勝負下着とラブソング
「これは…、似合わないな…ひどい」
これで溜息をついたのは何度目だろう。今朝レイナに付き添ってもらって大陸視察に出掛けた際に、ふとプラチナコーストで目に入った店。久々にレイナと女子会を開いて、美味しいものを食べて、お酒を飲んで気分もよかったから…間がさした。そもそもどうしてあんな店が出来ているのかわからない。先週の視察では出来ていなかったはず。今週の育成で送った力が原因なのかもしれないけれど…高級下着店ができるサクリアって何?と考えても頭は痛くなるばかりだ。
面白そうじゃない、少し見て見ましょう!
といつもより酔っぱらったレイナに腕を引かれて、いいね!楽しそう‼なんて二つ返事をして店に入ると、店員さんがすかさず飛んできて、あれよあれよという間に話が進んでしまったのだ。バースにいたころでは中々手出しできないような、ふんだんにレースや刺繍が施された色とりどりの下着がずらりと並ぶ店内は気持ちを昂らせるには十分だった。あれもかわいい、これもかわいいと手にとって、流れるように試着室へ案内され、採寸されて、あっという間に気が付けば上品なクリーム色に金の店名が印字された紙袋を握っていた。
そして今自室に戻ってそれを開いたところで、一気に酔いが覚めたのだ。
情熱的な深い紅の色の下着は私には似合わない。けばけばとした色ではないけれど、赤系統の色はバースにいたころなら絶対に選ばない色だ。ストラップまで惜しみなく続くレースが、一瞬、まるで彼の…シュリの炎のように見えてしまって、思わず手に取ってしまったのだ。
いい色じゃない!気合が入る色ね。でも私も負けないわよ!
レイナはシュリとのことはもちろん知らないので、勘違いをしてくれたけれど…
下着なんだから、どうせ見えないのだから、気にせずに着ればいい。けれど赤は挑発的で、まるで私がシュリを求めているかのようにどこか思えてしまう。
お酒で浮ついていたとはいえ、これを選んでしまうなんて…
私って自分が思っているより、シュリのことが好きなんだろうか…?
鏡越しに何度下着をあててみても、どうも色に負けて、自分の存在が薄くなってしまっているように思う。つまり、馴染まない、似合わない。レイナのようなくっきりとして顔立ちなら、もっと似合うだろうな…と思って更に気が重くなった。
デザインは素敵だけれど、この下着を作ってくれた人には申し訳ないけれど。これはしばらく封印だ。もっと自分に自身がついてから挑戦しようと大きく頷いて、一先ず机に置いて、お風呂に入ることにしよう。
もし、シュリがこの下着をみたらなんというだろうか。森の湖で心を通わせてから、キスはした。けれど、その先は…まだ許していない。何度か二人で過ごしてそういう雰囲気になったことはあったけれど、私が「NO」といえばシュリは「またか…」と舌打ちすらするが、それ以上は求めてこようとはしなかった。
彼氏のためにかわいい下着を身に着けよう!これで彼氏もノックアウト‼なんて雑誌に特集されているのを見た事があるけれど、そんなこと過去の恋愛で一度もしてみたいと思ったことがなかった。これがそうなのかな…。
シャワーを浴びて、すっきりと更に目が覚めた。明日は幸いにも日曜日だ。今日はもうゆっくりと眠って、明日はお昼をすぎたころにシュリの部屋にいこう。そう決めて私はやたらと肌触りのよいバスタオルで髪を拭きながら脱衣所を出た。
そして固まった。きっと私が某スタジオのカメラマンだったら、この順番でテレビに流していたと思う。
1カメ 口をあんぐり開けて固まる私
2カメ 何故か私の部屋にいるシュリ
3カメ シュリの手に握られた……紅色の下着
———nndkknirndesk@*##〜〜〜〜‼‼
言い表せない言葉が喉までこみあげてくるがうまく発せられない。シュリも脱衣所のドアを閉める音で私の存在に気が付きました、なんて言うように肩をビクつかせて私をみている。どうしてこんな遅くに私の部屋にいるんですが…どうしてその下着を見つけてしまうんですが…どうして、その下着を手に持っているんですか…と問いかけたいのに「見られてしまった…」という羞恥心でいっぱいで、私はバスタオルをシュリに向かって投げ捨てて脱衣所へと脱兎のように踵を返した。身体が熱くて熱くて溶けてしまいそうだ。
「アンジュ!」
「わっ!」
脱衣所へ片足入ったという所で、くんっ、と腕を引かれて、倒れるままシュリに後ろから抱き留められた。パタンとドアは閉まって、走ってもいないのに私はハアハアと息切れしたような呼吸を繰り返した。どう言葉をかけたらいいのかわからなくて黙っていると、頭の真上でシュリが申し訳なさそうに…けれど、どこか嬉しそうに話し始めた。
「……お前の自尊心を傷つけたのなら、謝る」
「そんなことは…あるような…ないような」
「どっちなんだ。フ…」
「…私にもわかりません」
「そうか、そうなんだな。フフ…」
シュリの腕が小刻み震えて振動が伝わる。頭に息がかかってくすぐったい。
「勘違いかもしれないですけど、シュリ笑ってますよね⁉」
「いや、そんなことはない。ただ、お前の反応が想像以上におかしくて…フ…」
「ほら、笑ってるじゃないですか‼」
笑って緩んでいる腕を振りほどいてシュリをみると、隠しもせずにシュリは笑った。申し訳なさの微塵も感じられず、冷めた視線を送ってしまう。
「そもそも、どうしてこんな時間に私の部屋にいるんですか」
「お前の顔が見たくなった。それだけだ」
あまりに端的に率直な言葉をかけられて、言葉に詰まった。そうだシュリはこういうところがある。恋人になってから、恥ずかしげもなくストレートに言葉を伝えてくるのだ。これにはしばらく慣れそうにないけれど、こういう言葉が嬉しいと感じてしまう私がいることは否定できない。今週は日曜日からの緊急要請に始まり、サクリアのバランスが乱れた対応に追われて、シュリとの時間を取られなかった。廊下ですれ違い様に、目配せするような時間すらなかったのだ。
「でも勝手に部屋に入るのはどうかと思います」
「それについては悪かった。何度も声をかけたんだが、一向に返事がなくて、お前に何かあったのかと思ったんだ。…鍵も開いていたし」
うう…心配をかけて部屋に入ったとなれば、これ以上責めることはできない。シュリは一応そういうことに関しては分別の付く人だと思うし、本当に私のことを心配して部屋に入ってくれたのだろう。何より鍵をかけていなかったのは、いくら飛空都市といえ、酔っぱらっていたとはいえ私の不始末だ。すみませんでした、というと「いや、無事でよかった」とシュリは私の頭をひとなでした。安心する手だ。
「ところでアンジュ」
「何ですが」
「あの紅い下着のことなんだが」
なんてことだ。すっかりしおらしい雰囲気になって頭から抜け落ちてしまっていた。シュリはしてやったとばかりに片頬を上げて笑い、自然な流れで私の腰を引き寄せた。先ほど脱衣所に逃げる私を抱き留めたものとは違う意味を持った腕がシュリと私の体を密着させる。
「あれは、俺のために?」
シュリの声が一段と低くなって、耳朶に触れるか触れないところで唇が動く。くすぐったい。
「近い近いです!」
「質問に答えろ」
シュリの腕は一層に力をまして、私が納得する答えを返すまで離す気はさらさらないようだ。甘さを帯びた声に心臓を掴まれるようで、恋人同士に許された甘美な空気を醸すためにシュリが使う声色だ。私はこれに弱い。
「バ、バースでは…男性を喜ばせるために下着を選ぶ女性もいるみたいです」
「それでお前は俺の色を選んだ、というわけか」
「どうしてそうなるんですか!」
「違うのか?」
「いや、違うといいますか、酔っぱらった勢いといいますか、とにかくあれを見たときにっシュリの顔が浮かんで——」
言い終わる前に口を塞がれてしまった。シュリの唇は思った以上に熱くて、シュリもこの空気に火照っていることが伝わってくる。十分にその熱が伝わってようやく離れた唇からシュリの熱い息が鼻先を掠めた。
「かわいいな」
ああ、シュリの声は一層甘さを増して耳朶をくすぐる。声色からシュリが喜んでいるのがわかってしまう。あの雑誌の特集に一定の効果があることが証明されてしまった。
「今日も駄目なのか」
「だ、駄目です」
「どうしても?」
「…どうしてもですっ‼」
「お前な…一体いつになったら俺はお前を抱けるんだ」
「そういう雰囲気になってからです」
「どう考えても今だろう」
流されてしまいそうだ。でもあの森の湖の告白から終わった定期審査は1回。バースの暦にすると1ヵ月ほどしか経っていない。告白されたその日にキスを許しておきながら、勝手すぎるのかもしれない。けれど、大切なことだから、久しぶりの恋だから…。こういうことは流されるんじゃなくて、しっかりとステップを踏んでいきたい。
口をキュッと結んでシュリを見上げた。屈しない、絶対にダメだという意思をこめた。シュリは口をへの字に曲げて不満そうだが、私が絆されることはないと観念したのか、眉間に皺を寄せてしばらく考え込んだ。自分の中で昂った感情を噛み砕いて飲み込もうとしているようだ。そしてしばらくして、その皺は消えて、シュリは畏って言った。
「…悪かった。お前の良心に逆らうことはしないと言っておいて」
「わかってくれたならいいです」
「でもな、お前…俺以外には絶対にこんな無防備な姿はみせるなよ。サイラスにもだ」
「見せませんよ」
実は何度か大寝坊してサイラスに寝巻き姿は見られているのだが黙っておこう。
「くそっ…ゼノに頼んで遠隔でお前の部屋の施錠ができる装置を作ってもらうか…」
「それだと私たちの関係がバレてしまうのでは…?」
チッと盛大に舌打ちをして、苛立っているシュリは少し可愛らしく思えた。彼のいうように、さっきまで私たちを包んでいる空気はまさにそういう雰囲気だった。深夜で、私はお風呂上がりで、下着もつけていない、二人だけの部屋。シュリに触れられた箇所は熱く、それはシュリもきっと同じなのだ。けれどシュリは堪えてくれる。手は出そうとするけれど、決して私の意思を無視することはなく、一線は越えない。辛抱強く待ってくれているシュリには感謝しかない。もう少しだけ、本当にもう少しだけ待って欲しいのだ。
シュリは私の肩に甘えるように額を預けた。そしてもう一度耳元で囁く。
「なぁ、アンジュ。いつかあれを着けたお前を見せてくれると期待していいんだな?」
それは少し不安の籠る声で、こんなシュリの一面を見られるのはこの広い宇宙で私だけなのかと思うと、やはり可愛らしく、愛しさが込み上げてくる。私は答える代わり、シュリの首へ手をまわして頬にキスをする。
——もちろんです。必ず。
伝わるように思いを込めて。