都合のいい身体
深夜3時。久しぶりに自室で眠りについていた神々廻は、腰にのしかかる重みに眉をゆがめた。部屋の鍵が開けられた時から、侵入者には気が付いていたが、神々廻は気づかぬ振りをした。侵入者が誰なのか確信があったし、何もこれが初めての侵入ではなかったからだ。猫よりもしなやかで、ネズミよりも軽く静寂な歩行ができる殺し屋はそうはいない。聞きなれた神々廻でなければ気づく事すらできないかもしれない。
「神々廻、抱かせて」
「いやそれ、おかしいやろ」
薄目を開けた神々廻を見下ろしながら、恍惚とした表情で侵入者もといナマエは言った。暗闇の中でも確かに昂った笑みは、ナマエが人を殺してきた証拠である。頬に付着した返り血が暗闇の中でよりその表情を狂気じめてみせた。
まぁ、実際狂った女なんやけどな、と神々廻は無機質な目でみていた。
殺連の同期であるナマエは、任務を遂行するたびに発情する厄介な女である。
ナマエの殺しスタイルは単純だ。実に鮮やかに背後からナイフで心臓を一刺し。気配を全く感じず近づかれ刺された相手は、絶命したと認識することなく死ぬ。殺しのスタイルは驚くほど静寂であるのに、当の本人は任務の度に一人では抑えきれない熱を内側に抱える厄介者だ。神々廻がこのナマエの厄介な体質を知ったのは、ナマエとペアを組んで3度目の任務に赴いたときのことだった。
「あー!もう無理!ヤりたい!神々廻ちょっと相手して!」
と任務完了後に急に大通りで声をあげたナマエに「こいつ何言うてんねん」と初めこそドン引きしたのだが、ご無沙汰であり、今よりは性欲に実直であったので断る理由もなくナマエをつい抱いてしまったのだ。それからというものナマエは熱さましとばかりに神々廻の元を訪れるようになった。梨崩れの関係ではあるが、まともに恋愛などできない身としてはお互いに都合の良い相手であった。
「俺今横になったとこやねん」
「そうなの?じゃあ早く終わらせないと」
「なんでそうなんねん」
「ダメなの?」
ナマエが神々廻へ倒れこみ尋ねる。神々廻が断らないことをわかっているナマエの目は真っすぐで、神々廻の仏頂面など気にもしていない。布団ごしにでもわかるほどにナマエの身体は火照り、短く発する言葉すら熱が籠っている。意味のない会話を続けるのもアホらしく感じて、神々廻はナマエの頭を引き寄せて唇を重ねてやった。喜んだナマエの舌が滑り込んできて答えてやると、不思議と久方の睡眠を求めて重たくなっていた身体も動くものだから性欲というものは厄介である。
「今日は何人殺してん」
「二人だけ」
「一人でいったんか」
「南雲くんとだよ」
「せやったら南雲に頼めや」
「ばか!こんなこと南雲くんに頼めるわけないでしょ」
そう言ってケラケラと笑いながらナマエはシャツと肌着をおもむろに脱ぎ捨てた。
それやったらお前の言うこんなこと頼まれる俺は何やねん…と思いつつ、ナマエの裸体を見上げて神々廻は考えることを止めた。剝き出しになった腕をつかんで、騎乗していたナマエを組み敷くと、ナマエはワッと小さく叫んで目を丸くする。
「俺が上や、アホ」
そういうとナマエは満足気に笑ったので、『あほくさ』と呟いて神々廻はナマエに影を落としたのだった。