『あのねー、サクラね、ママみたいなお嫁さんになりたい!』


穏やかに笑う母の姿を今でもはっきりと覚えている。
いつも楽しそうに父の隣で笑う母が大好きだった。
似てないようでとても似ている父と母は私の理想であり、目標でもあったのだ。

海賊だった父と母は陸ではなく海で結婚式を挙げた。
私は母のヴェールを持って後ろを歩く役を任され、子供ながらに張り切っていたのを覚えている。

父の照れくさそうな笑顔に、母の幸せなそうな微笑みが強く記憶に残っている。
今思えば二人は自らの死期を悟っていたからこそ、今まで挙げられなかった結婚式を挙げたのだろう。

祝福されなくてもいい。
誰から文句言われたっていい。

たった一人でいい。
誰かの隣で、お互いに心から笑い合える人が欲しかった。







命の桜






サッチは宣言通り、私との結婚式を挙げようと尽力してくれた。
でも多くの人は私のことを良く思ってないから、サッチと話し合い、式は親父様の部屋でこっそりと行うことにした。

そして、私は、といえば二人のナースに母が遺したウェディングドレスを着付けてもらい、髪やメイクをしてもらっていた。


「やっぱり元がいいから、メイクが映えるわ!」

「サクラは美人だからいいけど、サッチ隊長が心配よねぇ」

「確かに、女の子の一大事にあのリーゼントで来そうよね」

「リーゼント出来たら燃やしてやりましょう」

「それはちょっと……」


黙って聞いていると、なんとも物騒な方向へ進みかけたため慌てて口を挟む。

からからと笑う二人は冗談よーなんて言ってるが、目がかなり本気だ。

……サッチ、頼むからリーゼントはやめて……。
私のためと言うより自分の髪の未来のために。


「よし、これでオッケーよ!」

「サッチ隊長も惚れ直すわ。女の私から見ても充分すぎるくらい綺麗だもの!」

「ありがとう、ジェシカ、フランシス」

「気にしないで、私たちの時は貴女にお願いするから!」

「今から楽しみだわ!腕を磨いておいてよね!」


二人の言葉を聞いて胸に痛みが走る。
きっと二人の結婚式の頃に、私はもういない。

否定も肯定もせずに笑ってみせると二人は笑顔を返してくれる。

コンコン。


「サクラ?準備できたか?」


扉越しに聞こえたサッチの声は緊張しているのか普段より固く聞こえた。


「隊長ね。いいところに来てくれたわね」


母の遺してくれたウェディングドレスは海賊らしく真っ白というわけではなく、昔ドラム王国で見たサクラに良く似た色をしていた。


「サッチ隊長、今行きますから所定の位置について置いてくださいねー!」

「わ、わかった!」


扉越しでも分かるくらいの慌てように三人で顔を見合わせて笑ってしまった。


「じゃあサクラ、行きましょうか!」


ジェシカに扉を開けてもらう。
一歩踏み出した瞬間、頭上から降り注ぐ白い花たち。
扉の先にいるのは、親父様とサッチ、それからリックと親父様一筋のナース達が出迎えてくれた。
他にもちらほらと隊長達の顔も見えて、彼らが私がサッチと結婚することを祝福してくれているのだと分かって涙がこみ上げた。


「……サクラ」

「サッチ」


ゆっくりと歩いてサッチの元まで行く。

そっと差し出された手は緊張で湿っていたけど、きっとそれは私も同じで。
でもそれ以上に自分に残された時間をサッチと一緒にいれることが嬉しかった。

あぁ、そうか。私はもうとっくのとうに、サッチが好きだったんだ、と今更になってようやく気付いた。


「……今まで見たものの中で一番綺麗だ」

「サッチこそ、いつもだけどかっこいいよ」


照れくさそうに言うサッチにそう返せば、一瞬きょとんとした顔をして、すぐに相好を崩した。


「サッチ、サクラ」

「親父」

「親父様」

「おめェらは幸せにならなきゃならねぇ。特にサクラ、お前はな」

「親父様。私ね、親父様の娘になれてよかった。怖い夢を見た日も、雷に怯えた日も、それこそ船に乗って道が分からなくて迷子になった時も、いつもそばにいてくれたのは親父様だった。ありがとう、育ててくれて。ありがとう、娘と呼んでくれて。ありがとう、サッチと出会わせてくれて。……ありがとう、お父さん」

「……!」


初めて、『お父さん』って呼んだ。
私には誇れる親が三人もいる。
パパとママ、そして親父様。

親父様が溢れる涙をそっと拭ってくれる。


「サッチ、サクラを頼むぞ」

「当たり前だ!」

「サクラ、サッチと幸せにな」

「うん!」

「こんなにめでてぇことはねェ!野郎ども、宴だ!乾杯ィ!!」


力強く頷き返した私を見て親父様は小さく笑った。
そして、船が揺れるくらいグララララと大きな笑い声をあげて祝いの酒を呷る。


「「「乾杯!!」」」


笑顔が溢れていた。
あの日以来、私の周りにはサッチや親父様以外ほとんど敵意を向ける家族ばかりだった。それで家族と呼んでいいのか疑問だけれど。

サッチと目が合って、笑みを返と。
ぎゅっと握られた手が、暖かくて、心地よくて。

私の隣にいてくれるのがサッチで良かったと心からそう思った。