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学院生活
岩鷲くんに背負われ、傷だらけで帰れば長老は悲しい顔をして家に迎え入れてくれた。
それ以来、長老または岩鷲くんが隣にいない限り外に出ることはなくなった。
元々、外に出ることはあまりなかったが身体的な鍛錬が必要とのことで、岩鷲くんが室外で教えてくれることになったのである。
知識は長老、体術は岩鷲くんに習うという体制がつくられ、あっという間に試験の日になった。
試験は思ったよりも簡単で、特進学級ではないが入れることになった。
真央霊術院の試験に合格したのだ。
しかし、学院には私と同じ流魂街出身の者はそれほどいないらしい。
ほぼ瀞霊壁や遮魂膜に護られ、何不自由なく生きてきた貴族の子供たちばかりのようだ。
みんながみんな岩鷲くんのような人であればいいのだが、そうではなかった。
元々瀞霊廷に住んでいる貴族の人は流魂街の人間はいやしく、己より格下だと侮蔑した視線を向けてくる。
そして私の姿を目にしたあとは、ありもしないデタラメな噂をヒソヒソと囁き合う。
授業で班にならなければならない時は、班員から嫌そうに顔を歪められた。
明らかな周りからの拒否反応に全てを投げ出してしまいたくなり、もうこれ以上嫌な思いはしたくないと逃げ出したかった。
最初の頃は夜が来る度、何度も何度も外へ抜け出した。
そして何度も何度も思いとどまった。
必ず門の前へ来ればあの三人の笑顔と声が頭を過ぎり、あの日の思いと誓いもよみがえってくる。
それを思い出せば、自然と進んでいた足が踵を返して寮へと走り戻るのだ。
『統学院合格おめでとう。よく頑張ったね』
『やったじゃねぇか!休みにはこっちに戻ってこいよな!』
『ごーかくおめでとうお姉ちゃん!会えなくなるのは寂しいけど、帰ってきたら絶対叶と遊んでね!』
あの暖かい表情と優しい眼差しが忘れられない。
早く三人に会いたかったが、流魂街へ出るには“通廷書”が必要になるため、まだ発行されていない私は村へ戻ることができなかった。
それでも寂しくなった時は、合格通知がきた時の嬉しそうなみんなの笑顔を思い浮かべて耐える。
それに入学の際に授与された無銘の刀・浅打の重さは毎朝さす時、私に喝を入れるかのように気を引き締めてくれていた。
ここは便利だ。
立派な構造をした寮があり、瀞霊壁や遮魂膜に護られ虚に襲われることはなく、食事が付いているから食にも困らない。
梅雨を過ぎた蒸し暑い風が吹く現在は慣れてきたようで、心に余裕がでてきた。
通廷書が発行されるまで学院の休みは許された瀞霊廷内の場所を歩いて回るようにしていた。
すると、その時に廃棄するという野菜の種をお店の人にもらってしまい、敷地内の誰も気付かないような場所で栽培をはじめることにした。
自前でクワとスキを用意し、腐葉土を混ぜ込んだ柔らかい土に種を植える。
はじめの内は『昔は兵農一体≠ニ言っていたから土台のためにもいいだろう』と思っていた。
「おはよう」
だが、案外とハマってしまう。
ふとした変化にたまらなく喜びを覚えるのだ。
土の中からひょっこり葉が出ていた時には顔がゆるくほころぶのを感じた。
まるで植物たちが自分の子供のようで、気がついたら話しかける程に愛着が湧いていた。
それから朝の日課になった水やりをしに行く度に葉っぱが伸びて茎になり、茎から枝が伸び、枝からは小さな青い実が成る。
このまま順調に育てば成熟した実が採れるだろう。
収穫する時のことを考えると気持ちが自然と高揚し、鼓動──魄動を感じながら今日もみんなに水を与えた。
学院の授業は楽しい。
見たことも聞いたこともない物事が沢山あふれている。
勉強もそれ程苦にはならないし、班行動がなければ楽しかった。
ただ、それでも中には聞いているだけで頭が痛くなるのもあったりする。
例えば裁判所や国会みたいな中央四十六室、憲法みたいな沢山の文字が連ねられた刑事やらの掟。
私の生きていた現世≠ニ呼ばれる所でも苦手だった分野がここにまで付いて回っていた。
摂理とはどこへ行っても余り変わらないな、なんて現世のことをぼんやり考えて不思議な気分にかられる。
「……で、あるから」
教室内に響くカツカツという音。
大きな黒板の前にいる黒装束の女性がチョークで文字を書き記している。
そこに一際大きく書かれていた授業内容の文字。
斬拳走鬼
この斬拳走鬼とは、斬術・白打・歩法・鬼道。
それらの四つが死神の要と言われる戦闘技術の種類である。
斬術とは個々死神特有の“斬魄刀”による戦術。
白打とは己の肉体を使う体術の近接戦闘術。
歩法とは戦闘を有利に進めるための戦闘移動法のこと。
鬼道とは死神の力である霊力を使って繰り出す呪術。
「鬼道には直接攻撃系の破道と、戦闘補助系の縛道の二種類にわかれます」
簡単に解釈してみると、斬道は剣道、白打は柔道とかの格闘技、歩法は……陸上?
そして、鬼道とは漫画やゲームでよくある魔法に似ている。
実際には自身の生命力である霊力を放出して繰り出すものなので無尽蔵にはできない。
それに、初めの内は抑制がきかないので無駄に霊力を放出させてしまうので疲れるらしい。
「中でも破道の四『白雷』は────」
「あ、れ……?」
ふいに甘い香りがして瞼が重くなってくる。
まだ講義がはじまったばかりだというのに身体全体がダルく、筆を握る力が段々と弱まっていく。
そこまで眠くはなかったのに不自然に視界も霞みがかり、意識が朧になってゆく。
『起きろ』と発起しようとするも逆らえず、感覚は暗闇へ落ちていった。
「……ん……」
目を開けると、辺りは少し暗い。
教壇に居た教師も、机に並んでいた生徒たちも、誰一人としていなかった。
突っ伏していた紙に目を落としてみると途中から文字が途切れている。
一縷の望みをかけて黒板を見るが、一文字も残されてはいない。
ダメだったか。
突っ伏していて乱れた髪を手グシで整えながら肩に溜まった疲れを吐き、自室へ帰ることにした。
「それでは本日の授業は昨日説明した鬼道の内、破道をやってもらいます」
校舎から少し離れた訓練所。
そこには生徒の集団の前に立ち、これからなにをするかの説明をする教師。
同じ組の塊が移動する後を付いてきてみれば今日は鬼道の実技を抜き打ちでやるらしく、体温が一気に下がる。
まさか昨日今日で実習をやるなんて。
寝ていて聞いていなかったにしてもこれは早急過ぎるだろう。
そんな私の思いとは裏腹に説明は進み、実技が始まってしまった。
教師が生徒の名前を呼ぶ。
呼ばれた生徒は集団の前に出て、破道をやらされていく。
出来るならば詠唱を知っている破道の三までに当たってくれと願うも呼ばれない。
詠唱の教本が未だ配布されていないため授業の中でしか詠唱を知ることはできないのだ。
鬼道は第二期から習う教科だったのに。
そう頭を抱えていたら件の破道の四へと入ってしまう。
他人の詠唱が聞けない一番最初に当たるなと顔をうつむかせ、手を組んで祈る。
「次は……苗字名前さん」
しかしこういう時ばかりは運がないらしく、狙われたように名前を呼ばれてしまった。
前にくる事を促され、重い足どりで前へ出る。
教師は組の名簿に目をやり、顔を上げた。
「破道の四をお願いします」
肩が引きつる。
鼓動がやけに響いて、手足が震えた。
震える手で袖を握り、深呼吸で心を落ちつかせる。
確か破道の四は『白雷』で、指先から高密度の霊撃を撃つ……とかだったか。
中々指示したことをはじめない様子に、眉をひそめる教師の視線が背中に刺さる。
それに、クスクスと囁きほくそ笑む生徒達の声が聞こえた。
重圧に押し潰されそうになりながらも私は指先と腕をまっすぐに伸ばし、言い放つ。
「白雷……!」
ほとばしる空気。
指先から一筋の稲光が出て、訓練所を横断した。
しばらく時を忘れたかの様な沈黙を、教師が咳を一つして破る。
「詠唱破棄はまだ教えていませんが、まあいいでしょう」
袖を握った時にズレたえりを正す。
私は稲光が走った腕の虚脱感を覚えながら額を拭い、教師に言われて集団の中へ戻る。
その時、ざわつく背景音に混じり誰かの舌打ちが耳に入った。
あ、この人だ。
と直感的になにかの糸が頭で繋がった。
bad faith.
(どうして私なのだろう)
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