籠 り   main diary mail reply  
nocturne:03
やかな日々

老人が言うにはこうだった。
死んでしまえばお腹はすかない。
だが死んでもなお、空腹感がある者は死神になれる。
それは死神になる為の第一条件としてなくてはならない基本のもの。
霊力≠ニいうものがあるからだ、と。

『霊力』と聞けば霊能力者がよく使う言葉。もしくは怪異現象を起こす幽霊の力のこと。
という具合に私としては非日常的であり、存在自体が信じられない単語だった。
しかし、ここは私が生きていた世界とはまるで違う世界。
否定してもなにも始まらないし、それらは確かにここにあるのだ。
“今”を受け入れるためにはまず受け入れることだと思い至った。
それに─────


「霊力のコントロールや剣術やらを教えるのは無理だが、私が死神になるための知識……この世界のことを教えてあげるよ」


老人はこう言ってくれた。
私がどこから来たのかなにも聞かずここに置いてくれ、家族として優しく受け入れてくれた。
なにもない私に衣食住まで与えてくれた彼の優しさを裏切りたくはない。
『期待を裏切らないためにも死神になろう』
長老の家で過ごすようになってから約三ヶ月。
自然と心からそう思うようになっていた。

少しすすけた和机の上に置いた書と紙。
横から柔らかく教えてくれる長老の言葉を紙に書きとめ、図解のある書に目を通す。
今は長老との勉強の最中だったが、突然家の壁から「ドゴォ」と低い音が響いてその場を二重の意味で破壊した。
薄い壁とはいえ、ぽっかりと空いてしまった家の穴からは外気と砂埃が一気に入りこむ。
それにたまらず顔を着物のそででかばうと、甲高い声が耳に入ってきた。


「よぉ長老、生きてっかー?!」
「全く、玄関から入りなさいと何度言ったらわかるんだい岩鷲!」


普段声を荒げない長老の怒声にびっくりしたが、当たり前の反応であることは理解できる。
周りの砂埃がおさまったらしき気配から、恐る恐る問題の方向を見やると、壁を壊したであろう犯人の姿が目に入る。
『ガンジュ』と呼ばれたのは同じ背丈くらいの少年で、くっきりとした下睫毛に太くて凛々しい眉毛をしている、いわゆる濃い顔つきだった。
彼は全く反省の色がない笑顔で「ワリィワリィ」と頭を掻いており、長老の発言からしても壁を壊す常習犯なのだろう。
流石にまじまじと見られて視線を感じたのか、彼は服に付いた砂埃を払いながらこちらに顔を向ける。


「お前、新入りか?」
「は、はい……」
「なにも知らないお前にこの俺のことを紹介してやるよ!俺様の名前は志波岩鷲!自称『西流魂街の深紅の弾丸』のすんばらすぃ〜!ナイスボーイだ!」


長い台詞を一気に言い切ると少年は「イェーイ!」とテンション高く親指を勢いよく突き立てた。
得意気な目で胸を張っている彼の視線はこちらへと熱く注がれており、多分私にリアクションを求めているのだろう。
しかしこういった手合いに慣れていなかった私は、なにをすればいいのか皆目見当がつかない。
考えている間も沈黙は続き、ついに私はその雰囲気にいたたまれなくなり、目線を外にそらした。


「………」
「………」


目を逸らしたついでに長老の方を見ると、この空気でも眉一つ動かさずガレキの掃除をはじめている。
この人物のノリに馴れているのだろうか彼は『我関せず』というスタンスをとっていた。
ホウキをはくだけの静けさに耐えきれなくなったか、少年は決めていたポーズを自主的にとく。
そして机の上に広げていた書と紙に目をやった。


「お前、死神の勉強してんのか?」
「ああ、私がさっきまで死神にまつわることを教えてあげていたんだよ」


長老がガレキを外に捨てながら答える。
すると二人は私がなにか言う間もなく話しこみはじめた。
中央四十六室がどうとかキドウがどうとかハクダがどうとかと言い合っていて話の中に全く入りこめない。
これから覚えなきゃならないことなのだろうが、聞いた限りでは複雑かつ、難しそうですでに頭が痛い。
そんな蚊帳の外な私に、話の合間だった長老はこちらに気づくと諸々説明をしてくれる。


「岩鷲の兄さんが死神でね、今では立派に十三番隊の副隊長をしておるんじゃ」
「おうよ!兄貴はすげぇだろ!」
「あ、はい!すごいですね!」


自分のことではないのに少年は誇らしげに胸を叩き、鼻息を荒くする。
この人はよほどそのお兄さんのことが好きらしい。
そう思うと家の壁を壊したことを抜けば年相応な反応が微笑ましくて笑みがこぼれた。


「もし分からねぇことがあったら護挺十三番隊副隊長の弟のこの、岩鷲様に聞くがいい!」


自信満々に彼は「頼ってくれていいぜ!」とも言い、茶目っ気たっぷりにウィンクをする。
それと同時にジリリリリといった連続的な機械音が辺りに響くと、少年の顔はさあっと血の気が引いて青くなった。
すると少年は「それじゃあまたな!」と矢継ぎ早に言い残して、壁の穴を通って全速力で外に駆けて行った。
その背中が見えなくなると、さっきまでの騒がしさが嘘かのように静まりかえる。
一連の流れを見るに、鳴り響いた音は彼の何かのタイムリミットを知らせる音だったのかも、とぼんやりと思った。


「それじゃあ勉強の続きをしようか」
「えっ、あ?あっ、はい?」


私が呆然としている間にも長老は掃除をしており、気がつけば家の中はキレイになっていた。
しかし、ぽっかりと開いた壁の穴に対してなにもしない様子に少々混乱を残しながら返事をする。
とりあえずこの場は長老の言うことに従っておくことにした。





active boy.
(『またな』ということはまた壁を壊されるのかもしれない)

080421:210204:221023
mainページへ