きついて離れない。
いやいや、だから夢じゃねェか。尻の青いガキじゃあるまいし。
「げっ……」
しかし、否定する意思とは逆に、身体は素直に反応して、ブランケットを持ちあげて股間から反り立つモノがある。
エースは深く深く息をはきだして、己のそれに手を伸ばした。
隊長になってよかった。一人部屋をあてがわれてよかったと、今日ほど思ったことはなかった。
「エースおはよう」
「い゙っ…‼」
モノを何とか落ち着かせて平静を装って甲板にでたエースを出迎えたのは、煌々とした太陽と、夢でみた女、ナマエであった。ナマエの顔をみると夢を思い出して身体が反応してしまいそうなので、できるだけ今日は距離を置こうと思っていた矢先のことであった。
千人を超える船員をのせる大海賊船モビー・ディック号。そう易々と会わねェだろうとたかをくくって扉を開ければ、一発目に飛び込んできたのは太陽にも負けないナマエの眩しい笑顔だった。
思わず苦虫を噛んだような声を上げると、ナマエはううん?と怪訝そうに眉を顰めた。
おいっ!こっちは今お前の残像を打消してきたばかりなんだよっ!
更にエースを動揺させたのは、今日のナマエの格好である。一番隊所属で船医であるナマエは、いつも白衣の下にきっちりとシャツを着て、下もスラックスをはき、肌をほとんど見せることがない。海賊らしからぬ格好に、ナマエのあの服の下はどうなっているのだと下賤な妄想をする者は少なくはない。エースもしかり。
しかし今日のナマエは下こそスラックスであるものの、上はタンクトップ一枚で、白衣もシャツも身に着けていない。稀な姿に、夢で触れた二の腕や胸の谷間が惜しげもなく晒されて、エースはごくりと唾を飲んだ。
夢の通りの豊かさじゃねェか!と感動するも、いや、見るな、昂っちまうと目を泳がせる。
「今日はいい天気で、気持ちがいいね」
まさかエースがそんなことを考えているとは知らず、ナマエはモーニングコーヒーを片手にカルテを確認している。いつもは医療室に籠りがちなくせに、今日の陽気な気候はナマエを外に連れ出したようだ。日焼けとは無縁の白い肌が更に目に毒である。
「体調はどう?いつもと変わりない?」
「あ、ああ」
お前を抱く夢をみて、朝から昂ってましたなんて言える訳もなく。ぎこちなく返事をすれば「そう?今日は暑いから水分をしっかりとってね」とナマエは医者らしい言葉を返して、他の船員の元へ声をかけに行ってしまった。
ふう、なんとか切り抜けたぜ。やれやれと安堵して、甲板で働く船員に「よお」と適当に挨拶しながら船の端に寄った。トレードマークの帽子を深めに被って、出来るだけ表情を見られないようにした。
「いや〜絶景!絶景!」
「うおっ‼」
悶々としたエースの肩を突如抱いたのは四番隊隊長のサッチであった。遠くを見渡すようにワザとらしく額に水平に手を当てて見つめる先にはナマエがいる。
「まさかナマエちゃんの白衣の下が、あんなことになっているなんて。なあ?」
エースがナマエに好意を抱いていることを知って、わざと煽るような言い草だ。ナマエに話しかけられた船員は鼻の下をだらしなく伸ばして、視線はチラチラと谷間を行き来している。やばいな。オレもあんな顔してたのか。
いつもであれば、「眼福眼福」と男の悪乗りで返すところだが、夢の中とはいえ抱いた手前直ぐに御茶らけて返すことができなかった。意識してしまえば、また昂ってしまいそうな危うさがある。しかしそんなことは露ぞ知らないサッチは、言葉に詰まるエースを訝し気に見下ろしたのだった。
「お前変なもんでも食ったのか?薄着のナマエちゃんだぜ?レアだぜ?ほら、見れるうちに見ておけって」
「ちょっと、黙ってくれ…」
「なんだ見たくねェのか?」
「いや、そうじゃねェ、そうじゃねェけど…」
「お前顔真っ赤じゃねェか‼」
うるせェやいっ!こっちは、とんでもねェ夢を思い出して昂ってしまいそうで、ナマエを見ないようにしてんだって!と叫びそうになるが、ナマエに聞こえそうなので堪えた。
しかしエースの踏ん張り虚しく、サッチは勝手に早とちりして突っ走ったのだった。
「おーい‼ナマエ‼エースが体調悪そうだから見ってやってくれ!」
いや、冗談だろ。止めてくれ!バカでかいサッチの声にナマエは直ぐに気が付いて、話を切り上げてこっちに向かって走ってくる。いや、胸が、揺れてん…だよっ!
「サッチてめェ!」
余計なことしやがって!と睨んだ時にはサッチはそそくさと傍を離れて、さながら恋のキューピットにでもなったつもりかグッドラックと言うようにウィンクつきで親指をたてている。体調を心配する気は端からなかったようだ。
「エースやっぱり調子悪かったの?」
「…いや、そんなことねェよ」
気を利かせたサッチには悪いが、今日だけはナマエとは一定の距離をとらないといけない。しかし適当な言い訳が浮かばない。ナマエは船医として真面目に質問をしてくるが、その間にもナマエの胸に視線がいってしまう男の性が憎い。
夢よりちょっと柔らかそうだなとか、触れてみてェなと煩悩が湧き上がって、脳内では夢にみたナマエの乱れる姿が勝手に再生され始める。
「ちょ、ちょっとエース‼」
突然ナマエが慌てて声を荒げたので、エースは夢想から引き戻された。目の前のナマエは目を大きく見開いて、エースの後ろを指さした。ジリジリ、プツプツと音がして、まさか!?と振り返ると、己の背中から白い煙があがっていく。
「うおおおお‼」
慌てて背中をバシバシと叩くが、煙は一向に消えず、思わずその場にしゃがみこんだ。「大丈夫!?」とナマエも追うようにしゃがみこんで顔を近距離で覗きこまれる。
「炎のコントロールができなくなるなんて、やっぱりどこかおかしいんじゃない!?」
ナマエはエースの両肩を掴んで、熱をみようと額へ手を伸ばした。
「いや、本当に何もねェんだ!本当にっ!」
炎を消せない焦りと、いきなり触れたナマエ体温に驚いて、エースは反射でその二の腕を掴んでしまった。程よく肉がついた腕に指が食い込んだ。柔らかく、けれど弾力があり指を跳ね返す。滑らかなそれは大層気持ちよく、二度、三度と揉んでしまう。見た目だけでなく、感触まで夢の中と同じであった。「ちょ、ちょっと」とナマエが戸惑う声が微かに聞こえるが、止まらない。
二の腕の柔わらかさは胸の弾力と同じと何時かの宴で野郎が言っていた。
もうエースは限界であった。背中からは勢いをまして煙があがる。
「…お前を抱く夢を見た」
「へっ…?」
らしくない、小さい声で落とすように伝えれば、ナマエは動きを止めて固まった。口をポカンとあけて、エースの言葉の意味を理解できずにいるようだ。
あぁ…しまった。完全に引かれちまった。そりゃそうだ。好きでもない男に勝手に抱かれる夢を見られて、興奮されて。それを胸に中にしまとっきゃいいものの、告白までされたのだ。しかも男はその興奮を表すように、背中から煙をあげているときた。
終わったな、おれ。
「なんだよ…見ちまったものは仕方ねェだろ」
「はは、そうだよね…夢だもんね」
「わかったら、おれから離れたほうがいいぜ」
ナマエへの気持ちが今日で終わるのかと思えば、少し気持ちが開き直ってくる。
夢は自分で選んで見ることはできねェよな。そりゃ想像して何度も世話になったことはあるが…とか余計なことを口走りそうになったので、やはりエースはこの場を離れることを決めた。
ナマエの二の腕から手を離し、帽子を整えて立ち上がろうとする。しかし未だ肩を掴んだままのナマエの手は離れず、むしろ力が込められたのだった。
「お前な…」
おれは言っただろ。本当に、これ以上は駄目だとナマエを見た。しかし改めて見たナマエの顔はりんごのように耳の端まで真っ赤に染まって、肩に置かれた手は少し震えてさえいる。
「おい、「わ、わ、私も…エースとスる夢を見たことがあるよ…!」
「は…?」
食い気味に言葉を遮られ、今度はエースが固まったのであった。
ナマエの手のひらから伝わる熱はどんどん温度をまして、エースの背中からはいよいよ炎が噴き出した。反芻すればするほど、炎はボウっと音をたてて燃え上っていく。
エースは一度天を仰いで、これこそが夢ではないかと思った。晴天の空に、己から生まれる煙と火の粉が上がっていく。けれど、肩に置かれた手に手を重ねれば、それはまぎれもない温度と感触で、現実であるに間違いなかった。
「…お前、そんなことオレに言っていいのかよ…?」
顔を寄せて耳元で熱を帯びた声でポツリと言えば、ナマエの瞳が大きく揺れた。その声にナマエは俯いてしまったが、やがてコクリとエースにだけわかるように小さく頷いたのであった。
ゴクッと聞こえるぐらいの音で喉が鳴る。帽子の鍔がナマエの額にコツンとぶつかって、ナマエはゆっくりとエースを見上げた。
交わった瞳からは、太陽よりも、背に燃え上がる炎よりも、熱く伝わるものがあったのだった。
「マルコ!エースとナマエが燃えてるぜ!」
「ありゃ放っときゃ治るよい」