低く唸るような声で怒りを顕にする彼女を見たのはいつの事だろうか。

一番最初に聞いた時こそ驚きや恐れを感じていたものの、彼女の本気の殺気を知っているが故にすぐに慣れてしまったのもまた事実で。

きっかけは確か島に上陸した時に彼女以外の女を抱いた翌朝だった気がする。
自分が抱いたのはなんてことない、彼女とは全く別の扱いで、所謂娼婦だった。

怒っていた彼女に謝れば、少し渋ったものの最後には仕方ないなあなんて笑顔を見せてくれた。

だから、とは言えないが、謝れば彼女は許してくれるとたかを括り同じ過ちを繰り返していったのは紛れもない自分の意思だ。

そこで「なんで私以外の女を……」と泣かれていたらまた違った、とは言わないが普段強気な女が見せる涙に罪悪感を抱いて、しないように(もしくはバレないように)と控えたりはしていただろう。

そんなことを言ってもたらればの話をしても今更意味が無いのは分かっている。

それでも……と思うのは自分勝手だろう。それくらい、あいつには酷いことをしてきたのだから。






命の桜








いつものことだ。
だから慣れてる。でも、それは私以外の感想であり、私自身からすれば慣れるなんてことしたくもない、胸糞悪い話だ。

今、マルコは私以外の女を抱いている。


「お前も懲りねぇなぁ」

「うるさい。でもそろそろ潮時かなとは思ってるけど」

「謝られて復縁、なんてならなけりゃいいけどなぁ?」


ニヤニヤと意地悪な笑みで言うのは4番隊の隊長兼コック長のサッチだ。

いつもの流れはと言ってしまえば聞こえはいいが、今回だけは今回だけはと繰り返してもう一体それが何回目なのかすら覚えてない。


「サッチー、この可哀想なサクラちゃんの為に取っておき開けてよー」


食堂で私がこういう風にサッチに絡むのも今ではありふれた光景の一部となりつつある。

私の言葉に「しょうがねぇなぁ」なんて呆れ混じりにも言ってくれるお兄ちゃんはやっぱり妹の私に甘い。


「じゃあいつもの時間にな」

「やった!ありがとう、サッチ!」

「お前も強かだなぁ、転んでもタダじゃ起きねぇっつーか」

「弱いまんまじゃ海賊も、海賊の女もやってられませんからねー」


そんな軽口を叩いて私は食堂から出て自室へと向かった。
私の部屋はマルコの部屋の向かいで、最初は隣同士では無いことを残念に思っていたけど今ではそれに救われてる。
嬌声の漏れる部屋の扉を一瞥だけして部屋に入る。


ふと、先日の船医とのやり取りを思い出した。


『サクラ、健康診断の結果だが……』

『……もうそんなに悪いの?』

『気づいてたのか』


苦々しい顔で言う船医のリック。


『私の親もそうだったから。あとどれくらい?』

『持って一年……、このまま船に乗るなら半年あるかないかくらいだ』

『この事知ってるのは?』

『俺と、船長だけだ。マルコにはまだ伝えてない』

『そう。じゃあマルコには一生、絶対に何があっても伝えないでおいて。……例え他の家族に知られても』

『……サクラ』

『今はまだ船を降りるつもりは無いの。……親父様のところ行ってくる』

『サクラ。薬で誤魔化しても周りを騙せるのは三ヶ月程度だ。分かってはいるだろうが、無理をすればした分だけ寿命を縮めるぞ』

『ありがとう。でも、もう死ぬ覚悟なんか出来てるから大丈夫』


そのあと、親父様には全てを話した。
マルコのことも、病気のこと、今はまだ船を降りるつもりはない、限界が来たら船を降りるということも。

痛み止め、抗生剤、それから発作を抑える薬に進行を抑える薬、その他諸々。
リックから処方された薬は一日朝昼晩と30錠近く飲むことになっている。

ジャラジャラと音を立てる薬。
女らしさの欠片もない部屋にある薬瓶は日に日に増えていくばかりだ。


「はぁ……」


食事も訓練も戦闘も気を抜けない。
親父様とリックの配慮で今のところ何とかなっているが今まで通り過ごすにはもうキツいところまで来てる。


「ねぇ、マルコ……、私もうすぐ死んじゃうんだよ……」


私が死んでも貴方が泣くことなんてありはしないのだろうけれど。

それとも、ようやく邪魔な女がいなくなったって笑うのかな。