籠 り   main diary mail reply  
act.03
と橙

顔を冷たい水で洗って目を覚ましたつもりでいたものの、おじさんは漫画のキャラクターである越前南次郎のままだった。
それにほほをつねったりデコピンをしてきた越前リョーマもそのままで、何事もなかったかのように彼は縁側でカルピンと戯れていた。
顔を洗って感覚が鮮明になったはずなのに、夢がまだ覚めていないことに自分は唖然とした。
そしてその合間になんやかんやあり、現在────


「あの、自分で払いますので……」
「だ〜め!今日は全部おばさんが払うから!お財布は没収!!」


『女の子なんだから色々ないと困るでしょ?』とおばさん……もとい"倫子さん"に連れられるがままデパートにきていた。
今はいくつか選んだ下着類の精算中なのだが、自費で払おうとして持っていた財布を彼女に取り上げられてしまったところである。
他人である私の支払いを嬉々として済ます横の女性を見て、罪悪感を覚えるとともに居心地が悪くなった。
"知り合いの子供"ということでご飯や寝床を用意していたはずなのに、実際は完全に関係のない他人がそれを利用し、あまつさえ身銭まで切らせているのだから夢であろうと良心が痛まないわけはない。

現在進行形で騙されていることを知らないこの人にどうすれば償えるだろうか。
使ってくれたお金を返してすぐにでも姿を消そうかと思案している私とは対照に、倫子さんは明るい笑みをこちらに向ける。


「次はお洋服を買いにいきましょう!」


彼女は今にでも鼻歌を歌いだしそうな様子で、洋服フロアへと私の手を引きながら歩く。
温かい手に握られていると、本当に人と触れあっている感覚に陥りそうになる。

しかし、リアルな感触や体温を感じられてもこれは夢だ。
漫画の世界に自らが入り込む夢を見ているだけ。
きっとよく見る夢の延長線上に過ぎない。
『いつかは覚める夢』そう自分に言い聞かせ、手を引かれるがまま歩を進める。

店内は黄色やピンクを基調に使った『SALE』のポスターや中吊りが沢山貼られていた。
今の季節と店内の雰囲気を加味してもパステル調のソレらに若干違和感を覚えるが、女性服のゾーンでもあるしそういうテーマにしているのだろう。
ちらちらと店内の様子を眺めていると、店内BGMが途切れて流れ出したタイムセールを告げる館内放送に、倫子さんは「あら」と反応する。


「もうタイムセールの時間なのね。じゃあおばさんが戻ってくるまでにお洋服、いくつか見繕っておいてね!」


手を離すと多分その先にあるであろう食品コーナーへと移動しながらこちらに手を振る彼女を見送る。
デパートに併設されていたATMで持っているキャッシュカードが使えるかどうか試したかったのだが、財布は倫子さんに取り上げられたままで確認することができなかった。
これからのことを考えながら周りからなるべく浮かないように、さして興味もない手近にあった服を本のページをめくるように一枚一枚横に流していく。
もしキャッシュカードが使えたなら残高はいくらだっただろうか。
それ以前に、財布にはいくら入っていただろうか。
そんな、今現在確認しようもないことに思考を巡らしていると、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「かーのじょ!なに浮かない顔してんの?」


まず目に入ったのは明るいオレンジ色の髪。
視線を合わせるように少し前屈みで話しかけてきたのは、人懐っこい笑顔を浮かべた千石清澄≠セった。
予想もしていなかったキャラクターの登場で、簡単な問いの返答に間をあけてしまっている状況であることに頭が追いつき、適当な理由をつけて返答することにした。
手近にあるのは適当に流していた服。


「あ、えっと……服。服、どんなのがいいか迷ってて……」
「ほうほう、なるほどなるほど」


思ったよりもうまく回らない口でしどろもどろに答えた私の視線の先にある服と、私が着ている服を交互に観察し、千石はうなずく。
彼は服というよりも"私"本人をどちらかと長く眺めると、服の棚から「これとかこれとかこれとか」と代わる代わる服を手に取りながら買い物カゴの中に入れていく。
結構な量がたまったところで、彼は一際目立つマネキンに着せられていたのと同じ上質なワンピースを一着手にとった。
それはレースがあしらわれた可愛らしい真っ白なワンピース。


「このワンピースも似合うと思うんだよね〜。試着してみてよ」
「えぇ……」
「俺、君がこれ着てるとこめちゃくちゃ見たいな〜!ね?ね?だめ?」
「だ、だめと言いますか……」


年相応ではない。似合わない。見苦しい。
そんな言葉が頭の中をかけ巡っていく。
真っ白なワンピースは可愛らしい女の子≠ェ着ることを許されたもの。
それを夢とはいえ私が着れる訳がないだろう。
いたたまれない気持ちでリノリウムの床を見つめていると、遠くから怒声に似た女性の声が響いてくる。


「清澄!荷物持ちが勝手にどこいってんのよ!」
「げっ、姉ちゃん」


声の方向に顔を上げると、千石と同じような明るい髪色をした女性がこちらに早足で向かってきていた。
『姉ちゃん』ということは見たまま彼の姉なのだろう人物は、近くにいた私を見るなり千石の耳たぶを引っ張り私から距離をとらせる。
そして千石の頭を鷲掴みすると千石共々頭を下げてきた。


「ごめんなさい!ウチの弟が迷惑かけたでしょ」
「あ、いえ、そんな……」
「いや俺手伝ってただけ……いってー!!」


弟が反論しようとした瞬間、ゲンコツを脳天に落とされて黙らされる。
それだけでこの姉が弟を完全にパシリなどによく使う『尻に敷かれている』日常の様がありありと想像できた。
力関係で逆らえない千石は謝罪を姉に促され、小さく「すみませんでした」とつぶやく。
『別に彼は悪いことはしていない』『頼んでしまったのは私の方だ』と頭ごなしに叱ろうとするお姉さんにそう伝えると、その場はなんとかおさめることができた。
それにほっと胸をなでおろしていると、千石姉弟は小さく会釈をしてその場を去って行った。
とりあえず、角を曲がる直前に千石が脇腹にひじ鉄を食らっていたのは確認できた。

そのあとは、買い物カゴに積まれたワンピースや中に紛れこんでいた露出度や値段の高い服などは元の場所に戻しておくことにした。




「すみません。こんなにたくさん買ってもらってしまって……」


それなりに少なく選定していたのだが、買い物から戻ってきた倫子さんに「数が少ない」といくつか追加されて結局は結構な数になってしまった。
前で運転している彼女にバレないようにため息を深く長く細くして吐く。
一体、今日だけで彼女にいくら使わせてしまったのだろう。
また暗く落ちていく自らとは対照的に彼女は朗らかに笑い飛ばす。


「いいのよいいのよ。おばさんからの入学祝いと思って受け取って!」
「ありがとうございます…………え?入学祝い?」
「?入学祝いよ??」
「それにしても名前ちゃんが息子と同い年だなんて、本当、日本の女の子も成長早くなったわよね〜」





設定の代償
(成長が早いで済ましていい問題じゃあない)
210205:220617:231110
mainページへ