あいつを船に乗せたきっかけはあいつの両親だった。

父親は身内に優しく、敵には容赦なく、正しく海賊をやってのけた男だった。
母親は芯のある強さで、転んでもタダでは起きない強かさを持って海で生きた優しい女だった。

二人が愛し合ってあいつが生まれた。
強面の野郎にもビビらねぇガキが、あいつだ。

けれど二人は病気で、たった一人、愛しい娘を残して死んでいった。

最期の最後まであいつの事を、お互いを気にかけていた。
二人の願い通り、俺はあいつを船に乗せ、娘として接した。

二人の代わりに、なんて思いはしねぇ。
あいつにとっちゃ親は親であるべきだ。愛されていたのなら尚更。
それでも俺のことを親父と呼ぶあいつが可愛くて仕方なかった。

だから、あいつが親と同じ病気だと聞いた時。

全身の血の気が失せたような気がするほど、衝撃だった。







命の桜







ふと意識が浮上して、見知らぬ天井だ、なんて思ったのだが眠る前にそういえばサッチの部屋で休ませてもらったんだっけと思い直す。


「サクラ!起きたか」

「サッチ、どうしたの?」


どうしたの?と聞きながらもサッチの表情から悪いことがあったんだろうと予想もできた。
多分、マルコ絡みで。


「実は、さっき隊員がお前の部屋に行ったらしくて。時間も時間だから部屋にいないのはおかしいってんで、マルコのところに行ったらしいんだ。そんで……」

「騒ぎになってるのね」

「悪い……」


サッチは心底面目ないとばかりに顔を顰めている。


「しょうがないよ。全く自分のことは棚に上げて人のこと責めるんだから嫌になるわね」


苦笑混じりに言った私にサッチは昨日食堂にいた時と同じ真剣な顔で口を開いた。


「なぁ、サクラ……本当に」

「待ってサッチ。私からお願いがあるの」

「……なんだ?」

「私と、結婚して」

「……は?…………はぁぁぁぁあああ?」


目を丸くして驚くサッチ。
私はもう一度同じようにサッチにお願いをした。


「結婚して欲しいの。私、小さい頃から両親みたいな関係に憧れてたから……」


昨日のサッチの告白が、サッチの冗談じゃないことくらい理解してる。
それが見抜けるくらい、私はサッチと付き合いは長い。


「……マルコはどうするんだ」

「このあと話つけてくるよ」

「お前はそれで後悔しないのか。最後に一緒にいるのが俺で」

「サッチだから、お願いしてるんだよ」


マルコが好きだった。
でも彼は私のそばで私だけを見てはくれない。
死んでいく私に、気付きさえしない。

当てつけだって思うかもしれない。
ううん、サッチは思ってると思う。それでも私は今、サッチにそばにいて欲しい。

辛く、悲しい思いをさせてしまうだろうけど。


「………………分かった。マルコと話つけたら、結婚しよう」


長い沈黙の末、サッチは首を縦に振ってくれた。


「ごめんね、サッチ。……ごめんなさい」

「俺はお前に甘いからな!」


いつもの笑顔で私の頭を撫でるサッチ。


「話が終わったらすぐに俺んところに来い。あとは何とかしてやっから」

「……ありがとう」


サッチにそう言うと、安心するような笑みでそっと私の額にキスをした。


「よし、行ってこい!」

「うん」


サッチに送り出されて私は自分の部屋へと向かう。

部屋の前にはマルコと、それからサッチが言っていたであろう隊員の姿。


「サクラ、どこに行ってたんだよい」

「サッチの部屋」


私の返事に目を丸くしたマルコ。


「自分では浮気するなだのなんだのと言っておいて自分はサッチと浮気かい?」

「浮気じゃないわ。マルコ、私たちもう終わりにしましょう。……いえ、終わりにしましょう、じゃないわね。私たちは愛し合っても想い合ってすらいないものね。終わる以前に始まってすらいなかったんだもの。貴方と付き合っていた数年間、私は泣いた記憶しかないわ。もうそんな無駄な時間過ごしたくないの。縛り付けたつもりは無いけど、縛ってごめんなさい」


まくし立てるように言った私の言葉に理解が追いつかないのかマルコは訝しげな顔をしている。
その隣では隊員が右往左往していた。……巻き込んでごめんなさいね。


「……サクラ、自分が何を言ってるのか分かってんのかい?」

「えぇ、分かっていて言ってるの。私の人生に貴方はいらないのよ。私を大切にしてくれない人は必要ないの。いいえ、大切にしてくれたとしても、もう貴方は必要ないわ」


怖い顔したマルコが私を見つめる。

あぁ、あなたの顔をこんなにもじっくりと見たのはいつが最後だったかしら。

眠たそうな瞳も、戦闘になれば怪我を恐れずに敵船に飛んでいく姿も。

あぁ、とても好き『だった』のよ。
貴方だから、そばにいたいと思っていたのに。


「親父様一筋のはずのナースの中に貴方と寝る女がいるのも驚きね。まぁそれは置いといて」

「ちょ、ちょっと待てよい。サクラ!ああ、俺が放っていたからまた拗ねてるだねい?そんなこと言わずに一度落ち着いて話をーーー」

「いいえ。話すことなんて何も無いわ、最初から、今まで。……貴方が私を捨てたのよ」

「何を言ってーー」

「私、サッチと結婚するの」


そう告げた瞬間、マルコの目が見開かれる。

私は最高の笑顔をマルコに向けた。


「今までありがとう」


くるりと向きを変えて歩き出した私をマルコは止めなかった。