気まぐれな背中

「この馬鹿もんがああ!!」
「ぎゃああっ!!」

父上は容赦ない。どれぐらい容赦がないかというと、一人娘の私の顔を平気で殴り飛ばし、蹴り飛ばし、伸びて倒れたところに火遁をおみまいするぐらいに容赦ない。
子宝に恵まれず、唯一授かったのが私であった。待望の子ども。けれど、女。一族の一員として、強き戦士を欲していた父はそれはそれは落胆したらしい。
反して父の自称ライバル的な存在である当主のタジマ様は四人の御子に恵まれた。内二人は残念なことに幼いころに命を落としたが、残りの二人は鬼才を放って、うちは一族の中でも突出している。父はどうやら二人と同等の高みに私をいかせたいらしい。
そんな二人と比べられましてもねェ〜と心の中でぼやきながら、父の炎で焦がされてむき出しになった臍をさすった。いい感じに染色して気に入っていた服だったのに最悪である。
成果を出さない修行に痺れをきらした父は、地面に大の字で倒れた私を放って帰ってしまった。見上げた空は橙色。カラスが「か〜」と間抜けな鳴き声を落として空を横切った。ここもじきに日が落ちて真っ暗になるのだろう。
早く私も家に帰って休みたいところだが、限界まで修行をさせられた体は休息を欲して動かない。少し休んでから帰ろう。最悪このまま野宿だなとぼんやりと考えていると、黒い影がヌッとのびて視界を遮ぎった。急に現れた漆黒に、夜が訪れたのかと思って瞬きを繰り返す。

「女が腹を出して寝るな」
「なんだ。マダラか」

現れたのは鬼才兄弟の長男坊のマダラであった。ただですら、不機嫌な顔が、私の間の抜けた返事で余計に顰められる。ふうーとワザと聞こえるように吐き出す溜息は、もうお馴染みのものである。
マダラと私は幼馴染というやつだ。といっても、一族の歳が近い子どもは集められて一緒に『一族の歴史』を学んだり、鍛錬したりするので皆幼馴染のようなものである。父がタジマ様につっかかるから、他の子どもたちよりもマダラとの関わりがちょっとばかし私は多いのだ。

「あいにく疲れすぎて、服を戻す気力もないの」
「己の加減を知れ」
「それは私の父上様にいってくれませんかね」

ふうっ、とまた溜息が落ちた。マダラの溜息は臍に届きそうなくらいに長かった。
それでも彼は私にとって助け舟だ。体を起こしてと手を伸ばせば、マダラは目を細めてゴミでもみるかのように私をみた。ひどいな。

「自分で起きろ」

と言い捨てて本当に放っていこうとするマダラは厳しい。ここに来てくれたのがイズナだったら、「大丈夫?」ときっとすぐに起こしてくれていただろうに。そう言えば、益々マダラを怒らせることがわかっているので心にとめた。

「マーダーラさま〜!」
「様をつけて呼ぶな。気色悪い!」
「お願いだから、放っておかないでよ」

猫撫で声でお願いすれば、マダラはぴたり足を止めて、今日一番大きな溜息をついたのだった。そして私の傍に戻ってくると、しゃがんで腕をグイっと引っ張った。

「いたっ、痛い!もっとゆっくりして」
「甘えるな」
「いたたたっ!本当に痛いっ!」

悲鳴をあげて睨みつければ、マダラは愉快に、くつくつと喉を鳴らして笑った。ワザとだ、この野郎。私がマダラに頼らなければいけない状況なのをわかっているのだ。
けれどてっきり俵のように担がれるのかと思いきや、意外にもマダラは私を背中に負ぶってくれるらしかった。私の腕を自身の背中から胸元へ回し、立ち上がる。浮遊感に落ちてたまるかと彼の腰に足をぎゅっと回せば「動けん。力を緩めろ」と制され、彼の手が太ももの下に回ったのだ。体勢が安定すると、マダラはゆっくりと歩き始めた。

「髪の毛もさもさだね」
「落とされたいか?」
「嘘です!大変快適です!はいっ!」

彼なら本当に落としかねないので、回した手に力を込めた。もう余計な事は言わないでおこうと、彼の肩に顎をのせて体をぐったりと預ける。
冷たい顔をしているけれど、マダラの背中は温かい。すっかり広くなった背中は、心地がよかった。
初めてこの背に負ぶってもらったのはウンと小さい時に、マダラに勝負を挑んでコテンパンにされた時だったと思う。その時も私を放っていこうとしたマダラに「お家までつれていって〜!」と大泣きして縋り、負ぶってもらったのは苦い記憶である。戦場で敵にボコボコに殴られたときも、足を折られた時もそういや負ぶってもらったな。思い出すのは惨めな記憶ばかりだ。
弱い者を嫌うマダラにとって、私は足手まといでしかないのだと思う。本当は私のことなんて放っておきたいだろうに。なんだかんだ一族思いの彼の気まぐれな優しさに、私は度々甘えさせて貰っているのである。彼の顔を覗けば、マダラは瞳を滑らせて、私を「なんだ」と一瞥した。

「私って弱い?」
「弱いな」
「直球だね!」
「お前が聞いたんだろ」
「それもそっか。そうだよね」

我ながら、何て答えのわかりきったことを聞いてしまったのだろうか。これじゃ自分で傷に塩を塗っているみたいなもんだ。あーあ、とマダラの首元に顔を埋めれば、何事もなかったかのように彼は歩を進める。

マダラはこの先、次期うちは一族の当主となる男だ。そうなれば、こうやって負ぶられることも、いよいよなくなってしまうのだろうな。
ねえ、マダラ。私じゃ貴方の足元にも一度も届いたことなんてないけどさ。横を歩きたいとか、図々しいことは言わないからさ。もう少し頑張って強くなるから、これからも一緒に闘わせてほしいんだよ。どうか弱いからだと、女だからと切り離さないでほしい。それで、いつかマダラを守ってこの命が果ててもいいと思ってる。そうしたらちょっとは、私でも役に立ったって認めてくれそうじゃない?
なんて一人感傷に浸っていたら、マダラがポツリと言ったのだった。

「…骨ぐらいは拾ってやる」
「え?」

思わず顔をあげて彼を見れば、マダラは真っすぐ前をみたままであった。独り言かと思ったけれど、彼は言葉を続ける。

「阿呆のお前が考えそうなことくらいわかる」
「…それってすごい遠回しな求婚だったりする?」
「やはりお前は阿呆だ。どう考えればそうなる?落とすぞ」
「えっ!本当に止めて!ごめんなさい」

慌ててもう一度ぎゅっとしがみつけば、マダラは口角を上げてハハっと短く笑った。余りに自然な笑顔だったので不覚にも少し心臓が跳ねたけど、マダラがすぐに笑みを収めたので、私も落ち着かせた。
落とすぞ、と口では脅して来るくせに、太腿の手は緩まる気配はない。私はマダラが「骨を拾ってやる」と言ってくれたことが、前向きにまだ共に闘おうといってくれているようで嬉しかった。

「ねえ、ちょっと思ったんだけど、私骨しか残らないの?」
「お前の力量では十分にありえるだろ」
「せめて、身体は残っててほしいんだけど…」
「なら強くなるんだな」
「じゃあマダラも鍛錬つきあって」
「お前じゃ相手にもならん」

なんて、他愛な会話をしながら帰路への道をすすんでいく。いつか本気で彼に「去れ」と言われるまで、私は彼の気まぐれの優しさに、もう少し甘えることにすると決めたのだった。