春、ちかし

「少し付き合え」

縁側で干し柿を頬張ろうとしたところ、急に庭先にやってきたマダラは開口一番に言った。いきなりの申し出に「はい?」と私は間抜けな声を上げたが、マダラは表情をくずさずに実に冷やかに私を見下ろした。

「なんで?」
「ついてくればわかる」

「拒否権は…?」
「ない」

は〜!党首様の横暴は今に始まったことじゃない。ますます顎を上げて見下ろされたので、私は干し柿を皿に戻し溜息を一つ落として立ち上がった。
幼いころは背丈も同じぐらいだった幼馴染の背中の後を追う。歳を重ねて、いつの間にか当主の子息に相応しい力と貫録を備えた背中。写輪眼の開眼すらしていない私にはもう雲みたいな存在なのだけれど、幼馴染という腐れ縁のお陰で今もまあ話せる立場の関係だ。
どこまで行くの?と尋ねてもはっきり答えてくれないし。とんずらしても直ぐに捕まってしまうだろうから大人しく後をついていくと、到着したのはマダラの家だった。正直拍子抜けだ。小さいころはよくお邪魔して、一緒に遊んだり鍛錬した場所である。ところがだ。

「戻った」

そういってマダラが玄関の引き戸を開けると、私はバシバシと瞬きを繰り返した。

「ナマエいらっしやい!」
「へ」
「さあさあ!こっちよ!!」
「ちょ、ちょっと何!?」
「時間がないのよ!!」

戸を開けた瞬間、出迎えたのはご近所のおばさま連中である。手をつかまれ草履を脱がされマダラ邸に引っ張りこまれた私は、訳も分からず引きずられる。振り返ってみたマダラは長い付き合いでなければ見落としそうな笑みを薄く浮かべていた。何笑っているんだ、この野郎!けれどおばさま達のパワーは強くて叶わず、私の叫び声が広いマダラ邸に虚しく響いた。



おばさまたちに引っ張られてとある一室に連れてこられた私は、文字通り身ぐるみを剥された。あ〜れ〜!と御代官様よろしく帯を引っ張られて着物を剥され、代わりに袖を通されたのは今まで身に着けたことのない上等な着物だった。深い紅色に美しい白い大輪の花の刺繡があしらわれたそれは、ズシリと重みがある。着物だけでない。金の鳥が描かれたこれまた上等な帯をキュッと締められ背筋がピンと伸びた。あれよあれよと着せ替え人形のごとく「何!何なの!?」と尋ねる言葉も無視されて化粧も施され、仕上げとばかりに結った髪に簪を刺された。

「ふう!こんなものかね!」
「いっちょ前にどこぞの姫様に見えるよ、ナマエ!」
「いやいや、だから何!?」
「はいはい、とにかく時間がないから、いったいった!」

自分の姿を見る間も与えられず、またおばさま達に手を引かれた。きっちりと帯を締められて動き辛く引きずられて連れて来られたのは客間であった。中からは賑やかな談笑の声がこえてくる。

「失礼しまーすっ!」

おばさまが元気に声をかけて襖を開けたと同時に背中を押されて放り込まれた。慣れない着物に足をもたつかせながらわけもわからず部屋に入ると、そこには人形のように瞳の大きい美女と、その子の父親なのか、ふくよかな男性がマダラと机を挟んで座っていた。突然の私の登場に二人は目を見開き、黙り込む。
それに反し、マダラは驚きもせずにゆったりと私の方へ顔を向けたのだった。

「ようやく来たか」

マダラの声だけが静まった客間に落ちる。

「ほら、こっちにこい」
「へっ、あの…」

いつになく柔らかく微笑んで手招きするマダラが不気味で躊躇えば、私にだけしか見えない角度で早くしろと顎を突き出された。全く目が笑っていない。
この状況は全く飲み込めないが、怖いので仕方なくマダラの横におずおずと座った。
対面する二人が訝し気に私を見る。美女は品定めするように頭の先から凝視してくる。居心地が悪い。愛想笑いで「こんにちは」とさしあたりのない挨拶をして、二人には見えないようにマダラの袖を引いた。そして畳を指先で叩いて、暗号でマダラに問いかける。ちなみにこの暗号は小さいときにマダラたちと遊んで作ったもので、忍のように耳のいい人しか聞こえないような優れものである。

『ちょっとマダラ、何よこの状況は』
『オレの嫁になりたいと押しかけてきた同盟相手とその娘だ』
『嫁ぇ!?』

嫁、というパワーワードが出てきたので、改めて美女をみた。
近くでみると彼女は本当に美しい人だった。肌は雪のように白く、紅を引いた唇は小さく可愛らしい。長いまつ毛が瞬きするたびに凛と揺れて、美人が多いうちは一族の中でもここまでの美女はなかなかお目にかかれないだろう。日々鍛錬でしごかれて傷まみれの私とは雲泥の差だ。
当主ともなるとこの手の話は付き物なのか。戦で短命な一族の婚姻は確かに早く、私もマダラもいわゆる結婚適齢期というやつで、そろそろそういう話がでてもおかしくない。
ましてや同盟相手の娘。同盟関係をより強固にするにはうってつけの相手であり、かつその相手がこんな美女とくれば棚から牡丹餅である。
それにマダラをみる彼女の目はとろんと溶けて、頬は桃色に染まっている。なるほど、この美女がマダラに懸想していることは間違いないようだ。
マダラは性格は置いといて、見た目は悪くないし、なにより他者を寄せ付けないほど圧倒的に強く魅了する格もある。マダラと結婚なんて冗談でもお断りだけど、客観的にみてこのお嬢さんがうっかり惚れてしまうのもうなずける。
上等な縁談はうらやましい限りだ。うちの親なんて「あんたの嫁の貰い手はあるのかねェ」とすでにお手上げで、ことあるごとにボヤくのだ。

『大当たりじゃない!』

わき腹をつついて言うと鋭く睨まれ、マダラの顔はみるみる陰りを増した。怖すぎる。

『…この女を娶るつもりはない』
『え?なんで?』
『わからないのか?』
『…わかりませんけど?』

素直に返事をすと、マダラはわざとらしく溜息をついた。この上ない話を蹴る意味が全くわからない。

『…今から何が起こっても動くな、騒ぐな』
『拒否権は…?』
『ないに決まっているだろう』
『横暴!』
「あの、マダラ様。そちらのお方は…」

立派な髭を揺らして戸惑いがちに美女の父親が口を開いた。さすがにこれ以上間が開くと怪しまれるので一先ずしおらしくマダラの横に座った。


「ああ失礼した。お二人に妻をご紹介したく、私が呼んだのです」

一体何と答えるのかと思っていたら、慇懃な言葉で嘘を堂々と言いのけた!マダラの袖をもう一度掴んで畳を高速で連打する。

『いつ、誰が、妻になったって!?』

しかしマダラはそしらぬ顔で私の方を一向にみない。妻という言葉にショックをうけたのか美女とその父親の顔は蒼白になる。そしてその大きな瞳にはじわじわと涙がたまりだし、父親は顔面いっぱいに汗を流している。

「お、奥方はいらっしゃらないと伺ったのですが…!」
「先日契りを交わしたばかりで、まだ一族の者にも周知していないのです」

そういってマダラは作り笑い浮かべたまま、私の肩を引き寄せたのだった。ピタリと身体が密着して、見上げればすぐそばにマダラの顔がある。

「ちょ…んぐっ…」

嘘ですからと抗議しようとすると顎を強引に掬われ、二人に顔を見せるように突き出される。こんな美女と比べられて私は恥をかくだけなのに、マダラは顔を下げることを許してくれない。美女と強制的に目が合うと、とうとう涙が零れだし、それを見た父親はますます青ざめて力なく愛想笑いする。マダラは心がちっともこもっていないような笑顔をはりつけている。

「私の妻は美しいでしょう。私はこいつに随分入れ込んでいましてね」

その言葉の全てが嘘だとわかっていても、つま先から鳥肌がたつ。ふざけるな!と睨みつけるが、マダラはまだ私を見ずに氷りついた親子の反応を伺っている。肩を引き寄せていた手がするりと腰をなで、鳥肌は増す一方だ。
マダラの魂胆はもうわかっている。この縁談を断るためにわざわざこんな着飾らせてまでして私を利用したのだ。正直に話して協力を頼めば私が拒否することがわかっていたから黙っていたのだ。とんだ当て馬。マダラの私の扱いが酷いのなんて今更だけど、初めて会った人を泣かせてしまうなんて気分は最悪だ。そのまま場が凍りついて数秒。感覚的にはもっと長く感じたかもしれない。

「せ、せっかくおもてなしいただいたのですが、どどどうやら我々はお二人のお邪魔のようですな!」

アッハハ!と精一杯に笑い声をあげて、とうとう父親は美女の手を引いて立ち上がらせた。美女は力なくたちあがり、すすり泣きながら父親にひきずられるように部屋を出ていく。
今日の為に時間をかけて着飾ったのだろうに申し訳ない。貴方ならもっと素敵な人に出会えるよ、マダラと結婚しなくてよかったよと彼女の幸せを祈らずにはいられない。
そして二人の足音が完全にきこえなくなると、ようやくマダラは「ようやく帰ったか」と盛大にため息をつきながら、顎と腰の手を離してくれたのだった。気怠そうに机に肘をついて、やれやれと被っていた猫を外した。

「…あんなこと言ってよかったの?」
「何、たかが縁談を断ったごときで崩れる同盟じゃない。あいつらは、うちはなしじゃ何もできん」
「辛辣。…それでも、もっといい断りかたがあったんじゃないの?」
「五度断りをいれたのにいきなり押しかけてきたやつらだぞ。これでも譲歩したぐらいだ」

マダラに5回も!?とても私じゃ考えられないけれど、よっぽどあの美女はマダラにご執心だったようだ。好きになったのがマダラだった事が運の尽きとしか思えなかった。
縁談を断るために利用されたのは癪で、言ってやりたいことは山ほどあるのだが、マダラに「お前に同盟のことはわからんだろ」と鼻で笑われるのが落ちだ。

「そんなんじゃ一生結婚できないよ」

結局こんな子どもじみた反撃しかできない。

「お前の母親も、嫁の貰い手がいないと嘆いていたな」
「なっ!?母さん何話してんのよ!」

マダラを慌ててみると喉を鳴らして笑っている。帰ったら真っ先に母さんに文句を言ってやろうと決めた。そんなこと言えばモテるマダラに馬鹿にされるだけじゃないか。

「そりゃそっちは引く手あまたでしょうよ」
「その通りだな」
「あー!腹立つ!」

マダラの前に置かれていた茶を一気飲みしていらだちを抑えるが、その通りなので返す言葉がない。顔を下げると着物の鮮やかな色彩と花模様が目に入る。縁談の場に相応しいこんな上物を着ることなんて、今後そうないのだろうなと空しくなる。しかもこんな茶番劇のために着たというのがより空しい。
ああ、私に縁談話がくるのはいつのことなんだろうか。未来の夫はどんな顔をしているのか。写輪眼を開眼していなくてもいい。それなら才能のない夫婦として、ひっそり慎ましく暮らそうじゃないか。できたら笑顔の素敵な人がいい。マダラの十倍は優しい人がいい。そんな妄想は結婚適齢期女子らしくいっちょ前にしているのだ。
マダラはどんな人をお嫁にもらうのだろう。気が乗らないといっても、マダラはうちは一族の当主。いつまでも嫌だからという子どもじみた理由で拒むことなんてできないのはわかっているだろう。マダラに似た人なのだろうか。それとも正反対の女神のような人だろうか。マダラのことは人より知っている自信があるけれど、浮いた話に関してはわからないのだ。マダラに好みの女の子や、好きな子はいないのかという質問をするといつも彼は不機嫌になってしまうから。

「おい」
「へ、あ、何?」

急に声をかけられて妄想を中断され我に返った。湯呑をおいてマダラを見ると、口を結んで真面目な顔をしているものだから怖い。軍事会議じゃないんだからそんな顔しないでほしいものだと訝しんで見ると、マダラは短く息を吸ってきっぱりといい切った。

「次の春が来たら、お前を娶る」

告げられた言葉に思考が止まり、全ての音が止んだように錯覚した。庭の鳥のさえずりや、マダラ邸のお手伝いさんたちの足音も一切きこえなくなってしまった。マダラの澄んだ声は、まっすぐに耳を貫いた。けれど急に告げられた言葉の意味はわかっても、飲み込むことは困難で私は情けなく眉をさげてマダラをみることしかできない。
マダラは真面目な顔を崩さないまま、視線をそらさずに私の言葉を待つ。ここで呆れてため息でもついてくれたのなら、私も冗談言うんじゃないと笑い飛ばすことができるのに。マダラが私を揶揄っているわけではないのだということが、より言葉の現実味を増した。
私と結婚したってマダラにとって利点なんてないはずだ。開眼もしていない一族の落ちこぼれ。傾国の美女でもない。料理も掃除も母が嘆く技量である。どうして私なんだ。私のことそもそも女性として見ているのだろうか。
絶対に嫌!と一言いって立ち去ればいいだけだ。
しかしマダラがこうはっきりと物をいうときは、もうすでに彼の中で決定事項で。私が喚こうと、何をしようと彼の考えがかわらないということが嫌でもわかる。母さんに会ったと言っていたが、もうすでに両親の了承を得ている可能性すらあるのだ。
だけれど私は尋ねずにはいられないのだ。これはそんな大事なことを一言も相談せずに決めた傲慢な幼馴染へのせめてもの反撃だ。

「…拒否権は…?」

そういうと、マダラは私がそういうことを予想していたのだろう。待ってましたと言わんばかりに言葉が返ってくる。

「ないに決まっているだろ。有無はいわさん」

片頬をあげて、いつもの憎たらしい笑みを浮かべていうものだから、これは夢ではない。
干し柿の美味しい季節が終わり、もうまもなく冬がこようとしていた。春は、近い。