今でもはっきりと思い出せる。
あいつとの出会いはなんて事無い、新人と隊長の関係からだった。
女のくせに、と陰口を叩かれることも少なくはなかった。違う隊の俺にすら耳に入るくらいだったから本人はとっくに知っていただろう。

それでも諦めることなく、弱音を吐かずにひたむきに努力を重ね続けるあいつを目で追うようになるのにそう時間はかからなかった。






命の桜






夜になってサッチと約束した場所へ行く。約束した場所、と言ってもいつもと同じ、食堂なのだが。

夜も遅いこの時間で二人きりでサッチの部屋というのもマルコに誤解されたくないし外聞も悪い、ということで食堂で会っていた。

それももうどうでもいいかな、とは思っているのだがサッチも私もお互いにそんな気は無いので変わらずに食堂で待ち合わせしていた。


「サッチ、お待たせー」

「おー。準備は出来てんぞ」


サッチ特製おつまみに、サッチの取っておきのお酒。
これが毎回の楽しみになっている。


「ふふ、サッチの作る料理大好きなんだー」

「まぁ俺っちの料理は美味いからな!」


当然だ!とばかりに胸を張るサッチ。

私がサッチのご飯が好きなのは美味しいだけじゃないんだけど、それは恥ずかしくて言えないから秘密だ。

でん!と出されたおつまみを食べつつ、いつものマルコの愚痴を思うがままに垂れ流していた。
時折、相槌を打ちつつ二人で酒を飲む。

サッチは女好きだけど、本当に大切な人はとことん大切にする人だ。
彼女がいる時は浮気なんかしないし、そもそも誤解されるような真似すらしない。
ここ最近は島に上陸しても女を買ってるのも見た覚えもない。

マルコとは正反対の男だ。
今の印象とは真逆だったのだけれど。

サッチは軽い男って感じだったし、マルコは硬派なイメージがあったけど今では真逆な印象があるから不思議。

もし私の隣にいるのがマルコじゃなくてサッチだったら、私はどうしていたんだろう?


「ん?なに、どうかしたか?」

「あ、いや……付き合ったのがマルコじゃなくてサッチだったらどうだったのかなーって思って」


思わず黙ってしまった私の顔を心配そうにのぞき込むサッチだったが一瞬びっくりしたように目を丸くして、すぐにへらと笑った。


「なによ、今更俺っちの良さに気付いちゃったかー?全くもう俺ってば罪なオトコだなー」

「サッチはいい男だよ。浮気もしないし、大切にしてくれそうだし、ご飯美味しいし。ほんと、マルコとは大違い!」


思っていたことを少しだけ早口に言えば、サッチはまた驚いた顔をしながらも真面目な顔で言った。


「……俺にしとく?」

「え?」

「俺が彼女作らないのは、お前が好きだからだよ」

「……え、」

「……なーんてな!冗談だよ、冗談。本気にした?」


今まで見たことも無いような真面目な顔だったから本気にしかけた。

……茶化したサッチの態度に安堵しつつも、少し残念な気もあったけれど。


「……ねえ、サッチ」

「ん?」

「聞いてほしいことが、あるの」

「どうした?」


今度は私が切り出す。自分でも思った以上に深刻そうな声色で驚きながらも続けた。


「あのね……私、その……」

「おう?」

「……っ、ゲホゲホっ」


ズキン、と痛む心臓。

しまった、油断した。
最近発作が起きる頻度が下がっていたから薬も少なくしてたのだ。


「おいっ、大丈夫か!?」

「だいじょ、ぶ……ゲホゲホ、ぐ、ぅ……!」


ベタッと手のひらに広がる血。口の中が鉄の味だ。


「おい、サクラお前これ……!」

「大丈夫、だから……」

「大丈夫じゃ、」

「お願いだから……!誰にも、知られたくないの……」


私の背中をさすりながら泣きそうな顔のサッチ。
私の言葉を聞き入れて、人を呼ぼうとするのは辞めてくれたけど反対になんとしても理由を聞き出すぞって顔をしている。


「お前の部屋は……まずいか。俺の部屋でいいな?」


ここから医務室となると多くの人目に触れることになるから、私が嫌だろうと判断してくれたサッチには頭が下がる思いだ。

私が小さく頷き、サッチは軽々と私を横抱きにすると、見聞色の覇気をフル活用して部屋へと向かってくれた。


「散らかってるが、汚れちゃいねぇから勘弁してくれよ。横になった方がいいのか?」

「ソファー、で……だいじょぶ……」

「ベッドな。横になっとけ」


ゆっくりとベッドに降ろされ、甲斐甲斐しく介抱される私。こんなのマルコにされたことないってくらい優しくされた。


「薬は?部屋に取りに行こうにも誰かに見られたら厄介だしな……」

「リックが……」

「分かった。貰ってくるから大人しく寝とけよ」

「サッチ……ごめんね……」


喋るのも億劫になっていた私に負担をかけないよう、普段は隠してる?察しの良さを発揮したサッチはあっという間にリックから薬をもらって部屋に戻ってきた。


「無茶するな、バカ娘が!だとよ。怖かったぞ〜、あとで怒られてこい」


からからと笑うサッチから薬を貰いながら言われた事に辟易としつつも、明日にでも怒られに行くことにした。
こういうことは先延ばしすると良くないし。というかリック超怖いから。延ばしたら延ばした倍くらいお説教延びるから。


「とりあえず二時間くらいしたら起こしてやる。今は寝とけ」

「サッチ、は……?」

「俺はこのあと仕込みがあんのよー」


嘘だ。私に遠慮させないためにそう言ってくれてるのだとすぐに分かった。サッチが4番隊の隊長とはいえ、調理や仕込みは当番制で。私だって非力ながら夕食前の仕込みを手伝ったりしてたからどういう分担なのか把握してる。だから翌日サッチが仕込みじゃない時に声をかけるようにしていたのだ。


「…………」

「良いから、お前は黙って甘やかされとけ。こういう時くらい兄貴ヅラさせろってーの」

「……サッチ、ありがとう……」

「おう」


……今は休ませてもらおう。
起きたら、きちんと話すから。


「……サッチ……おやすみ、なさぃ……」

「良い夢を」


大きな手に撫でられて、次第に意識は暗闇に落ちていく。

いつか来る終わりも、こんな風に穏やかなら良いのに。
サッチに知られたら怒られそうなことを思いながら私は眠りについた。