act.06
居候
「リョーマ、名前ちゃん、制服作りに行くわよー!」
今日もよく寝たと気分よく階段をおりると、母親に今日の予定を決められた。
春休みだからと遅くまで眠っていた覚醒しきれていない頭にその声はとてもよく通る。
母は思い立ったらなんたらと言うようにすぐ行動にうつすタイプで、呼ばれた俺たちに拒否権というものはすでにない。
『顔を洗ってから着替えるか』と考えながらあくびをひとつすると、最近居候として転がりこんできた苗字が困ったような顔でそれに反応した。
「制服……ですか?」
「そうよ?制服を着ないで登校したら怒られちゃうでしょ?」
『なんでそんな当たり前のことを聞くんだ』と思いながら母親とのやりとりを見つめる。
居候にきたアイツは親父の友人の子供だと聞かされていたが、想像していたものとは全く違っていた。
まずは見た目だ。
何度見ても本当に同い年なのか疑わしいほどなのだが、周りがそう扱っているのならそうなのだろう。
アメリカではそのくらいの女子はそこそこいるが、日本ではここまで成長した女子を見たことがなかった。
それだけで差別するつもりもないが物珍しい≠ニいうことは変わらない。
「さっ、リョーマも早く準備してきなさい。起きるのが遅かったから帰ってきてからブランチよ」
「オーケー……」
苗字を言いくるめ終えた母親は「Hurry!Hurry!」と今度は俺を急かしてくる。
すでに言いくるめられた方の苗字は、準備のためか階段をのぼって二階の部屋へいく音が聞こえた。
俺は母親の急かしをBGMに眠気と戦いながら顔を洗い、歯磨きをすませ、自室で適当な服をつかんで寝巻きからそれに着替える。
こうして、なかば連行されるような形で車に詰めこまれ、服屋に向かって出発した。
車内では母親の好きな曲と鼻歌が流れ、共に押しこまれたアイツは隣で窓の外をぼうっとながめていた。
こういった感じでコイツはいつもぼんやりとしている。
歩くのすら心配になるくらいにはぼんやりとしているが、春の陽気のせいですますには度が過ぎているように思えた。
これが元々の性格ならこれから学校でまともに過ごせるのか、自分には関係ないはずながらこれからのコイツのことがなんとなく心配になった。
なにはともあれ、窓から入りこむ陽気が気持ちいいことには変わりないので、目的地に着くまでひと眠りすることにした。
服屋へ着くともう話は通っていたのかスムーズに店の奥へと案内される。
ここは制服専用の服屋なのか、店にある棚には制服があふれるほどいくつも積まれていた。
そして店の奥にある開けたスペースにつくと、店員に体のサイズをはかってもらうようで上着を脱ぐように指示される。
上着を脱ぎながら苗字の方をなんとなく見ると、女性用としてここよりさらに奥にある試着室のような場所へと案内されていた。
店員の慣れた手つきで俺のサイズ測定はあっけないほど早々に済み、母さんたちが戻ってくるまで店内で待つ。
アメリカでは学生服を見ることすらなかったので、店内に飾られているいろんな種類の制服を眺めるだけでも中々に面白かった。
しばらく経ち、母親と苗字が戻ってきたので一緒に店を出ると、入り口で親父が待っていた。
来る時にはいなかったのになぜここにいるのか疑問だったが、それを問いかける前に親父が隣にいた苗字の腕をつかむ。
「ほら、ラケット買いに行くぞ」
「えっ……あの……」
苗字は助けを求めるように母へと視線を投げかけるが、母は「お父さんが買ってくれるらしいから行ってらっしゃい」と笑顔でそれを切り捨てた。
親父とテニスで張り合っていた男友達の子供とは聞いていたが、今日までテニスの“テ”文字すらチラつくことがなかった苗字。
ウチに来てからは家の手伝いばかりして寺のコートに近づくこともなかったので、突然飛びこんできた彼女のテニスの話題に面を食らってしまった。
内心動揺していることに気づかれないよう、平静をよそおって本人に事実を確認してみる。
「なに?アンタ、テニスやるの?」
「いや、やらな」
「いいや、やらせる!」
否定しようとした苗字の言葉を親父がさえぎる。
あまりの勢いにびっくりしたが、親父になにかあるらしいことはとりあえず分かった。
当の本人は困ったように『助けて』と視線を送ってくるが、ラケットを買うついでにグリップやガットなどを親父にたかろうと決めたのでここは無視することにした。
入学準備
210210:220617:230311:231110
mainページへ