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確かな思い
先日少年に壊された壁。
今日までは応急処置として簡易的に穴を塞いでいたが、本格的に直すために長老と一緒に山へ材料を取りにきていた。
木の枝や粘度の高い土などを二人で集め、詰めこんだ風呂敷を長老が背中に抱えている。
重いだろうと自分も半分くらいは持とうとしたが、長老は頑として譲ってはくれなかった。
というのも、彼曰く「死神として活動する場所のことを知るのも大事」とのことで辺りを散策してきて欲しいらしい。
「それじゃあ私は先に帰っておくけど、怪我には気をつけなさい。帰りは道なりに行けば村に戻れるからね」
「はい!」
笑顔で頷けばそれに満足した様子で長老は細い目をさらに細めた。
段々と小さくなっていく背中を見送り、周りを見渡す。
開かれた道なりに岩や草が生い茂り、乾いた細い木が生えている。
『少し荒廃した森』といった感じだ。
本心を言ってしまうと、死神になるのは気が引ける。
ホロウという悪霊と戦ったりすることも、死神の仕事の内に入るらしかった。
私としてはできれば戦わず、長老や叶ちゃんと穏やかにのんびりと暮らしていたい気持ちが強かった。
でも、それはきっと叶わない。
長老だって、わたしだって、いつかは輪廻の輪に戻るなりするはずだ。
ガツッ
「痛……っ!」
岩に座って思想にふけっている途端、こめかみに硬いものがぶつかる。
じくじくと痛む箇所を手で押さえながら、地面に転がったであろう物体を探す。
地面に落ちていたソレを見つけると私は驚愕した。
赤子の拳ほどの石、だ。
当たった速度や角度といい、偶然空から落ちてきたものではない。
必然かつ人為的に投げられたものだろう。
そう推測すると背筋に悪寒が走り、総毛立った。
こめかみを押さえていた手を離そうとすると指が『ぬるり』と滑る。
目の前にもってくると、そこには赤がべったりとついていた。
ゆっくり、投げられたであろう方向を向くと、そこにはいくつかの人影が立っていた。
それらの顔には見覚えがある。
この人達は長老の村の─────
「村から出て行け」
吐き捨てられた一言。
それは私の意識を裂くのに充分だった。
リーダーらしき青年の言葉を皮切りに、周りの少年達は順々に口を動かす。
言い捨てられる、心ない言葉の数々に頭が真っ白になっていく。
彼らの表情はとても歪んでいて、激しい怒りを露わにしているのだけは認識できた。
「なんでお前なんかのために大事な食料をやらないといけねぇんだ」
「働いてもいないクセにのうのうと過ごしやがって」
「さっさといなくなれ!」
次々に投げられる石。
当たりたくないと身体が先に動き、避けていく。
その様子に少年達の瞳には、さっきまでより強い怒気がこもる。
一人の少年が石を持ちながら私を追いかけてきて、思い切り腕を振った。
持っていた石は足に当たり、千切れてしまうのではないのかという衝撃が足を貫く。
立っていられない痛さに足を抱き、その場へ倒れこんだ。
「こっちの苦労も知らないで」
「消えろよお前」
「死んじまえよ!」
動けないのを確認され、周りを囲まれる。
少年達は太い木の枝で叩いたり、石を投げつけたり、足で蹴ったり、殴ったり。
それに私は頭とお腹だけを腕で庇い、なんとか後遺症が残らないよう衝撃をしのごうとする。
でも守れる範囲は限られていて、背中や足などには容赦ない攻撃が降りかかった。
痛い。
声が出ないほど痛い。
なんとか「やめて」と声を絞り出しても、少年達は聞こえていないフリをして暴力行為を続ける。
服の隙間から彼らの顔を盗み見れば、酷く高揚した歪みをしており醜い≠ニ思った。
それと共に心の中からドロドロとしたものが溢れる。
憎い。
群がって痛めつけてくるこいつらが憎い。
不条理な力に抵抗出来る力の無い自分が憎い。
「はは!コイツ泣いてやがる!」
「立場ってものをもっと分からせてやろうぜ!」
「それじゃあ、次はもっと大きいので……!」
悔しい。
力が欲しい。
全員を一掃できるような強い力が。
こんな思いなんか一生しないですむような力を─────
全部、
壊してしまえばいい。
心の中がグツグツと煮えたぎってはじけそうになった瞬間、よぎったひとつの思い。
まるで自分ではないような異物の感覚に背筋がゾッとした。
突然見えた自分の底に呆然としていると、一陣の風が吹き抜ける。
「オイ」
ドスの入った低い声。
絶え間ない鈍い音と笑い声の中でもそれは確かに聞こえた。
その一言で、降り注いでいた激しい衝撃が和らぐ。
涙でぼやけた視界で少年達の視線をたどると、仁王立ちしている誰かの影が目に入った。
「お前らなにやってんだ?」
「なにって“害虫駆除”に決まってんだろ?」
害虫。
その言葉を聞いて心臓が痛くなった。
痛みから胸の奥底が仕方なくうずき、緩んだ胸元のえりを寄せるように掴む。
止まらない涙や鼻水で上手く息ができず、浅い呼吸を繰り返す。
そんな私の前を影が遮ったと思ったら、周りを囲んでいた影がひとつ吹き飛んだ。
「失せろ!お前らの下らねえ妬みでコイツを傷付けんじゃねぇ!!」
地響きかと思うくらいの怒声が辺り一帯に響く。
影は明らかな殺意を散らしながら、周りの少年たちを威嚇する。
彼らはそれに気圧されたのか、しばらくすると走り去っていく足音がまばらに聞こえた。
そして足音が聞こえなくなったあと、影がこちらを向いてひざまずく。
顔を上げれば最近見たことのある、癖のある顔が心配そうに覗きこんでいた。
「岩鷲……くん」
名前を呼べば少し悲しそうな笑みを返される。
その小さくも骨張った手がぎこちないながらも安心させようと頭を撫でてくる。
「アイツらの言うことなんか気にすんな、ただお前みたいなのが珍しいだけなんだよ」
「……うっ」
「もう、あんなヤツらなんかにゃ手ぇださせねぇから」
不器用な手。
それがとても温かくて、優しくて、涙がでた。
助けられて安心したのもあるんだろうけれど、それよりも情けない自分が悔しかった。
私はこの時を皮切りに、死神になろうと本格的に決意した。
一瞬浮かんだあのドス黒い思いは心の底にフタをして、忘れることにして。
pain.
(泣くしかできなかった自分が一番嫌いだ)
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