For you

「そういや、そろそろナマエの誕生日じゃねェか?」

とある晩酌の席でそう口を開いたのはマルコであった。
おお、そうだったか。もう、そんな頃合いかと周りで酒を飲んでいたサッチとイゾウが呼応するように言葉を続けた。
ナマエは四番隊所属の料理人であり、非戦闘員ながらも船員の中では古株である。
なんでも三人の話によると、ほんの生まれて間もない頃から船に乗っているらしい。小さいころナマエを肩車した際に小便を漏らされたとか、風呂に一緒に入ったときにナマエに股間のブツを指さされ「これ何?」と聞かれただのという昔話は酒が入った時の鉄板ネタである。そのたびにナマエは「そんな昔の話しないでよ!」と口をとがらせていじけるのだ。
そんなナマエの誕生日。白ひげ海賊団に所属して三ヶ月ほどしか経たないエースにとっては初耳であった。

「で、どうすんだ。何かプレゼントでも渡してやるのか?」
「は?おれ?」

急にマルコに話を振られて、ぎくりとエースは樽ジョッキを呷った手をとめた。丁度明るく笑うナマエの姿を思い浮かべていたところであったからである。

「しらばっくれんなよ」
「ナマエにコレなんだろ?」
といやらしく小指を立てたのは、サッチである。
「だっ、誰があんな暴力女……!」

揶揄われて思わず口走ったが、三人が益々笑みを深めたのでエースは見透かされたことが悔しくてグイっとビールを飲み干した。こいつら、いつの間に気づいてやがった!

「ビールお代わりいる人もっていってねー!」

と厨房から活気のある声がして、見ればサッチの代わりに今夜の厨房をまかされたナマエが身体を乗り出してカウンターにジョッキを並べていた。ナマエじゃなければ、すぐにでもお代わりと席を立ちたいところだが、妙に意識してしまう。
エースにとってはほんの三ヶ月前に出会った女である。
初日に出された料理を不味いと言えば、フライパンを振り回しながら怒鳴りつけてきた凶暴な女だ。摘まみ食いしようものなら、手をすぐさまお玉で叩かれる。
こんな女願い下げだと思っていたのに、気づけば視線がナマエを追っている。笑えば嬉しくなるし、泣けば涙を何とか止めてやりたいと思ってしまうのだ。
決定打はサッチと仲睦まじげにナマエが話しているのを見たときだ。隊長とその隊員。そりゃ話すこともあるだろうが、サッチがその頭に手を伸ばしたときボウっと心臓に燃えるような黒いものが立ち込めたのだ。
今もそうだ。「ナマエ、おれにもお代わりくれよ〜!」とカウンターに近づく野郎たちが面白くない。

「見すぎだろい」
「青いね〜」
「うるせェよ」
「照れ隠しだな」
「うるせェー‼」

空になったジョッキを呷るが、もちろん流れてくるものはなく。視線の端はやはりナマエを捕えているのであった。
冒険に出て後腐れのないその場限りの恋愛に興じたこともあるが、それとは明らかに違うそれにエースは当に自覚していた。特別な感情を抱いてしまっている。
誕生日なんて自分にとっては特段嬉しい日ではないが、もし自分の選んだ贈り物を渡してナマエが喜んだのなら……その姿を想像するとニヤけるものがある。
女に物を選んだことなんてねェけど、仕方ねェ。ここは気合をいれていっちょ探してみますか!
画して、エースの贈り物大作戦はスタートしたのである。


◇ ◇ ◇



が、気合虚しくエースの大作戦は失敗に終わった。

「女ってわっかんねェ…」
「なんだよ、アレ」
「エース邪魔だ。こんな所で寝転がんな」

甲板で寝転ぶエースの上を次々に船員たちが跨いで通っていく。男たちはエースの顔を見てゲラゲラと大声で笑った。
その頬には鮮やかな紅葉の型がくっきりと浮かんでいる。
なんでだ?オレはただナマエを喜ばせようとしたかっただけなのに。


次の目的地である夏島に到着した際、エースはすぐさまナマエに声をかけて島へと連れ出した。
サッチの協力のもと、食料調達≠ニいう大義名分で堂々とナマエを連れ出した。
なんでエースが?とナマエは訝し気にしたが、「こいつ暇してんだ。こき使ってやれ!」というサッチの言い分にそれならと納得したようだ。
照りつける太陽の光、エメラルドグリーンの美しい海、白い砂のビーチ、緑溢れる森林、極彩色の花々。絵に描いたように色彩豊かなこの島は海に沿って市場が開かれ、露店が並んでいる。
島の露店を二人で歩いて、その際にナマエにサプライズで好きそうな物を贈ってやろうという魂胆だった。しかしナマエはことごとくエースがこれっ!と気にいったものを否定するのだった。
最高にかっこいいと思った髑髏入りの大ぶりのアクセサリーを指させば「ええ…?これ?趣味悪いし、料理の時に邪魔」と一刀両断。
ワノ国で見た忍者っぽいキャラクターのキーホルダーをみつけ、鼻息あらく「忍者だぜ!ナマエ‼」と言えば「あ、そう」の一言。どこぞのヒーローがプリントされたTシャツも同じように反応が薄い。
女の好みがさっぱりわかんねェ。ああ、もうこれはあれしかねェ。と最終手段でちょっとだけ別行動だとナマエと離れた。
そしてようやくソレを見つけて、これなら絶対に大丈夫だと強い確信を持ってナマエの元へ戻ったところ、エースが手にもつソレを見たナマエな目を大きく見開いて指をさした。
おいおい、そんなに喜ぶか?やっぱりこれで間違いなかったぜ!こんな自然豊かな島ならいると思ったおれの勘は正しかった。
しかしナマエは何故か走って「ソレ、どこかにやって!」と逃げていく。

「おい、ナマエ!なんで逃げんだよっ!」
「あんたがそれ持っているからでしょ!?ぎゃああー!こないでよ!」
「何言ってんだよ!こんなデカいのは、なかなかいねェよ!あっ」

とエースが叫んだとき、エースの手からソレは勢いよく飛び立ったのであった。
真っすぐにナマエをめがけて飛んでいき、良い場所を見つけたといわんばかりにナマエの頭に着地する。

「お、いい所にとまったな」
「ああああああ‼エース、これ、何!これっ!」
「何って、アトラスオオカブト」
「そんなこと聞いてるんじゃないっっ‼」

ナマエに追いついた途端、エースは両腕をナマエにがしりと掴まれた。
びっくりしたと、ナマエを見下ろせば、「とって…お願いだからとってっっ」と若干涙目でエースを見上げている。
その表情にクラッと来てしまって、思わず口角があがってしまった。手を離すのが惜しくなる。もうちょっとこのままでもいいんじゃねェか?と邪な考えが浮かんできたが、「エースっっ‼」とナマエが語気を強めたので、仕方なしに「わかった、わかった」とナマエの頭に手を伸ばした。
「早くどこかへやって!」とナマエが矢継ぎ早に叫び、空へ放てばアトラスは「俺を巻き込むんじゃねェよ」と言わんばかりにぶ〜んと羽を震わせて森の方へ飛んでいってしまった。
もったいねェな。あのデカさならルフィとサボと度々勝負したカブト相撲にも圧勝だろう、なんて思っていたらバシンと一発。ナマエからの特大平手をおみまいされたわけである。
ナマエはそのまま駆け足で船に戻ってしまって、それから口も聞いてくれなくなった。


エースのやつこりゃ失敗したなと悟った兄貴分たちはニヤニヤと甲板に寝そべるエースを見ている。
髑髏もだめ、忍者もヒーローもだめ、カブトムシもだめ。ことごとくエースが選んだものを喜ばない。女が、いや、ナマエが喜ぶものっていったい何なんだと仰向けで燦燦と輝る太陽を浴びていると「お困りのようだな」とヌッっと影が伸びたのだった。

「…ビスタ」
「エースおれが知恵を授けてやる」
「知恵だぁ?そんなのあるのか?」

よッと身体を起こして胡坐をかいて尋ねれば、ビスタは髭をいじりながら、片方の頬をあげて得意げに笑った。

「古来より女が喜ぶものの相場は決まっている」
「そりゃまた一体なんだよ?」
「花だ」
「はなぁ?そんな食えもしないもん」

花といえば、まずエースが連想するのは食料としての花である。かつてのコルボ山のサバイバル生活で、水分補給にと蜜を飲むことはままあった。そして次に思いつくものといえば、敵としての花である。山の中で人喰い花に襲われたこともままあった。
怪訝に顔をしかめると、ビスタはふふと笑って肩をワザとらしく竦めた。

「花ねェ?貰って嬉しいものか?」
「花を貰って喜ばない女はいない。花を持つと女はより美しくなる」

自信あり気に言い切る姿は、それで今まで数々の女を口説いたという経験値からか妙に説得力があった。ことごとくプレゼント選びに失敗したエースはビスタの案に乗るしかなかった。

「…花なんて区別もつかねェよ」
「なに、直感で決めればいい」
「そんなもんか?」
「あぁ、そんなもんだ。さぁ、行ってこい。これ以上ナマエに機嫌を損ねられたままでは、おれたちの食事まで丸こげだ」

ビスタは頑張れよと背中をばしんと叩いてマントを揺らしながら去っていく。
花、花ねェ?絶対アトラスの方がいいだろ…と呟きながら半信半疑でタロップを降りた。


◇ ◇ ◇


露店の中に花屋があったかは思い出せないが、とりあえず島を歩くことにした。
ナマエと歩いた道を辿ってさらに先に進む。結局ナマエの買い出しには全くつきあってやれなかったなと、ジンッと時折まだ痛む頬を撫でながら歩くと、花を山盛りに乗せた自転車がこちらへ向かってやってくる。前籠だけでなく、自転車の後ろの荷台には一辺一mほどの籠が取り付けられ、黄赤橙紫白と色彩鮮やかな花がこぼれ落ちそうな程に乗せられている。自転車を押す人物の姿はかろうじて見えるほどで、よくこれだけ乗せて倒れずに済むなと不思議である。

「なぁ、ちょっと見せてもらっていいか」
「いらっしゃい」

エースに声をかけられて青年は自転車のスタンドを立てて愛想のいい顔を浮かべた。小麦に焼けた肌をしたエースよりも少し若そうな青年である。
ありがとうと言って自転車の周りをグルリと一周回るが、甘い香りはすれどエースの眉間の皺は濃くなった。なんせ花を正直まじまじと見たこともなければ、色が違うことと食べられそうかどうかぐらいの区別しかつかない。ビスタは直感で選べと言っていたが、エースにとっては難題であった。

「プレゼントですか?」

不意に青年に声をかけられて、どきりと心臓が跳ねる。

「ああ…まぁな」
「恋人さんに?」
「い、いや、そんなんじゃねェよ」
「じゃあ好きな人ですか?」
「ゔっ…」

ズケズケと質問してくるやつだ。これがサッチたちなら、うるせェ!と一蹴してやりたいところだが、青年は揶揄っているわけでもなく、ただ純粋に尋ねているだけのようだ。はぁと観念して「そうだ」と答えれば、「それならその女性を思い浮かべてイメージする花を選ぶといいかもしれませんね」と青年は言った。
そうか、そんな方法もあるのかと感心して、助言を受けてナマエの姿を思い浮かべた。
一番最初に浮かぶのは、やはり最初の出会いでフライパンを振り回してエースに殴りかかってくる姿であった。あれは本当に怖かった。悪魔の実の能力者かと思った。
その次は酒に酔った時の蕩けた顔。酒で寝こけたナマエを何度部屋まで運ばされたかはわからない。他の野郎にナマエを担がれるなんてごめんだが、毎度理性に耐えるおれを褒めてほしい。
次はエースがナマエをかばった時にちょっとばかし怪我をした時の情けない泣きそうな顔。あんたが強いのはわかるけど生き急ぐな!でもありがとう…と目に涙を貯めて説教されながら感謝された。
そして、ご飯できたよーと甲板に出て皆に声をかける時の底抜けの笑顔である。この声が聞こえると、ナマエの顔が見たくなって我先にと食堂へ向かってしまうのである。
ナマエは感性豊かにコロコロと表情を変える。そんなところがエースは面白いと思うし好きであった。

「お兄さん?」
「うん?ああ…悪ィな。ぼーっとしちまって。花なんだが、選べそうにねェから一通りもらえるか?」
「えっ?それはいいですけど、すごく沢山の種類になっちゃいますよ」
「……そういう奴だから仕方ねェんだ」

エースが照れながら鼻の下に指を添えて笑うと、青年はそれ以上尋ねずに「わかりました」と微笑んでせっせと花を包み始めた。

「お兄さんこれおまけです。おれの家で今朝咲いたんですけど。一日で枯れちゃうので渡すなら早めに渡してくださいね」

と最後に一輪花を加えて、青年は花束を渡した。とにかく今日中にナマエに渡せばいいんだなと相槌を打って花束を受け取った。金は思ったより高くついたが、オヤジから宛がわれた島滞在中の臨時ボーナスでまかなえてホッと息をついた。
花をどうやって持てばいいのかもわからず、とりあえず肩に担いで船へと帰る。
これでナマエの機嫌が良くなればいいが…そればかりは、花のことがチンプンカンプンでこれが綺麗かどうかの判断もつかないエースにはわからなかった。


エースが突然船に大きな花束をもって帰ってきたものだから、船の船員たちは唖然とするも、「だっはっはっは!何だ似合わねェもんもって!」とゲラゲラ笑いを爆発させる。その中でビスタだけはよくやった!と頷いて親指を立てていたので、エースもおれはやったぞ!と親指を立て返した。マルコとイゾウはますます面白そうなことになったとほくそえんでいるが無視して一直線にナマエがいるであろう厨房へと向かった。

「ナマエいるか?」
「ナマエなら今…だっはっはっは‼何だよ似合わねェもん持って‼」

どいつもこいつも同じこと言いやがって!
ひと睨みすれば、おお怖い怖いとサッチはおちゃらけて肩を縮めた。

「ナマエならビーチにいったぜ」
「ビーチ?」
「そ。今日はもう休ませてやってんだ。誰かさんのお陰であんな鬼の形相でいられちゃ、怖くて包丁も握らせらんねェよ!エースがいきなり虫持って近づけて来たんだよ!ってナマエのやつ喚いてたぜ。あいつ虫だけはだめだからな」

ナマエの似てないマネをしてサッチは言うが、虫が苦手なんて知りもしなかったのだ。サッチとナマエが過ごした時間に比べて、エースが過ごした三ヶ月はあまりに短い。
エースを始め元スペード海賊団のクルーたちはよく新しい船に馴染んでいる。白ひげ海賊団は気概のいい奴らばかりで、一度契りを交わせば元敵だろうが、家族として受け入れてくれる懐の深さがある。近頃はエースを欠番の二番隊の隊長にと言う話まであるようだ。
しかしやはり三ヶ月という期間は、ナマエ個人を知るにはあまりに短い期間であった。ましてやナマエを意識し始めた期間から考えるともっと短い。 
不貞腐れるエースを見てサッチはやれやれと息を吐く。しかし花を再度見て、お前にしちゃえらくまともなものを用意したなと感心するように言葉を続けた。

「なぁ、エース。ナマエはおれたちにとっちゃ娘みてェなもんだ」

一体何を言い出すのかと思いきや、サッチは黙って聞けと言わんばかりに首を振った。

「おれはお前のことも気に入っているし…。まあなんだ。お前にならナマエのことを任せてもいいと思ってるんだぜ」

その言葉に驚いてサッチをみると、サッチはぐっと親指を立てたのだった。

「サッチ…」
「これ以上おれに恥ずかしいこと言わせんな!今出て行ったばかりだから、そんなに遠くには行っていないはずだぜ。花が綺麗な内に行ってやんな!」

としっし!と手を振られるが、背中を押すには十分であった。
エースは弾けるように厨房を飛び出したのだった。

◇ ◇ ◇


タラップを降りて、停泊した港のすぐそばのビーチへ向かえば、サッチの言う通り程なくしてナマエの姿をみつけた。ナマエは堤防に腰を下ろして、ゆったりと海を眺めていた。
柄にもなく、この花をナマエが気に入ってくれるのかと考えると緊張してくるものがある。この花さえいらないと言われて、距離を取られるのは正直キツかった。

「ナマエ」

と声をかけてドカッと隣に座れば、ナマエの肩が跳ねて、気まずそうにエースを見たのだった。花束を目の前に差し出せば、うわっ、と少し声を上げたナマエはパチパチと瞬きを繰り返した。そしてそれが花だとわかると、ゆっくりと花束から顔を覗かせてエースの顔を見た。

「…これは嫌じゃねェか?」
「え?」

慎重に尋ねれば、ナマエは何だと首を傾げて、エースの言葉の意味をはかりかねているようだ。

「…アトラスは嫌だったろ?」
「…?アトラス…?」
「カブトのことだよ」
「ああ…あの、大きいツノの…」

思い出すのを嫌がるようにナマエは苦い声をだした。そして一向に退かない花を不思議そうに警戒しながら見ている。
花すらダメなのだろうか?とエースは固唾を飲んでナマエの反応を待った。

「…虫、隠してないよね?」
「隠してねェ!隠してねェよ!」

おうむ返しで食い気味に言えば、ふふっとナマエは笑って口元を押さえた。

「虫は大嫌いです」
「すみませんでした」
「これ貰っていいの?」
「……おう」

そしてナマエはようやく花を受け取ってくれたのであった。
花束の角度をかえながら、沢山種類があるんだねと一つ一つらんらんとして見ている。そしてひとしきり眺め終わると、花を抱きしめ、一層に笑って言うのであった。

「花は好きだよ。ありがとね」
「そ、そりゃよかった‼」

ビスタ…!花ってすげェっ…!本当に喜んでら!
ナマエがそう言った瞬間内心でガッツポーズである。クールに決めたかったが、嬉しさが抑えきれずエースの口角はあがった。
花を持つ女は美しいとビスタは言ったが、確かにいつに増して可愛く見えて惚けて見つめてしまった。「綺麗だね」と言われて「お、おう」と上擦った声で返すと、ナマエがどうしたの?とおかしそうに笑うので妙に照れくさくなって帽子の鍔を下げて海に視線を向けた。
海では島の子どもたちが浅瀬で水の掛け合いに興じている。別のことに意識を向けなければ、危うく背中から炎でもあがりそうに身体が熱い。しかしそう意識を逸らすことが出来たのも束の間で。帽子の端で、隠れてこっそりナマエを見てしまうのだ。
子どもたちを見て、楽しそうでいいねと笑う顔はやはりいつもより可愛く見えて、触れたくなってしまう。エースの手はナマエの頬へと伸びたのだった。

「あ、見て!あの女の子「うおっ‼」

ナマエが突然声をあげて海を指さしたので、エースは咄嗟に手をひっこめた。叫び声はナマエの声にかき消された。
ナマエの指さす方をみれば、十に満たなさそうな少女がきゃあと叫びながら少年に反撃の一発と海水を掬って浴びせていた。少年は驚いて尻もちをついて、こいつ‼と目を怒らせている。

「ははっ、あの子やるな!」
「確かにやるわね!って、そうじゃなくて…!あの子の頭見て」
「頭?」

よくよく見れば、少女の頭に白い花が添えられていて、少女が動くたびに揺れていた。ナマエは真似するように花束から一本花を抜き取って、同じように耳の上辺りに寄せたのだった。

「この花じゃない?」

ニッと歯を見せて笑って、しかしすぐに「なーんて、私には似合わないか!」と言って恥じらいながら花を下してしまった。柄にもないことをしちゃったと頬を少し赤く染めている。

「そんなこと、ねェよ」
「ん?」
「それもいいけど…」

考えるよりも先に自然と言葉が出て、エースの手は花束へと伸びた。花売りの青年が一日で枯れてしまう≠ニ言って渡した花をスルリと抜き取る。

「こっちの方が、お前に似合う」

今しがたナマエがしたように花を近づけると、ナマエは大きく目を剥いて肩を強張らせた。カブトムシの一件がよっぽど効いているようである。しかしそれが花であるとわかると、肩の力をほぐし照れながらも笑った。

「……夏島らしくていいね!」

大きく五つの花びらを開かせた赤色の花をナマエは気に入ったようだ。先ほどの白い花よりも、鮮やかでナマエの肌と髪色によく馴染んでいる。
そしてなぜかエースはその姿に僅かに懐かしさを感じる。記憶の深い深いところで、こんな風に花を身に着けて笑う女性にかつて会ったことがあるような気がしたのだ。しかしそれは瞬きと共に消えていってしまった。
手折って髪に差し込んでやると、ふるりとナマエの耳が震える。

「…エース…あの…その…」

と戸惑いながら切れ切れにナマエが呟いて言葉を探している。その様子に、引き戻されて、何かすっげェ、クサいことをしちまってる!と頭の片隅に思ったが、そうしてやりたいと身体が動いてしまったものは仕方ないと開き直ることにした。
否応なくも二人の周りをじれったい空気が漂い始めているのを感じている。

「えっと…なんかありがとね。エースってこんなことするんだね!びっくりしちゃった」

あはは、とナマエはこの空気をどうにかしようとしているが、面映ゆく笑う顔は赤みをますばかりだ。その姿を見ていると込み上げてくるものがあり、先ほどは触れられなかった手をもう一度伸ばしたくなってしまう。
しかしそれよりも先にナマエの小さな手が、エースの手を握りしめたのだった。

「お「あああ、恥ずかしいからこっち見ないでっ‼」
「でもよ「む、無理無理、本当にっ!見ないで!」

自分から触れた癖に、ナマエは火照った顔を隠すためか膝の間に顔を落としている。
ああ、くそ。脈ありじゃねェか。ああ、ちくしょう。こんなのずりィだろ。

「…おれも無理だ」

強引に肩を抱きよせれば、花束がクシャッと音を立てて揺れる。
わっ、という悲鳴と共に雪崩こんだナマエを抱きしめると、互いの心臓が子どもたちの声にも勝る音で喧しくなった。
鉄拳の一発でも飛んでくると思いきやナマエはしおらしい態度で胸の中に収まったままである。

「おれは…」

思わず溢れ出す気持ちが口をつきそうになったが、堪えた。
オヤジは何を小せェことをまた考えてやがると笑うかもしれないが、この言葉だけはオヤジを海賊王にしたその時に、世界の果てをみたその時にナマエに伝えると決めている。
それよりも今はナマエに伝える言葉がある。
今日はそのための日なのだから。

「誕生日、おめでとう」

口にすれば、腕の中のナマエの肩が大きく震えた。
そして、ゆっくりと顔をあげて…心底嬉しそうに笑うのである。
その頭には大輪のハイビスカスの花が二人を見守る様に、愛らしく揺れていたのだった。