優しい筆先
立ち上がれなくなって、どのくらい放置されているのだろう。
床にだくだくとたまる血。手足の痺れ。寒さ。私にはもう立ち上がる力は残っていなかった。
それにしても、一緒に脱出しようとしていた仲間たちはどうなったのだろう。
彼らだけでも無事に脱出できていれば私もきっと報われる。
そう思いながら床を眺めていると、甲高い靴の音が辺りに響きはじめた。
「みんなは……?」
「ああ、やっぱり君は優しいな」
美しい顔をした青年は私を難なく横に抱き上げると、私の頬にキスをした。
突然の行動に驚く気力も抵抗する力もなく、身体を預けてただ整った顔を近くで眺めることしかできない。
「君が"仲間"だと思っていた人間は全員、荘園に送り返したよ」
楽しそうにコロコロと笑い、彼らをどう追い込んだのか話す端整な顔立ちの青年の横顔をぼうっと見つめる。
ああ、今回も失敗してしまったのか。
『今回も?』自分の思考に対して疑問を持つが、深く考えることを頭が、身体が拒否をする。
そうこうしているうちに目的地に着いたのか、高級そうな椅子に座らせられる。
『嗚呼、これでは血で汚れてしまう』なんて思いながら、写真家である彼がいつも使っている写真機とは違った写真機が目の前にあることに気づいた。
「それにしても、身体をはって助けてくれていた君を見放すなんて酷い奴らだ」
私を下ろして両手が空いた彼は、持ち歩いていた羽ペンの羽の部分で私の頬を撫ぜて喋りだす。
輪郭に触れるか触れないかの距離を保ちながら、柔らかく白い羽はもてあそぶように肌を撫でていく。
「嗚呼、とてもかわいそうで痛そうだ」
「大丈夫、痛みももうじき消えるよ」
「今度こそ、君をえいえんにしてあげられる」
「ほら、笑って」
私を撫でた優しい筆先とはうらはらなこの状況に、違和感や恐怖を覚えるよりもなぜか安心している自分がいることに気がついた。
感覚がなくなっている身体では分からないが、筋肉が弛緩したのか、口元が笑みを浮かべたのだろう。
そんな私を確認したのか、彼は写真機の前で唇で弧を描いた。
光とともに、カシャリと魂が固定された音がした瞬間、私の意識はそこで途絶えた。
210203
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