籠 り   main diary mail reply  
act.04
出少女


「あの、おじさん」
「ん?なんだ?」


畳の居間で寝転び、雑誌を床に広げて読んでいる越前南次郎に話しかけると、視線をこちらへ少しやったあと再び雑誌へと落とした。
読んでいる雑誌はグラビアできれいな水着のお姉さんが寝転がっている見開きのページ。
面倒そうな話をされる雰囲気を感じとったのだろう南次郎は、じぃっとそのページを見つめていた。
現在、居間には南次郎と自分だけではあるが、廊下をはさんだ台所から聞こえてくる音を耳に入れながら誰にも聞こえないよう小声で話す。


「私、これから中学校に通うって言われたんですけど」
「あっ?あぁ〜、そういえばそうだったな」


わざとらしくとぼけた顔をし、あくびも加えながらそう返される。
怒りを確実に煽ってくるような言動に、痛くなってきた眉間をおさえる。
あの時その場で訂正できなかった自分も自分ではあるが、昨日のうちに説明を済ませてくれているのではないかと期待していた自分が馬鹿だった。
越前南次郎はやはりそこまで誠実な人物ではないらしい。
それに、居間で堂々とグラビアの雑誌を広げながら見るところも原作と変わらない人だと呆れながら話を続けることにする。


「どう考えても無理があるでしょう。ちゃんと本当のことを話してあげて下さい」
「嫌なら出ていけばいいだけだろ、家出少女」


『面倒くさい』と体現するように、雑誌を持って反対側に寝転びながら言われる。
その一連の動作に私自身も拒否された気がして悲しくなった。
こちらの事情を彼がエスパーではない限り分かる訳はないのだから、しかたがない。
そう思っていても心がこたえた。

こちらだって帰れるなら帰りたい。
現実で目が覚めれば日常に戻るのだと頭では理解しているが、心にはなぜか焦燥感が生まれていた。
その焦燥感にかられてデパートで倫子さんが戻ってくるまでに知り合い全てに電話をかけてみたが、昨日とほぼ変わらない結果が待っていた。
友人の携帯番号のはずなのに完全な別人にだって繋がったのだ。
極めつけは実家の電話番号。試しにかけてみれば昨日のこともあってか着信拒否をされていた。
もう自分でやれることはこれでほぼ終わり、現実的な最終手段としては警察に保護してもらうだけである。

南次郎が言うことは正論ではあるが、やるせない怒りをそのまま彼にぶつける訳にもいかず、感情があふれそうになるのをこらえる。
ここはとりあえず諦めたようなため息を残し、昨日通された二階の部屋へと向かう。


「私だって帰りたいよ」


階段を登る音にかき消される音量でそうつぶやくと、一気に帰りたい≠ニいう感情を自覚してしまい鼻の奥がツンとして涙があふれそうになった。
階段を登ってすぐの部屋へ入るとともに、ぽたりと畳に涙の染みができる。
『嫌なら出ていけばいい』
さっき言われた南次郎の言葉が頭の中で何度も再生される。

そう、帰ればいいのだ。
上着のポケットからスマホを取り出し、探しだしたオカルト系の掲示板に現在の状態を書きこみ、助けを求めてみた。
そこの掲示板を見た彼らのレスは『時空のおっさんを探せ』だの『一回逝ってみろ』だの『異世界エレベーターを使ってみろ』だのと面白半分なものが多かった。
しかしその中にあった『同じ時間に同じ場所にいればいい』という書きこみが目につく。
これ以上、人を騙す罪悪感がわかず、中学校に通う設定を押しつけられず、きっとそれなりに帰れそうな気がする方法だ。

そして掲示板の投稿時間から、今は秋ではなく春だということが確定し驚愕する。
思いだせばキッチンで見たカレンダーの絵も淡い春色だったことを思いだし、入学のことも、デパートの内装にも合点がいった。



部屋一面を眺める。
広げていた私物としては寝る前にいつもの癖として繋げていたスマホの充電器。
それをカバンの中にしまいこみ、もう私物がここにないことを確認するとチャックをしめた。
音が出ないよう部屋を出て、足音を殺しながら階段を降りて玄関を出る。
そして庭に置かれていた自転車をつれ、越前家の門を通って出て行く。
時間はもうすでに夕方になっており、茜色の空を飛んでいるカラスの黒色がとても映えていた。

気分を切り替えるため深呼吸をひとつすると、うろ覚えながら昨晩通った道順を思い出しながらさかのぼっていく。
越前南次郎と話した公園。泣いているところを見られた電話ボックス。坂のないただの平らな道。

目的地に着いたのは時間的にギリギリだった。
スマホに表示されている時間を自転車にまたがりながらただただ眺める。
ここ≠ノきてしまった場所で、元の場所へ帰れるよう祈りながらそこに立ち続ける。
それにしても、この場所が多分都内にしては人通りが少ないのがなによりも救いだった。
夜間に自転車にまたがりスマホを見つめたまま動く様子のない人間は、通報されてもしかたがない。
そう思いながら予定時間を過ぎた画面を見て、あたりを見渡す。

坂がどこにも見当たらず、昔から見慣れたような景色の気配もない。
季節に誤差があったように時間にも誤差があってもおかしくはない。
そう思って動かずにいれば、なにも変化がないまま一時間も過ぎていた。

冷たい風に晒されながら手足の体温が奪われていく。
それでも目が離せない画面に、ポタリと水滴がひとつ落ちる。
この世界との誤差がないであろうWeb上のデジタル時計を確認してみたが、スマホの時間と誤差はないようだった。
私は帰れなかった≠フだ。
そう確信してしまえば雨が降りだしてきても雨を避けるよう、動く気力もわかなかった。
もうココでは行くアテなどどこにもない。


「帰りたい……」


雨がさらに体温を奪い、服が素肌に張り付く不快感も元の場所に帰れるのなら構わない。
そう思ってたたずんでいても、絶え間なく雨が降りしきるだけでなにも起こることはなかった。



どのくらい経ったか感覚が分からなくなった頃、身に降っていた雨が遮られる。
頭を動かす気力もなく視界を限界まで動かすと、上端に夜とおなじ黒色の傘の内側が確認できた。
ゆっくり振り返ると、越前南次郎がバツの悪い顔で傘をこちらに傾けていた。


「帰るぞ」


涙が流れていることに気づいたのか、神妙な面持ちで越前南次郎は頭を掻いたのだった。





帰りたい場所
(夢ならどうか早くさめてほしい)
210209:220617:231110
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