01
「いつかきっとまた逢いに行くよ。だから忘れないでね。その時はきっと―――」
彼女の柔らかい優しげな声が空に木霊する。
それは懐かしさを抱かせるには十分すぎるほどすぅっと自分の耳によく馴染んだ。
鈴のような声は確かな質量を伴って空に響かせながらも言外に、"交わした約束を忘れるな"と警告するように何処か褪めた色を含んでいた。
忘れるな、忘れるな。
―――逢いにいく、その日まで。
桜咲く日に恋が散る
月曜日に咲く勿忘草
不寝番以外が寝静まったとある日の夜。
マルコはモビーの甲板で1人酒瓶をあおって星空を眺めていた。
偉大なる航路のど真ん中、当たり前だが周囲に灯りは見当たらないし今は冬島の海域にいるせいか、空気は澄み渡り小さな星まで肉眼ではっきりと見ることが出来て、普段ならあまり進まない一人酒も自分でも驚くくらいにぐいぐいと進んだ。
ふぅ、とひとつため息をこぼすともう三本目になる上、既に半分ほどしか残っていない酒瓶を再びあおり、夜空に浮かんだ大きな満月を見上げる。
アルコールによって火照った体には冷たい空気は心地よく、波の音も相まっていつもとは様子の違う海に心が凪いでいくようだった。
不意に後ろの船内へ通じる扉が開く音がして、振り返るとそこにはドデカいフランスパン…もといサッチがへらへらと笑みを浮かべながら自分の方へ向かってくる。
「よっ、マルコさんよ。なぁに黄昏てんだ?」
「チッ……おめェかよい。別に何でもねェよ」
「まったまたー、寝る暇もねェくらい忙しい一番隊隊長さんがこんな時間に甲板にいるってこと自体珍しいっての解ってンのかねェ?」
肩を竦ませて呆れたようにサッチはそう言いながらマルコの隣に腰を下ろし、手に持っていた美味しそうな酒のつまみと新しい酒瓶を置いた。
「夢見でも悪かったか?」
「……昔の夢見ただけだい」
勘が良すぎるのも考えものだ、なんて内心一人ごちりながら、つまみで勘弁してやるとばかりに遠慮なしに手をつけるマルコにサッチは苦笑して聞けば、マルコは顔を顰めて答えた。
「昔の夢?」
「あァ。親父に会う前の、まだ青臭ェガキの頃の話だよい」
「言ってみろよ。悪い夢なら人に話した方が気も紛れンだろ」
「サッチのくせに生意気だよい」
「んだとゴルァ!人がせっかく気ィ遣ってつまみと酒持ってきてやったのに!」
ムカッと怒った顔をしているサッチだが、本気で腹を立てているかと言えばそうでもなく、この天の邪鬼な気がある長男の無愛想な物言いには慣れている。そんな軽口の応酬をして、不意に黙り込むマルコとサッチ。
「……昔、故郷を出てすぐの頃、立ち寄った島で一人の女と知り合ったんだよい」
「へぇ?美人だったのか?」
「お前はそればっかりだない。まァ今まで見てきた中で、今でも一番だと言えるくらいには美人だったねぃ」
「…………」
え、まじで?
顔をひきつらせたサッチの内心を表すならそんな感じだろう。
特定の女を作らず、欲を吐き出すためにしか女を抱かないマルコが女を褒めた?しかも今でも一番?え、まじで?
正にそんな思いが顔に出ていたのか、サッチの顔を見たマルコは、はぁ、と息をつき「てめェは俺をなんだと思ってんだよい」と睨んで言った。
「いや、だって……なぁ?あのマルコが、て思うじゃねぇか」
「そんなにリーゼント毟られてェかい?」
「スイマセンデシタ、マルコサン。話を続けてください」
鼻を鳴らすとマルコは目を閉じ、今でもすぐに蘇るあの日の出来事を話し始めた。