籠 り   main diary mail reply  
act.10
内ランキング戦

ハッと目が覚めると木製の天井が目に入った。
最後の意識は学校のグラウンドだったので、順当に考えると保健室の白い天井のはず。
上半身を起こして状況を確認すると、そこは少し見慣れた越前家一階の畳の居間。
縁側を見ると、日は既に落ちていたのか外は真っ暗だった。
流石に学校も閉まっている時間なので、先生か誰かがここまで運んでくれたのだろう。


「……っ」


頭のズキズキする箇所に手をやると、ネットで固定された保冷剤が手に当たる。
靴ずれも処置されているのか、足の裏一面がガーゼやテープなどで覆われていた。
そうやって処置されているのを自覚すると、倒れる時には麻痺していた痛覚が復活し、足裏からじくじくとした痛みも走る。
戻ってきた痛みには新しい筋肉痛も追加されており、自然と眉が寄った。
痛みに耐えていると廊下から誰かが歩いてくる気配がして、出入り口に視線をよこすと菜々子さんが中を伺うように顔をだす。
私の様子を認識してか、彼女はほっとした顔でキッチンの方へ声をかけた。


「おばさま!目が覚めたみたいです!」
「ああ!よかった!名前ちゃん大丈夫?」


私が起きたとわかると倫子さんが早足で居間へと入ってくる。
その手には剥いたりんごやらスポーツドリンクやら保冷剤やらが握られていた。
そしてそのまま倫子さんの手ずからドリンクにさしたストローやりんごを口に運ばれ、恥ずかしがる暇もなく、なすがまま手厚い世話を受ける。
その後は菜々子さんが作ってくれた雑炊も食べ、やっと一息つくことができた。
倫子さんと菜々子さんの二人に一通り謝罪とお礼をすますと、誰がここまで運んでくれたのか聞いてみた。


「あの、学校で倒れたと思うんですけど一体誰が運んでくれたんですか?」
「ああ、それはね、お父さんが───」


学校から倒れたとの連絡を受けた南次郎がそのまま迎えに来てくれたらしい。
あの面倒臭がりの南次郎が運んでくれたのか。
『珍しいこともあるな』と思っていると、ちょうど風呂からあがってきた南次郎へ礼を言えば「痩せろよ」とだけ言われたので近くにあったグラビア雑誌を投げつけておいた。
その日のお風呂はとても染みたが、よく疲れがとれた気がした。




息苦しくてあまり息ができない。
まるで重しが乗せられている感覚がして目が覚める。
少しかすむ寝ぼけ眼で布団の上を確認してみると、胸元の位置にほわほわの毛玉が居座っていた。
その青い瞳と目が合うと、機嫌が良さそうに目を細めて特徴的な鳴き声をあげる。


「ほあら〜」
「カルピン……どいて……」


狸のような猫を胸元からベッド端へよけようと布団から腕を出す。
そのままカルピンをなんとか持ち上げて横に置くと、ゴロゴロと喉を鳴らして左右に寝返りをうちだした。
胸元の重しをどけたので上半身をゆっくり起きあがらせると、靴ズレで剥けた皮膚のヒリヒリした痛みと筋肉痛のダブルコンボを食らう。
しかし本日は土曜日。
学校は休みなのでカルピンと二度寝を決めこもうかと思っていたら部屋のふすまが開かれた。倫子さんだ。


「あら、もう起きてたのね。体調はどう?」
「筋肉痛と足が痛い以外は大丈夫そうです」
「That's good!」


殴打した頭部は腫れあがってはいるが昨日のような痛みもなく、出血もないから多分大丈夫だろう。
筋肉痛は今日一日湿布をつけて寝ていれば多少回復するとして、問題は足だ。
昨日お風呂に上がった後、倫子さんにテーピングをしてもらい、潰れてしまった靴ずれの傷口に薬を塗って厚手のガーゼとテープ、包帯などで固定をした。
足裏はそのおかげでかさばってはいるが、痛みはそこそこ軽減されている。
それでもなるべく今日は歩きたくないなと考えていると、倫子さんが話を続ける。


「朝ご飯は用意してるから体操服に着替えてきてね」
「?わかりました」


もしかしたら念のために病院へ行くのかもしれない。
『脱ぎやすい格好ということで体操服を指定したのかな』と思いながら、足裏が床につかないようベッドの縁に座りパジャマを脱いでいく。
体操服といえば学校のものしかないので体操服を着て、上に学校ジャージを羽織る。
そして床で膝立ちしながら菜々子さんから譲ってもらったもこもこのパジャマをたたんだ。
たたんだ仕上げとしてパジャマを軽く叩くと、ベッドの上で寝転んでいたカルピンが手のひらに額をこすりつけてきた。
それからカルピンをひととおり撫で回し、壁や手すりを伝いながら一階へ降りる。

一歩進むごとに全身をはしる痛みが少しずつマヒしていく感覚を覚えながら、ようやく洗面所へ着く。
洗面台の鏡にうつる、いつもより疲れた自分の顔をかき消すように勢いよく顔を洗った。

顔を洗ってサッパリしたあとはダイニングに用意されていた朝食をいただく。
本来なら自分で用意するはずのものだが、昨日から倫子さんの厚意に甘えてしまっている。
ただ、青学は給食がなくお弁当が必要だったので、自分の分のついでにリョーマの分も作らせてもらうことになったため、そこそこ彼女の負担を軽くしているのだと思いたい。
とりあえず昨日は心配もかけさせてしまったので、なにかいいお返しを考えながら目玉焼きを口に運ぶ。
そうやってゆっくり朝食をいただいていると、不意に家のチャイムが鳴った。
午前中から誰だと思いながらトーストを頬ばっていると、玄関先で対応していた倫子さんの声が玄関から響く。


「名前ちゃん、竜崎先生がきたわよー」
「んっぐ!?」


すっかり頭から抜けていた。
土曜日は学校が休みではあるが、部活動は違う。
朝にカルピンがいるのにリョーマがいないということにもようやく気づいた。
彼は部活へ行ったのである。
例に漏れず私もそうなるのかもしれない。
わずかな可能性としては責任を感じたスミレが病院まで連れて行ってくれる展開かもしれない。
喉につまったパンを牛乳で流し込みながら玄関先の会話に聞き耳をたてる。


「でも、あの足で部活って大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。今日明日は見学させるだけだから」


流れ込んでくる二人の会話から、わずかな望みがついえたことで顔から表情が消えうせる。
とりあえず感じたのは『前日に保健室へ運びこまれたのに部活へ連れて行くのか』ということと、『今日明日は』の悪意だ。
月曜日からは練習させるつもりだということを間接的に聞いてしまい、月曜日がくるのがもう嫌になった。
残りの朝食を口に詰めこむと、キッチンから玄関を軽くのぞいてみる。
開いた玄関のドアから見える門前に止まった車を見るに、竜崎スミレが車で迎えに来たことはなんとなく察せた。
そして視線を感じたのか、倫子さんが笑顔で振り返る。


「名前ちゃん、ごはんは食べ終わった?」
「はい。でも、あの、お皿洗ってないので……」
「いいのよ、それくらい。おばさんがやっておくから」


こっちにおいで≠ニいうように手を動かされたので諦めて玄関へ向かう。
壁に手をつきながら足に体重を乗せないように歩き、玄関に着くと「荷物は用意しておいたから」とカバンを渡された。
ニコニコと笑うそんな彼女の前で『行きたくない』と言える訳がなかった。
観念して靴を履こうとするが、足はテーピング並びに包帯やガーゼ、湿布、ネットで処置されており、流石に普通の靴を履ける状態ではない。
試し履きしてみて南次郎のサンダルが締め付けないギリギリの大きさだったのでそれを拝借することにする。
サンダルを履き、両足の痛みを覚悟して立ち上がろうとすると、目の前に松葉杖が差しだされた。


「歩くと痛いんだろ?なら松葉杖さね」
「流石ババア!松葉杖には詳しいねえ!」


カッカッカと南次郎が近くの縁側で笑うと、スミレが姿を消してしばらくすると男の低いうめき声が奥から聞こえてきた。
師弟二人のことはさておき、受けとった松葉杖を両手に持って立ってみる。
たしかに普通に立ったり歩いたりするよりかは楽にできそうだ。
それが松葉杖ではあるのだが、移動時は着地の際どちらかの足を地面に着かないといけないのは難点に思えた。
しばらくして南次郎を殴って戻ってきたであろうスミレに補助され、松葉杖を使って門前まで移動する。
そして開けられた車の後部座席に乗りこみ、松葉杖をとりこんでドアを閉め、シートベルトをつける。
スミレが運転席から一連の様子をバックミラーで確認すれば、車が発進しだした。


「今日明日はランキング戦だからね。ちゃんと見とくんだよ」


見学とはよく言ったものだ。
今日から校内ランキング戦ならば通常の1年生とあまり差がないのではないだろうか。
やっぱり食えないババアだと思いながら、現実逃避として窓から流れる景色を無心で眺めた。




学校の駐車場へ着くとそのまま男子テニスコートへ向かうよう指示される。
駐車場からテニスコートに着くまで距離はあったが、スミレの助言のおかげで松葉杖での移動のコツが少しつかめた気がした。
舗装された道は楽だが、砂利のあるグラウンドは杖が石につまずいて転げそうになったのでひとりで移動するのはまだまだ危険そうだ。
そうして、スミレとともにテニスコートへ着くと、自主練をしていたであろう部員が手塚の号令に従って整列しはじめる。
大勢の先頭で立つスミレの隣にいるとかなり目立つので、体を預けられる端へ移動して朝礼の様子を眺める。
簡潔な朝礼が終わると各自準備が言いつけられ、部員が散り散りになる。
そんな中、スミレが私に目をやるとコート外にある机へ向かっていた大石へ声をかけた。


「どうせ動けないんだし受付でいいかね。大石、コイツに受付のこと教えてやりな」
「はい!竜崎先生!」


満足に動けないことを口実に、あまり部員がやりたがらないであろう受付係を押しつけられてしまった。
「見学させるつもりないじゃん」と聞こえない声量で愚痴をこぼしながら、スミレに促された受付の席へ移動する。
空いている方の受付の椅子に横から座り、松葉杖を机に立てかける。
ふと隣で一連の様子を見守っていた大石の顔を見ると、悲しそうな顔をしていた。


「昨日は気づいてあげられなくてごめん」
「そんな、先輩が謝ることじゃないですよ」
「でもその足と松葉杖、かなり重傷なんじゃ」
「あ、いえ、松葉杖は竜崎先生から貸してもらいまして……靴ずれ対策です」
「靴ずれか」


大石は反芻するようにそう言うと、今度は難しそうな顔をする。
まあ、松葉杖を使っていたら骨折や捻挫を連想するだろうからそんな顔もするか。
それから思い出したように受付の説明へ入ろうとしていた彼を眺めていると、なにかがにゅっと遮るようにでてきた。
それが人間の顔だと認識し、そのあまりに近い距離感に椅子ごと後ずさってしまう。
思いのほかのけ反る力がでてしまい『椅子ごと倒れる』と思ったが、誰かの腕がしっかりと肩に回されて倒れることはなかった。
その腕の主が、突然現れた顔でもある大石の相棒こと菊丸英二だとわかると二重の意味で動悸がした。
菊丸と目が合い固まっていると、人懐っこそうな笑顔を至近距離で浴びせられる。


「苗字、お前ケガしてるんだしあんまし無理すんなよー?」
「危ないじゃないか英二!……あの、苗字さん、英二のやつがごめんね。もし困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
「せ、先輩方……ありがとうございます」


菊丸のスキンシップは突然すぎではあるが怪我の功名≠ニはこのことだろうか。
これまで喋ることがなかった青学レギュラー陣と話せる機会ができた。
ただし皆の目には『ミクスド本気でコイツとやるのか?大丈夫か?』と少なからずこの間の桃城と同じものが宿っていた。
確かに自分自身もこの人たちとダブルスを組んで彼らの長所を活かせるような試合をさせてあげられる自信がない。
それに、連日怪我をするばかりで体力のない私を竜崎スミレは本気で起用しようとしているのかそれが一番疑問であった。




頬杖をついてあたりを眺める。
あの後、菊丸に茶々を入れられながら大石から受付の説明を受けたが、受付係はどこかの試合が終わるまでほぼやることがない。
近くのコート内の様子を確認しようとしても、気になる試合は部員やテニス部ではない他の生徒がフェンス側に立って見ているため、観客の沸く声を聞くだけになっていた。
どうせならこの機会に零式ドロップショットを見てみたかったが手塚の試合は一番人だかりができており、覗き見る隙間さえない有様だ。
あまりの退屈さに昼からはカバンに入れているスマホを持ってこようかと考えていたら他の試合が終わったらしく、コートから何人か人が出てくる。
試合結果を伝えにくるのは試合に勝った人と決まっており、河村隆が対戦相手に「お疲れ様」と声をかけながらこちらへ歩いてきていた。


「苗字さんお疲れ様。Cブロックの河村隆、6ー2だよ」
「お疲れ様です、河村先輩。6ー2ですね」
「俺、これから昼休憩に入るからそれもよろしくね」
「分かりました」


ホワイトボードにあるランキング戦表の河村の名前の横に『休憩中』のマグネットを貼る。
そして伝えられた結果を試合の欄に記入した。

これ以外はほぼ虚無の時間を過ごしているが『受付係のおかげで青学レギュラー陣と話す機会ができたのは役得』だと思うようにして気を紛れさせていた。
話、と言っても海堂や乾などの口数が少ないタイプは結果の報告だけで終わったが。
ただその中で意外だったのは、手塚が「足は大丈夫か?」と声をかけてくれたことだ。
とりあえずその時は気が動転して大丈夫ではないのに「大丈夫です」と返してしまい、それに本人は読めない表情で「そうか」とだけ言って去ってしまったから呆れられているのかもしれない。
だが、本人の古傷の件もあるのでケガに対して敏感になった結果の言動なのだと思いたい。
時間が有り余っているのでそうやって一人自責の念にかられていると、元気いっぱいといった高い声があたりに響く。


「すみませーん!越前リョーマ君、今どこのコートで試合やってるんですか?」
「Dコートなので一番奥側になります。って、あ……昨日はありがとう」
「あれ?苗字さん?」


定型通りの案内をしていたら相手が桜乃と朋香だったことを知り、昨日言いそびれたお礼をついでに言う。
二人は息を整えながら受付の席に座っていた私を視認すると、面食らった顔をしていた。
そのあと朋香は机にかけてある松葉杖が目に入ったのか、私の足元へ視線をうつすと眉をひそめる。


「ねえ、なんか筋肉痛よりひどくなってない?」
「……それよりDコートの試合、もうはじまってるよ」
「あ!そうだった!リョーマ様の試合!!」


なんとなく怒られそうな気配を感じたため、リョーマの方へ話題を持っていき意識を逸らす。
意識を逸らせばあとは簡単で、朋香は友人の腕を掴んでまた走りはじめた。
桜乃はなすがまま引きずられるように走りながら「またね」と、こちらに小さく手を振った。
嵐のように過ぎ去る二人を見送り、手元のランキング戦の表に視線を落とす。


「私も見たかったなあ色々」


お昼の時間が過ぎると大石が交代してくれたのでカバンに入っていたお弁当を一人で食し、受付へ戻ってまた対応をして合間にスマホで暇を潰した。
そして夕方になる前に解散すれば、校内ランキング戦の1日目は終了する。
この足では片付けに参加できないので先にスミレに家へ送り届けられると、帰ってきたリョーマに「ずるい」とだけ文句を言われた。
初めての部活関連の言葉がそれでいいのか、王子様。





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