たった一つの大切なもの。

それが何かを知らずに、気付けずに。

失ってからようやく、自分の気持ちを知った愚か者。

運命は愚者を嘲笑う。

道化のように。









命の桜










サッチと私の噂は一日でモビーだけでなく傘下の船まで駆け巡った。
遠くにいるはずの姉……ホワイティベイ姉さんやドーマにまで、だ。

私とマルコの関係が壊れきっていたのを知っていた姉弟は電伝虫越しにだが、おめでとうと声をかけてくれた。


「サクラ」

「サッチ」

「飯だから呼びに来た」

「今行く」


自室は親父様の計らいですぐにサッチの部屋の隣に移り、さらには一部分の壁をぶち抜いてドアが取り付けられて直接部屋を行き来できるようになった。

マルコの時にはしなかった(と言うより機密上出来なかった)事に軽く感動を覚えながらも私はサッチと長く一緒にいるようになった。

私は正式に親父様専属になるために一番隊を抜け、日中は親父様や親父様一筋のナースとお茶会やら親孝行をして。
昼食や夕食の時はカウンターに座り、サッチが腕を奮っている所を間近で眺め。
それが終わればサッチと二人で食事を取り、のんびりと会話を交わす。

最初こそ興味本位で聞き耳を立てていた兄弟も、私たちが他愛ない穏やかな会話を続けているうちに飽きたのか何なのか次第に騒ぎは収まっていった。

そんな彼らとは反対にマルコは、私に会えばこちらをじっと見つめ(むしろ睨んでると言ってもいい目付き)、夜の宴では私がいてもいなくても悪口三昧。
咎める隊長もいたが、破綻していたことは知っていても本当の事情を知らない隊長達は私とサッチをよく思っていないのは傍から見てもよく分かった。

そのせいかは分からないが、下っ端の、新入りはそんな隊長やマルコの感情を敏感に感じ取り私への嫌がらせを始めた。

廊下を歩けば足を引っ掛けられ、嫌味や陰口ならまだしも物を隠されたりなど。子供かと言いたくなるような事ばかりだった。

そんなこともあり、私がなるべく一人にならないように親父様とサッチ、それから病気を知るリックとナース長のリンダは気を配ってくれた。

ーーー病の影は日を追うごとに私の体を蝕んでいた。

時折起こる発作を風邪や、飲み物で噎せたと言い張り続けた。
そうして三ヶ月が経った。

島に上陸した私はサッチと過ごすべく、四番隊の買い出しに付き合った。
四番隊の隊員達は気のいい人間ばかりで、サッチを待って手持ち無沙汰な私にデザートをくれたり。
優しい人たちばかりだった。

けれどすぐに体調が悪くなってサッチに誤魔化してもらいつつ船に戻り親父様の部屋に戻った。


「ゴホゴホッ……」


ヒューヒューと鳴る胸が、とても疎ましい。
走ったり、飛び跳ねたりしていた昔の自分に戻りたいと願うことも増えた。

今までと変わらない生活を続けているにも関わらず、肌や髪の艶も無くなりつつある。


「この前、サクラが親父のところにいる時よ、うちの隊のセドリックが〜……」


「島の市場にこんな調味料があってサクラの好きな料理に合いそうなんだ」


「サクラに似合いそうだと思って思わず買っちまったから貰ってくれるよな?」


体調を考えると船を降りられない私の元へ毎日色んな話をしに来てくれる。
時には花や島で買ったお菓子や食べ物、それから髪飾りなんかを持って。

今日は午後から発作と体調が悪くなって親父様の所へ行ってベッドで横になっていた。


「サクラ、大丈夫か?」

「親父様……、うん、ちょっとだけ咳が辛いけどまだ平気だよ」

「……すぐにまた遠征に出すことにする。しばらくは俺の寝室にでもいろ」

「ありがとう……、親父様迷惑かけてごめんなさい」

「子供がかける迷惑なんざ迷惑にもなりゃしねぇさ。特にサクラ、お前はな」

「親不孝者でごめんなさい……」

「お前は昔から我慢ばかりだ」


素直に甘えりゃいいんだ、と苦笑する親父様。
こればっかりは性分だからしょうがないと思うんだ。


「サクラ……」

「親父様。私は降りないよ。降りたくない。わがままだって分かってる。それでも最後まで海賊でありたい。自由でいたいんだ。……私をただの病人にしないで」


親父様の言葉を遮り、私は親父様の大きな手を握って言った。

海賊だった両親も、同じ病で死んだ。
それでも最後まで海賊であり続けた。
最後まで……自由だったのだ。

私は船を降りてただの病人になんかになりたくない。
置いていかれるなんてまっぴらだ。
私だって海賊なんだ。


「グラララ、鼻ったれが……」

「ありがとう……」

「少し眠れ、サッチが来たら起こしてやる」

「うん、頼むね……親父、様……」


ゆっくりと沈む意識。
瞼が完全に閉じきる寸前、親父様が泣いていたような気がしたけれど私は眠気に勝てなかった。