微睡の縁側にて

「扉間、ずいぶん腕をあげたな」
「世辞をいうな。今日とて兄者に勝ち越された」
「そういじけるな。嫡男としてオレも易々負けられん」

鍛錬を終えて自宅へ戻った兄弟は、玄関の引き戸を開けるなりピッタリと揃った草履をみて顔を見合わせた。唸るような暑さの中、噴き出した汗を川で流して帰ったものの、まだ身体は熱っぽい。それならば家の縁側で少し涼もうではないかと思っていたところ、来客があるようだ。草履が上手く編めたので、綺麗な紅葉色の鼻緒をつけたのだと喜んでいたのは記憶に新しい。なるほど、これが例の足袋か。家にあがっているであろうナマエを思うと自然と笑みが零れた。

ナマエの父と柱間たちの父が昔馴染であり、何かとナマエとは幼いころより接点が多い。小さい頃は男兄弟の中に混じっても負けないほどのお転婆ぶりで、よく喧嘩にも負けたモノである。女の兄弟がいたのならばこのようであったかと思うことはしばしばあった。しかし体に男女の差が出てきた年頃からは自然とほどよい距離が生まれた。ナマエも女友達と交流するようになり、柱間たちと顔を見合わせれば談笑こそするが、家に来るとは中々に珍しい。鍛錬の後に、嬉しいこともあるものだと柱間は足取り軽く家に上がり、すぐ様ナマエの姿を探した。
しかしその姿は客間にも、居間にも見当たらない。「ナマエー!どこぞー」と叫んでみても、蝉の声がミンミンと返ってくるだけで空しいものであった。

「ナマエーー!」
「兄者!静かにせい!」
「ぐっ…!」

五度目の名前を呼んだところで、扉間に鋭く制されて口を閉じれば「こっちだ」と扉間に手招きされる。おお、ナマエがおったかと嬉々として駆け寄れば、扉間が静かにしろと言った理由がわかった。
二人で涼もうとしていた縁側に先客である。よほど涼しく快適であったのか、ナマエが仰向けに寝っ転がってスヤスヤと寝息を立てているのであった。傍には木箱が置かれており、開けてみれば大きなおはぎが所狭しと並んでいる。

「おお!ナマエのおはぎか!オレはこれが好きでならんのよ!」
「静かにせぇと言っとるだろ!」

大方作り過ぎたおはぎの御裾わけにやってきて、二人の帰りを待つうちに寝てしまったようである。扉間は来訪に浮かれた兄と、無防備な姿で眠るナマエに、はあっと溜息をついた。
いくら昔馴染みといえど、もう年頃の女である。そろそろ見合いの話の一つや二つ出てもおかしくなく、男連中の話題の中にナマエの名があがることもままあるのだ。少々心を許しすぎではないか?とナマエが起きたら小言をいってやろうと考えていると、そのナマエの横に柱間が頬杖をついて寝そべったので扉間は目を引ん剝いた。

「…兄者、何をしている」
「なに。ナマエの顔を見ていると、オレも眠気が移ったまでよ」

いけいけしゃあしゃあと言って柱間は、眠るナマエの頬に手を伸ばして微笑んだ。それを見た扉間はますます目を見開く。

「女は少し見ん間に随分変わるな」
「兄者っ!嫁入り前の女子にすることではない!」
「オレが嫁に貰えばいいことぞ」
「兄者!!」
「静かにせんか。ナマエが起きる」

柱間は寝転んだまま、含みのある視線を扉間に向けた。どこまで本気で言っているのか柱間の目の色からは読み取れないが、冗談で言っているとも思えず、扉間は言葉につまった。我が兄ながら、時折食えぬ男である。
扉間は観念して、空いたナマエの傍らに腰掛けた。柱間は、あっははは!とそれをみて口を開けて愉快に笑う。

「お前の嫁になるかもしれんぞ」
「…兄者の戯言には付き合いきれん」
「はははっ!扉間よ、顔が赤いぞ!」
「もう黙れっ!!」

柱間の笑いはやまず、扉間は気を紛らわせるために木箱をとって乱雑に口におはぎを放り込んだ。甘さ控え目の食べなれた味を懐かしく飲み込みながら、ナマエを見ればこんな喧しいやりとりの中でも変わらず眠り続けている。
来訪が久しければ寝顔を見るのなどさらに久しい。兄者のいうとおり、ナマエは随分と女らしくなった。見かければ自然と目で追ってしまうし、どこぞの男に娶られるのかと考えれば不快に思うのも事実。この兄がどこまで気付いているのはわからないが…と柱間を見ればこちらを見てニヤついているので扉間はそっぽを向いたのであった。ナマエのこととなると甘い兄が一手上手なのが気に食わない。

「どれ、次はナマエとの逢引きでもかけて一本勝負といくか!」
「ナマエで賭け事をするな」
「なんだ…扉間は不戦敗か」
「兄者…オレが今日のように無体を働くと思うなよ?」

買い言葉に売り言葉だと分かっていても食いかかれば、柱間はかかったとばかりにまた笑った。

「見ろ、ナマエも笑っておるぞ」

いまだ寝息が聞こえるのに、妙なことをと見ればナマエの口元はわずかに綻んでいる。いい夢でも見ているのか大層心地よさそうだ。
おい、お前のことを話してるんだぞ。いい加減起きたらどうなんだ。はやく目を覚まして兄者のこの話題を終わらせてくれ。
扉間はそう願いながらも、無理矢理起こすこともできず、ただただその穏やかな寝顔に溜息を落とすのであった。