籠 り   main diary mail reply  
nocturne:02
度目の死後

おね…ちゃん───

静寂だった頭の中に言葉が響く。
なんだか幼さを残した舌っ足らずな声だ。
この声が私を呼んでいる気がするのはなぜだろうか。
もう私は死んでしまったのだから誰かが呼びかけてくることはないはずだ。

この声が幻だと。
今あるこの意識が虚だと。
そう思って無へ墜ちていこうとするのに、たしかな声が私を繋ぎ留める。

お姉ちゃん────

誰なの?
私を呼ぶのは一体……


「あ!おじいちゃん起きたよ!」
「叶、そう大きな声を出さんでおくれ」


重いまぶたを開くと光が飛びこんでくる。
私はその眩しさに目を細めた。
そして側で弾むような高い声が私に呼びかけていた声だと認識し終えると、畳をこするような足音がこちらに近づいてきていた。
闇に馴れた瞳を慣らすようにゆっくりとまばたきをすれば、見慣れない木の天井が視認できた。
ぼうっと回らない頭で現状を整理していると、視界の端から静かなたたずまいの老人が顔をのぞきこんでくる。
老人はたくわえた髭を撫でながら、落ち着いた柔らかい声で話しかけてきた。


「娘さん、気がついたかい?」
「ここは……?」
「ここはね!西流魂街にある長老の家だよ!」


小さな女の子が老人の話と前をさえぎり、満面の笑みで声をあげる。
その少女の瞳は好奇心に満ちており、キラキラと光っていた。
話を遮る少女にやれやれといった様子でこちらを眺める老人を見るに、この少女の好奇心の対象は私のようだ。
好奇心を与える理由が思い当たらなく、とりあえずあたりを見渡す。
今いる場所は時代劇や昔話で見たような和室で、身体にかけられていた布団も質素な薄いもので、上に着物がかけられていた。
少女と老人も少しくたびれて色あせたような着物を着ており、まるでそのよう≠セった。


「おねーちゃん、西流魂街って分からないの?」
「西るこんがい?」


うまく回らない呂律で少女の言葉をはんすうする。
西流魂街。流魂街の西側。
意識が途切れる前にいたのは北の方角じゃなかったろうか?
いまだ覚醒しきっていない頭を働かせながら思いを巡らせていると、間の抜けた音が響く。
その音が自分の腹部からのものだと理解した瞬間、倒れる前までに感じていた飢餓がよみがえる。
空腹が限界を超え、痛みすら覚えたそれに私はお腹を抱えるように丸まった。


「ああ、気がつかなんですみません」


老人は申し訳なさそうに頭を下げ、急いだ様子で囲炉裏の鍋の中身を注いだ容器とレンゲを手渡してくる。
差し出された容器から漂う食べ物のにおいが、胃を活発にさせていく。
容器には山菜などをいれた素朴なお粥が入っていた。

震えた手でレンゲを握り、口へ運ぶ。
お粥は見た目通りの優しい味で、すぐに次が欲しくなってしまう。
また、そのあたたかさも熱を失っていた身体にじんわりと染みこみ、安堵の息が自然と漏れる。
久々の食事に夢中になり、手渡されたお粥はすぐに食べ終わってしまった。
老人はそれに笑いながらやんわりと空の容器を取ると、またお粥を注いで手渡してくれる。
何杯か食べ終わると満腹感を得られ、レンゲを動かす手が遅くなった頃に湯飲みを差し出された。


「娘さん、死神になるつもりはないかね?」
「え?」


死神。
突然老人が話した内容を飲みこむまでに時間がかかった。
死神とはなろうと思ってなれるものなのだろうか。
勝手なイメージだが、死神は自らの罪をつぐなっているような印象があるので、そうそうなろうとは思えなかった。
そういえば、私を暗闇から助けてくれた彼は"そう"だったのだろうか。
話に中々理解を示さない私に、子供へ言い聞かせるような話し方で老人は話を続ける。


「お腹が空くというのはその資格があるんだよ」


『だからその資格のない私達はなにも食べなくてもこうして不自由なく生きていける』
いつの間にか寝入っていた少女の頭を撫でながら老人はそう言い、少し寂しげに笑う。
節々が骨っぽいながらも大きな手が、湯飲みを受け取っていた私の手の上に重なる。
老人はまるで眩しいモノを見るように目を細めて、こう言った。


「娘さんは、選ばれたんだよ」





meal.
(もうあちらにはもどれない)

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