Dancing High!?
ログポースを辿ってたどり着いた島の住民たちは、山賊たちによる窃盗や暴力に長年苦しめられていた。そこに現れたのが、最もひとつなぎの大秘宝に近いと言われている、白ひげ海賊団である。島民たちにとっては、まさに救世主。その姿を見た山賊たちは、闘う気概を微塵も見せずに一目散に海に逃げ出してしまった。
『なんだ、玉のちいせえェやつらだ』
と白ひげは言ったが、島民たちにとっては積年の屈辱から解放された瞬間であった。島民たちは喜びに湧き、どこからともなく陽気な音楽が流れ始め、料理が運ばれてくる。
『おれは何もしてねェんだがな』
と白ひげは乗り気ではなかったが、島民たちは聞く耳をもたない。
『オヤジ、たまにはいいじゃねェか。こいつら嬉しくてしかたねェんだよい』
と一番隊隊長マルコの言葉で白ひげは『仕方ねェな』と腰をあげた。
『宴だ!』白ひげの号令に、待っていました!とクルーたちの歓声があがる。
その日上陸した島のビーチは瞬く間に宴会場へと姿を変えた。
宴の中心には薪が詰まれ、大きな大きな炎が燃え上がっている。それを取り囲むように皆が座り、酒を片手に騒いでいた。動物の牙で作られたというこの島特有の楽器が、海賊団の音楽家たちのアコーディオンやヴァイオリンと共演して陽気な音楽を奏でている。あるものは島民と酒の強さを競い合い、あるものは女を口説いて仮初の恋を楽しみ、あるものは体を揺らして踊りあう。思い思いに皆が過ごし、所かしこから笑い声があがっている。何とも賑やかな夜である。
みんな楽しそうで、いいな。
ナマエは足で拍子をとりながら肉の焼き加減と睨めっこしていた。宴が開かれるとき、船の料理番を担う四番隊は言わずもがな大忙しである。いくら島民たちがもてなしてくれるとはいえ、大所帯の胃袋を満たすためには人手が足りない。
四番隊隊長サッチの指揮の元、その一員であるナマエも忙しなく肉を焼いていた。石を詰んでかまどを作り、網と鉄板を置けば即席のコンロの出来上がりだ。
夜の屋外だというのに、炎の熱気で頬を紅潮させて、滴り落ちる汗を何度もふいた。
「おーい、ナマエまだこっちにこねェのか」
「んー?まだもう少しかかりそう」
片手に酒をもって、ふらっとやってきたのは二番隊隊長のエースであった。トレードマークの帽子は宴の席に忘れて来たのか被っていない。エースはナマエの横に並んで肩を抱いた。エースはかなり深酒しているようで、ずしりと体重がのってナマエはトングを落としそうになった。
「もう、エース!」
「悪ィ、悪ィ!ほら、あっち行こうぜ」
エースの息からは酒の匂いがぷんぷんする。ふにゃりと笑って、エースが指さしたのは音楽家たちを中心にした集まりである。
行きたいのはやまやまなんだけど。まだ焼かなければいけない肉はあるし。何せサッチ隊長もこっちに付きっ切りで、宴にまだ混ざれていない。
下っ端の私は尚更抜けることなんてできるわけないじゃない!
この酔っぱらいにどこまで聞く耳があるかはわからないけど…
ナマエがエースの手を払おうとすると、あからさまにエースは唇を尖らせた。
「大丈夫だって。お前が抜けてもだれも気が付かねェよ」
「そういうわけには、いかないの!」
ああ、もうこの酔っぱらい面倒だ!と思った矢先、ナマエの手からトングが取り上げられた。何事かと見ればトングを片手にサッチが後ろに立っていて、じゃれあう二人を見下ろしていた。
いや、隊長、これはエースが邪魔をしましてね…
咄嗟に言い訳しようとしたが、それより先にサッチは意外なことを口にした。
「後はおれがやっておくから、若者同士楽しみな!」
「へへっ!流石サッチだぜ。ほら、ナマエ。あっちに行って踊ろうぜ!」
「はい!?踊る…!?」
サッチはもう戻って来なくていいぞと言わんばかりに、シッシと手を払った。
エースは隊長から許しが出たものだから、遠慮なしにナマエの手をぐんっと引いた。
踊る!?今、踊るって言ったよね!?
どんどん音が近づいて、ナマエは尻込みしてしまう。
「エース!」
「ん〜?」
「私踊ったことなんてないよ!」
「こういうのは楽しけりゃいいんだよ」
いやいや、そういう物でもないでしょ?
体重を後ろにかけて一応抵抗してみても力で敵うはずもなく、あっという間に皆が踊る輪に入ってしまった。
「お、エースとナマエが来たぞ!」
と誰かが指笛を鳴らすと、それが合図であるかのように新しい曲の演奏が始まった。
島の楽器が高音で拍子を取り始めると、それに重ねるようにアコーディオン、ヴァイオリン、酒樽のドラム、手拍子が即興で次々と加わっていく。軽快な音符が飛び跳ねるような音楽を奏でる。後できいた話では、この音楽はこの島の伝統音楽で客をもてなすための歓迎の曲であった。ナマエは緊張でそれどころではなかったけれど…。
戸惑うナマエをよそに、エースは右手でナマエの手を握った。そして左手を彼女の腰に回して、ぐいっと体を引き寄せる。腹が密着してナマエは思わず「ひっ」と声を漏らした。
落ち着け、落ち着け。今までだってこの距離は何度もあったじゃないか。
敵から逃げるために担いでもらったり、階段から落ちそうになったところを引き寄せられたり、マストから落ちたところを抱き止めてくれたり…ああ、もう私のヘマばっかりで悲しくなってきた!それより私はどうすればいいの?
焦ってナマエが周りを見わたすと、輪の外でマルコとイゾウが二人を見て何やら楽しそうに笑っている。ナマエが藁をもすがる思いで二人に視線を送ると、マルコはイゾウを女性に見立てて、その背に手を回して『背中だよい』と口を動かした。イゾウは心底嫌そうに顔を歪めた。
おずおずとエースの背に手を回すと、二人はそうだと頷く。そしてエースは待っていましたと言わんばかりに動き出した。
「いくぞ!」
「えっ、うわ、ちょっと!」
足をもたつかせながらも、エースの動きに置いて行かれないように足を動かした。彼のステップに法則なんてなく、拍子に合わせて揺れたり、跳ねたり、時々くるりと回ったり忙しくめちゃくちゃだ。
「おっ!あぶねェ!ははっ!」
ぶつからないように器用に避けながら、エースは踊る。その度に身体を引き寄せられて、胸板に胸が押しつけられる。どくどくと喧しく鳴る心臓の音が伝わってしまうのではないかと気が気ではなかった。
もう無理っ!あんたはいい感じに酔っているけれど、こっちは素面なのよ!?
けれどチラチラと合間に覗うエースは心底楽しそうで、「止まって!」というのも気が引けて躍起になって踊り続けた。メロディーはスピードを増して更に盛り上がっていく。
「いいぞ、いいぞ!」とギャラリーの声もかかって、まんざらでもなくなって上達したようにすら錯覚してしまう。
ここの一角だけ気温が違うみたいで、ナマエも熱気にあてられて高揚していく。
あっはは!と自然と笑い声が出るほどに身体は火照って興奮していた。
「上手いじゃねェか!」
「めちゃくちゃだけどっ!」
「え?何だって?」
「めちゃくちゃだけど、楽しい!」
音楽と歓声で声が上手く届かず、エースは身をかがめてナマエの耳元に顔を寄せた。彼の癖っ毛が頬に触れてくすぐったく、身を捩ればエースはどこにいくんだと腰を抱く手に更に力を込めた。
額と額が合わさる距離で視線が交わって、エースの顔があまりに近くにあるものだから、この時ナマエは興奮状態から一瞬覚めてしまったのだ。
ダンスの高揚とは異なる熱が沸き上がって、頬の朱を上書きするようであった。
先ほどまでふにゃふにゃとだらしなく笑っていたエースが目を細め、熱を孕んだ視線を向けていた。情欲を含む視線にぞくり、と背中を何かが這い上がる。
な、何。
怖くなって顔を逸らすと、彼の薄い唇が頬に吸い付いて、ちゅうっと音を立てて離れた。そしてその唇は流れるように、目を剥いて振り返ったナマエの唇を塞いだのだった。
「「あ」」と誰かが声をあげた。不思議とその声だけは鳴り止まぬ音楽の中でもよくきこえ、一気に羞恥が身体中をかけ巡った。沸騰した血液が体中を流れていくようで、ナマエは瞬きするのも忘れてエースを呆けて見ていた。
「あっはっはっは!ナマエ楽しいなっ!」
エースは顔一杯に笑みを浮かべて、こっちの気も知らずに何事もなかったかのようにステップを踏み続ける。言ってやりたいことはいくらでもあるのに、口はわなわなと震えるだけで言葉にならない。せっかく掴み始めていたステップもすっかり忘れてしまって、半ば引きずられるように足を動かした。
キスされた!エースとキスをした!エースと‼ばか!ばか、エース‼何とか言ったらどうなの!?
頭の中でエースを罵倒しても聞こえるはずもなく。睨んでみても、エースは気付きもせず相変わらず楽しそうで、憎らしい。けれども、どくどくどくと密着した胸から伝わる鼓動は先程よりも幾分速く、熱く感じられる。
ナマエの心臓が速く高鳴っているだけかもしれない。けれど半分はエースの心臓の音のような気がして、それを確かめたくて、ナマエはエースの手を握り直したのだった。
曲が終わったら、ナマエはキスの理由を問いただしてやろうと思うのであった。
もしそれが、ダンスの昂りのせいだと、勢いでしちまったのだというのなら、この男を引っ叩いてやろうと思うのだ。
「あー、やれやれ、やっと終わったぜ」
「おう、サッチ。お疲れさん」
「あいつらどうだ?」
「エースがナマエにキスしたよい」
「はぁ!?いきなりすぎねェか!?」
「いや、流石におれも驚いた」
「後でエースにみっちり話を聞かねェとな」
「まあ、順番はめちゃくちゃだが二人にとっては大きな一歩だったんじゃないか?」
「さあ、どうだかな」