籠 り   main diary mail reply  
act.08
ニス部

入学式の次の日は、委員会決めのホームルームや教材の受け取りに使われて終わった。
またその次の日からは通常の授業がはじまった。
その間、自分以外の1年2組の苗字名前≠ェ現れることはなかった。
担任の堂先生からなにも言われないようなので同姓同名の別人はきっといないのだろう。

ひとまず安心するとともに受けた授業の内容は、やはり中学1年生のものだった。
話を聞かなくても理解できている内容を退屈に思いながら、つつがなく学校生活は終わり放課後になる。
早く帰れば昨日と同じく暇つぶしと称して南次郎にテニスで弄ばれることは分かっていたため、本を読んで時間をつぶそうと図書室へ向かう。
そしてその道中、誰かに声をかけられた。


「そこの生徒、ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってくれんか?」
「え?はあ……」


声の方向からして女性教員のロッカー室からだった。
周りを見渡してみて歩いているのが自分一人しかいないことを確認し、渋々と少しだけ開いていた部屋のドアに手をかける。
瞬間、中から伸びてきたシワのある手に力強く手首を掴まれた。
その時、以前南次郎が意地を張るかのように言っていた言葉の意味を二重で理解すると『しまった』と後悔した。


「この度全国の中学テニス界で仮導入されることになったミクスド部門における生贄として選ばれました苗字名前ですよろしくお願いします」


死んだ目で一息にそう説明するとザワザワと目の前の集団が騒がしくなる。
それもそうだ。
男子テニス部にマネージャーでもない役割で女子が入部することになるなんて誰も思わないだろう。
手首を掴まれたあの後、男子テニス部の顧問であり南次郎と繋がっている竜崎スミレによってジャージへ着替えさせられ、男子テニス部のコートに新入部員として連行されてきたのだ。

コートへ着くまでに話をしたところ、今年は男女でダブルスを組むミクスド≠フ大会が全国的に行われるらしく、それ専用の選手として私を使いたいそうだ。
それなら女子テニス部と談合して一人いい子を選出すればいい話なのではないかと問えば「どこの部活にも入ってない奴がいいんだよ」と答えられた。
少しの望みをかけて最良そうな代案を出してみたが、このつっぱね具合から既に無駄なのだと悟れば死んだ目にもなる。


「死んだ目してないでとっとと列に入りな!それに、私語はつつしむように!!」


新入部員のいる列に加わされる時、堀尾と目が合うと「ご愁傷様だな」と小声で同情された。




ほぼ全員から哀れみの目を向けられている。
走り込みの一周目から息をあげてヘバっているのだから当然といえば当然だ。
靴は竜崎スミレの借り物で、ジャージも竜崎スミレの予備のものだし、なんならジャージの下は黒タイツに下着状態。
そんな運動に適していない状態で走っているのは勿論だが、体力が劇的にないのが原因だということは自分でも理解していた。
青春学園のグラウンド1周は思った以上にとても広い。
今日は"軽く"グラウンド10周とのことだが、既に喉が焼ききれるような感覚にとらわれ、吐き気すら覚えはじめていた。


「はぁ…はぁ……おえっ……」
「おい、大丈夫か?」


声の方向を向くと心配そうな顔をした2年の池田雅也。
周回遅れの自分を追い越そうとしていたところ、こちらの様子があまりにもひどかったのか声をかけてきたのだろう。
だが、呼吸と足を動かすだけで精一杯な状態から声を発せる訳もなく、頭を左右に振って返すと視線に含まれていた哀れみの色がさらに深くなる。
ふいにその視線を前に向けたので視線の先をたどると、走り込みの1周が済むであろう地点で仁王立ちしている竜崎スミレがいた。
池田がまるで看守のようなスミレになにか言おうとすると、彼女は鋭い眼光をこちらに向けるなり怒鳴った。


「池田ぁ!もっとスピード上げて走りな!そんなちんたらしてるとあと30周追加するよ!!」
「はひっ、ごめんなさい!」


恐怖におののき、スピードをあげてこちらから走り去る池田の背中を眺める。
小さくなっていく背中に無常を感じながら、ゼェハァ走る私にスミレはただアゴで『走れ』と告げる。
これ以降、私を心配して話しかけようとする者はその怒声を皮切りにいなくなったのは言うまでもない。



そしてそれからはなるべく自分なりに走り続けた。
周りの運動部からの哀れみの視線も感じながら死にものぐるいで走った。
しかしリョーマは『我関せず』といった涼しい顔をして何度も横を走り抜けていく。
こうして盛大な周回遅れをかまし、グラウンド10周を走り終えたのは、他の部員が次の別メニューを終えそうなタイミングだった。
息も絶え絶えになりながらスミレから水分摂取の許可をとり、近くにあった水飲み場で倒れ込みそうになりながら水を飲む。
水分をとり、なんとか体力も回復してくるといつの間にか近くに立っていた桃城武が話しかけてくる。


「ばーさんに目をつけられるなんてご愁傷様だとは思うけどよ、そんな体力でこれから大丈夫か?」
「……正直無理です」
「だよなあ〜……」


正直に答えるとその視線は呆れもこもった不安がにじんでいた。
『こんなんでミクスド大丈夫かよ』と。
流石に一組だけで勝敗が決まる個人戦形式ではないから安心して欲しいと言いたかったが、女子とミクスド用に合同練習はするのだろうか。
青学のダブルスの練習を取り入れていない印象と、女子テニス部とあまり交流をとらない様子からして、そこまですり合わせをしなさそうだと思い至ると軽いことは言えなかった。

給水から戻ると新入生は『お試しメニュー』とのことで、2・3年生より先に解散していた。
これで帰れると思っていたが、竜崎スミレに捕まってしまった。
お試しメニューを完遂していなかった私はメニューを全部こなすまで帰さないつもりらしく、厳しい顔をしたスミレの隣で素振りをすることになる。
走り以外は楽だろうと思っていたが、素振りのしすぎで腕が簡単に上がらなくなるまでやらされてようやく解放された。
その日の夜、明日なっているであろう全身の筋肉痛を覚悟し、沢山の湿布を用意して寝た。
寝たというより気絶した。





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