籠 り   main diary mail reply  
act.11
ロップショット

今日は昨日よりも早い時間にスミレが迎えにきた。
練習ができない状態なのでそこも加味してか、普通に比べれば良心的な時間である。
それに昨日とは違い、迎えにくる時間を宣言されていたので心と時間に余裕をもつことができた。
起床時間や睡眠時間は勿論のこと、お弁当作りに朝食作りのお手伝いやお皿洗いなどが済ませられた。
越前家の女性陣の家事の負担をなるべく減らしたいと思っているので、本日は昨日より後ろ髪をひかれる思いもなく家を出られた。
あとは洗濯物が乾きやすいように晴天であることを願うくらいだ。


「ほれ、着いたぞ」
「運転ありがとうございます」


運転席のスミレから目的の場所、青学の駐車場に着いたことを知らされる。
それに対し送迎してくれたことへの感謝を告げ、つけていたシートベルトを外す。
スミレが遠隔で開けてくれた車のドアを完全に開き、カバンを肩にかける。
両手に持った松葉杖の先で外の小石を散らしてオールグリーン状態を確保すれば、車高を気にしながら一歩を踏みだす。
室内では痛みから逃れるため靴ずれをおこしていない足の側面で歩くようにしていたのだが、この一歩で松葉杖をつきながらこの歩き方は無理だと確信した。
ねんざを引き起こしそうなのが主だが、思ったより包帯などに砂利がめりこんであまり患部によくなさそうだったからだ。

まあ痛みは昨日より感じなくなっていたので、この調子なら早く回復しそうな気がしていた。
痛みが和らいでいるのは昨日が思ったよりも早い時間に解散し、越前家でもあまり歩かずのんびりできた時間も多かったからだろう。
本音を言えば、スミレに連れ出されなければ一日中安静に過ごしてもっと早く回復できていたに違いない。
そう恨めしく思いながら、テニスコートを目指して注意深く土のグラウンドを松葉杖で進んでいく。
松葉杖を使っていると上半身の筋肉が使われているのがとてもわかる。わかるというよりわからされた。当然のごとく使ったところが筋肉痛だからだ。
そう、また筋肉痛だ。もう全身が筋肉痛といっても過言ではない状態である。

グラウンドは平日よりも運動部の活気が満ちており、それぞれ部活動にいそしんでいた。
我らが所属する男子テニス部はというと、青赤白の目立つ色合いのジャージを着たレギュラー陣がちらほらとグラウンドを走っていたり、テニスコートでラリーを行なっているのが確認できた。
カチローや堀尾やカツオたちの下っ端1年生はというと、テニスコート内のボールの球拾いや受付席などの設営でこき使われているみたいだ。
『この足が治れば自分もあの中に加わるのか』と考えると球拾いでまだ被害にあっていないはずの腰が痛んだ気がした。

補助のため私の後ろを歩いていたスミレがテニスコートに向かってきているのに気付いたのか、手塚が号令をかけるまでもなく部員がコート内に集まって整列をしはじめる。
そして、スミレがテニスコートに着くと部員のざわめきもピタリとおさまった。
昨日と同様、スミレの横にいるとかなり目立つのでコート端へ移動して朝礼の様子を眺める。
また今日も簡潔に朝礼が終わると、各自準備が言いつけられ全員が散り散りに動きだす。
その中に紛れてこっそりテニスコートを後にしようとすると、背後からしゃがれた声に呼び止められた。


「苗字、アンタは今日も受付係だよ」
「……はい……」


また本日も受付係として任命され、見てみたい試合を見れないというむずがゆい時間を過ごすハメになってしまった。
手塚と不二は勿論だが、次いで菊丸や大石も──というかレギュラー陣の試合は人気で、受付の席からだと見える隙間がほぼほぼない。
奥側にあって見えないDコートからも、乾とリョーマの試合の喚声だけが届く有り様だ。
リョーマの試合は既にあらかたの内容を知っているにしても、自身の目で見れば興奮できただろうにとため息をこぼす。
しばらくすると試合が終わったのか、テニスコートから出てきたリョーマがタオルで汗を拭きながら目の前まで歩いてきた。


「Dブロック、7ー5で勝ち」
「7ー5ね、お疲れ様」
「それじゃ俺、弁当食べてくるから」
「はいはい」


受付の作業をしながら適当な相づちをうつと、リョーマにしては少し分かりやすく不満げな顔をする。
愛想をよくすれば満足するのかと訝しげに顔を見返すと、そっぽを向かれその場を去られた。
それにしても休憩に入るということはもう既に昼も近いことを認識すると、遅く着いたにしても時間の流れが早いと感じてしまう。
その後も試合が立て続けに終わり、スコアの記入と昼休憩への対応をし終わって一息つく。
誰も試合していないテニスコートと休んでいる周囲を確認し、スマホでさして興味もないニュースを眺めていると、ご飯を食べ終わったのか今度はあからさまに不機嫌な顔をしたリョーマが受付席にきた。
小さいながらも真正面から圧力をかけるように近くで見下ろしてくる。


「ねぇ、弁当におかずなかったんだけど」
「理由は自分の心に聞いてください」
「なにそれ」


一昨日の決意通り、声をかけてくれることすらされなかったので本日の彼のお昼は日の丸弁当だ。
日の丸弁当と言っても梅干しと白米だけでは流石に可哀想だったので味付け海苔とのりの佃煮を中に挟んではおいた。
ただ、後ろについてきているカチローたちの表情からして、彼らのおかずが犠牲になったことはなんとなく理解できた。
堀尾はそんな膠着状態のリョーマと私の顔を交互に見かえすと、純粋な眼で不思議そうに首を傾げる。


「なんで越前が苗字に弁当の文句言ってんだ?同棲でもしてんのか?」
「…………」
「……勝手にウチに住んでる居候」
「「「ええっ?!」」」


誤解されない答えを探して口をつぐんでいると、リョーマが先に答える。
その答えにカツオたちが同時に大声を上げると、近くで休んでいた周りの人たちの視線がこちらに集まった。
思春期の彼らに誤解されかねない情報なので、静かにするよう人差し指で「シーッ」とジェスチャーをすると三人とも素直に口を手で塞いだ。
近くの人に聞こえないよう小声で『ご両親や従姉妹の人も住んでいるからやましいことはない』ことを説明すると三人とも「なんだ」とそれぞれ息をつく。

お弁当のことについても居候の身なので自ら作らせてくれと申し出たことも説明すると、カツオが「なんであんなお弁当にしたの?」と聞いてくる。
『リョーマのせいで走らされて怪我したのに一言もなかったから』と我ながら大人気のない理由を答える訳にもいかず、「ちょっとね」と意味ありげに返す。
そう返されて深入りするのをためらった純粋な彼らからはそれ以上追求されることはなく、そのまま少し世間話をして別れた。
しかし最後までリョーマは釈然としない顔のまま、恨めしそうな視線をよこしながら去っていった。




1年生ズと話し終わってしばらくすると、昼休憩を終えた大石が今日も交代にきてくれ、休憩をもらえることになった。
人目がつく受付席でそのまま食べる訳にも、近くの木陰がある地べたに座って食べる訳にもいかず、立ち上がるのに安全で楽な段差がある場所を探す。
ご飯時を過ぎた体育館の外階段が最適だとは思うものの、テニスコートからはほど遠いので昨日と同じく保健室の外側出口を使わせてもらうことにした。
様々な運動部がグラウンド周辺で練習する様を、ぼうっと眺めながらご飯を咀嚼する。
ご飯を食べ終わったらまた受付席に座って、昨日と同じく最後までなんの試合も見届けることなく過ごすのかと思うと弁当箱をつつく箸の動きが止まった。


(食べ終わらなければ戻らなくてもいいかな)


ふと魔が差すが、お茶とともに飲み下す。
それをすればスミレに怒られることは容易に想像できるし、それ以上にレギュラー陣たちからの少ない信用すら底に落ちるだろう。
もしそのままミクスドを組むことになればと考えるだけで寒気が背筋を這い上がる。
そんな最悪の考えを払拭するよう、残りのご飯とおかずを息がつまりそうになりながら無理矢理口の中にかきこむ。
最小限ながらも咀嚼してなんとか飲みこんだあと、お茶を流しこんで一息つく。

しばらく深呼吸を繰り返し『行くか』と決心し、カバンを背負ってテニスコート前の受付に向かうと、受付席には大石ではなく海堂が気だるそうに座っていた。
大石はお手洗いに行ったのだろうか。
とりあえず背負っていた荷物を空いている適当な場所に置くと、受付席に近づいて声をかけた。


「海堂先輩、戻ったので代わりますよ」
「別に代わらなくていい」
「えっ、と……?」
「Aコート、そろそろはじまんぞ」


意図が読めず疑問符を浮かべていると、海堂がアゴでAコートの方向をさす。
ホワイトボードに貼ってあるランキング戦表のAコートを見ると、まだ残っている試合は手塚と大石の試合だけだった。
人だかりができているコートの方を爪先立ちでのぞき見てみれば、準備体操をしている大石が視認できた。
無愛想な彼の意図が読み取れた気がして、最終確認として聞いてみる。


「見てきていいんですか……?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます!」
「フン」


ぶっきらぼうな返事を聞くなり、Aコート全体がよく見える場所へ移動する。
『手塚のプレイングが見れる』というはやる気持ちを抑えながら、足裏の痛みも無視して松葉杖をついていく。
少し息が上がってそこに着くと松葉杖なのもあってか、みんなが場所を開けてくれた。
場所を開けてくれた周りへの礼もそこそこに、フェンス先の光景を眺める。
Aコート上では、ネット越しに大石と手塚がサービス権を決めているようだった。
自分のことではないのに、サーブをするまでの間は息を忘れるような感覚に囚われる。

そして、サーブを皮切りにして試合が本格的にはじまった。
身内同士の試合とはいえ、明らかに他の部員とは違う動きやキレに息を飲む。
特に目は、手塚へと自然に惹きつけられていた。
流れる水を思わせるようなフォームに目が離せないでいると、横から声をかけられる。


「どう?苗字さん、手塚のプレイは」


いつのまにか横に──いや、もしかしたら最初から隣にいたかもしれない不二周助≠ェこちらを見ていた。
笑顔のようでいて読めない表情の彼に戸惑っている間も試合は進んでいく。
進んでいく試合の様を横目で眺めながら冷静に言葉を探して答えることができる訳はなく、思いついたままの言葉が口をついてでる。


「あの、フォームが洗練されていて、それでいて球威があって、瞬発力も抜群でほんと流石───」


『流石手塚国光=x
そう言おうとして言葉を飲みこんだ。
流石にこの言葉を聞かれるのはマズい≠ニまだ動きそうな口を手で押さえた。
とっさに両手で口を押さえたせいで片方の松葉杖が地面に転がる。
不二はそれを拾ってこちらが握りやすいように差しだしながら、心配するような素振りで顔をのぞきこんでくる。


「どうしたの?」
「あの……いえ……一人で当たり前のことを喋ってたなと」


手塚たちの鮮明なプレイングで熱に浮かされていた頭が冷水を浴びたように一瞬で冷静になった。
言葉を選びながらもっともらしい言い訳を答えて、差しだされていた松葉杖を受けとる。
そのとき熱に当てられていた反動か、はたまた物理的に息を止めたからか頬が熱を放っていた。
不二の目から逃れるように逸らした視線と合わさって、それは図らずも"恥ずかしさ"の体現となった。
それに不二は目を見開くと、軽く笑い声を漏らして感情がのった笑顔を向けてくる。


「結構大人びた子だと思ってたけど、そんな顔もできるって知れてよかったよ」


思い返してみればレギュラー陣と顔を合わせる機会は昨日以外、自己紹介で目が死んでいる時か、走りこみでヘバって目が死んでいる時しかなかった。
目が死んでいる時の私しかほとんど見ていないのだから不二がそう言ってしまうのは仕方ない。
接し方をはかりかね、さっきまでのどこか試すような態度をとったのだろう。
そう思い至ると中3なのに恐ろしいことをする男だと寒気を覚えた。
こらえられない寒気に身震いをひとつすると、話しかけてきた時より柔らかい雰囲気をまとった不二周助がこちらの背後に視線を配る。


「ね?乾?」
「うわっ、後ろにいたんですね……すみません膝立ちで見ます」
「いや、そのままでいいよ。それより目を離さないほうがいい」


背後にいた乾の言葉を聞いて目を離していたコートへ瞬時に視線を戻す。
するとそこにはサービスライン前まで出た手塚と、ベースライン前にいる大石。
そこから決めたのは跳ねないドロップショット。
その綺麗な放物線と技を直接見られた感動からか、自然と涙が流れでてしまった。





「あの……海堂先輩ありがとうございます……部長の試合見られてよかったです……」
「おまっ、なに泣いてんだ?!」
「マムシが女子泣かした〜!」
「おい桃城てめえ!!」

このことが原因か、しばらく海堂がいじられる場面を目にすることが多くなってしまった。
ごめんなさい。あなたは悪くないです。

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