籠 り   main diary mail reply  
act.14
雨の休日

ゴールデンウィークに突入した日曜日。
なにもなければ手塚とジョギングをする日だが、朝から雨が降っていることもあり午前中には中止の連絡がきた。
そしてお昼の家事手伝いが終わると、夕方までの時間がぽっかりと空いてしまう。
スマホゲームなどの趣味で暇をつぶすこともできたが、なぜだか気がすすまない。
いっそのこと寝てしまおうとも思ったが、どこか落ち着かないので雨の中だが外へでることにした。

軒先にでて自分の傘を開いて中に入る。
小降りの雨がさした傘に当たってポツポツとまばらにはねていく。
その音をBGMにしながら越前家の敷地から出て、今まで歩いたことがない道を選んで進む。
スマホも持ち歩いているが、スタート地点兼ゴールである越前家の方向を忘れないように意識しながら歩いていく。
過ぎていく住宅をなんとなく眺めていると、庭が見える一軒家に目がとまる。
その庭には花壇があり、チューリップなどの春の花がたくさん咲いていた。

花を見るとまた幸村のことが頭をよぎってしまう。
あの一件を思いだすとまだ胸がざわつくが、当初の目的だった本の返却を済ましたので以後気にしないようにしていた。
『部外者である自分ができることはお見舞いの花を贈るまでで、もうできることはないのだ』と。
それに、彼は全国大会までに復帰するのできっと大丈夫だ。
立海の彼らだって仲間同士なんだし、わだかまりもきっとすぐにとけるだろう。
そう思っていないと、何も用がないのにまた神奈川へ足を運んでしまうかもしれなかったから。

これ以上は毒になるだけだと思考を止め、気つけとして頬を叩く。
その衝撃で少しスッキリした頭で散策を再開すると、そこそこ開けた場所に水田を見つける。
住宅街の近くに珍しいと思い近寄ってみると、水田には蓮の葉が一面に生えていた。
中でも一際大きい蓮の葉に目をひかれ、葉の上でたまっていく水たまりをかがんで眺めているとガッポガッポといった音が聞こえてきた。


「その蓮の葉、立派でしょ?」


振り向くと作業着をきたおばあさんが笑顔で立っていた。
先ほどの不思議な音はその防水つなぎで歩いた音だったのだろう。
雨の中でも田んぼの中でも動ける備えを見るに、おばあさんが水田の持ち主だということが分かる。
呆気にとられたまま言葉もなく頷くと、おばあさんがおもむろに田んぼに足を踏み入れる。
慣れた様子で大きい蓮の葉の近くまで歩いていくと、その茎をポキリと折った。
突然のことに驚きの声をあげるこちらにおばあさんは動じず、大きな蓮の葉をこちらの前に差しだす。


「よかったら持ってって。傘より雨の音が響いて気持ちいいよ」
「でも……」
「いいの。収穫する時には結局刈っちゃうから」
「えっと、それなら……」


控えめに受け取ると、おばあさんは満足そうに顔の皺を深める。
傘の下で蓮の葉をかざしてみると開いた傘とあまり変わらない大きさで、身体がすっぽりとおさまった。
横殴りもない軽い雨なのでこれだけでも濡れずにすむと判断し、傘をたたむ。
傘をたたんだ直後、葉に雨が落ちる衝撃と音がダイレクトに響きはじめた。
それが心地よいと思ったのが顔にでてしまっていたのか、おばあさんの笑い声が聞こえてくる。


「雨の日の散歩を楽しんでね」
「あの、ありがとうございました!」


立ち上がるなり小さく礼をし、小走りでその場を後にする。
少し失礼なことと服が濡れることは分かっていたが、自らの子供っぽい感情がバレてしまったのはどうしようもなく恥ずかしかった。
走る途中ちょっとだけ振り向くと、遠目ではあるがおばあさんが少しだけおかしそうに微笑んでいたのが見えた。




握った蓮の茎からポツポツと雨の振動が伝わってくる。
道には長く降り続ける雨に水たまりができはじめてきており、それを踏まないよう注意して歩く。
そろそろ距離的にも遠くなってきていたので折り返して帰ろうかと考えていると、ちょうど曲がり角にさしかかる。
『ここを曲がったら大回りして帰ろう』と決めて曲がると、先に見えたコンビニの軒先に長身の人が立っていた。
近くなると次第にその頭が視界に入らなくなり、思いきり見上げなければ顔が確認できないだろうあまりの背の高さにひいてしまう。


(でっか……)
「あのー、すんまっせん」


思いがけず、すれ違いざまに声をかけられビクリと肩を揺らす。
普段の視線では確認できない高さを見ようと頭ごと上げると、その顔には見覚えがあった。
ボリュームのあるフサフサな髪に、涼しげな目元───千歳千里≠ニ視線が合う。
視線が合うなり千歳は手を合わせて高い位置にあった頭を勢いよく下げる。


「ほんなこつ悪かとばってん、そん蓮ん葉くれんね?」
「え?」


唐突な申し出にちょっと後ずさる。
熊本弁でなんとなくではあるが、蓮の葉を求められていることは分かった。
理解はしたが『どうして』というこちらに気づいてか、申し訳なさそうな顔をしながら説明を入れてくる。


「傘がのうて立ち往生しとるたい。そん蓮ん葉があれば助かるとね」


再び頭が下げられると傘をかけている腕に視線を感じる。
傘もあるし、タダでもらった蓮の葉でお金をふっかけるつもりは毛頭ない。
毛頭ないが『コンビニ前にいるなら中で傘を買えばいいのでは』という思考を読まれたか「財布ば忘れてしもうて……」と小さな声で付け加えられた。

しかし疑問が残る。
今日は朝から雨が降っていたのにどうして傘をもっていないのか。それまで彼はどうやってここまで移動してきたのか。
千歳はそこまで読んでいないのかそれらの疑問には答えず、頭を下げたままだ。
とりあえずそれをさし置いても、この蓮の葉では彼の高身長は守れないと思いつつ、持っている姿を想像した。
とても似合っていたし、性格的にも大事にしてくれそうである。
くれたおばあさんもそれならきっと喜んでくれるはずだと思いきり、軒先に入って千歳に蓮の葉を差しだした。


「これでいいのならどうぞ」
「あんがと!助かるばい!」


晴れたような笑顔でそれを受け取る千歳に違和感を覚える。
こんなに分かりやすく感情を表にだすようなキャラだっただろうか。
引っかかりを覚える私とは裏腹に、蓮の葉を軒先の外にだして雨を弾く様子を楽しそうにながめる隣の男。
点検は済んだのか、彼は蓮の葉を頭上にかざして雨空の下へ出ていく。
私と同じように茎から伝わる雨の振動に感動してか、千歳は嬉しそうに声を漏らした。
それから思い出したようにこちらへ向き合うと、また屈託のない笑みを浮かべた。


「今度会うたら絶対お礼するけん、待っとって」
「お構いなく〜……」
「ならねー」


手をひらひらと振って歩き出す千歳を見送る。
雨の中、蓮の葉をさして歩くのがあれほどサマになる男はそういないだろう。
彼はこちらが歩いてきた道を逆走するように反対側を進んでいった。
一直線とはいえど歩幅が広いからか、すぐに姿が見えなくなる。
しばらくしてもこちらに戻ってこないことを確認すると「ふぅ」と一息漏れた。


(そういえば下駄じゃなかったな)


雨の中、下駄をはいて歩く人間は現代にはほぼいないだろう。
だが彼としては印象的なアイテムだったので、ないのはなんとなく不思議だった。
下駄でもなくラケットが入っていそうな大きさのカバンを背負っていたので、もしかしたら四天宝寺テニス部が遠征試合にきていたりするのかもしれない。
大型連休なのでありえないことではないが、結局確認する術もないので考えても仕方がないことかと、帰路の方向を思い返しながら足を動かした。


***


雨の中、長身の男が蓮の葉を傘のようにさしてのんびりと歩いている。
その先には長い塀に囲まれた学校の門。
彼の存在を認識したか、その門前に立っていたチューリップハットを被った男が声を張りあげる。

「遅いで千歳ー!せっかくの遠征交流試合なんやから遅刻はやめてくれや〜」
「すんまっせん監督」

"千歳"と呼ばれた男は悪びれもせず謝罪の言葉を返す。
そしてそのまま"監督"と呼ぶ男のうしろで待機しているメンバーたちの中へと合流した。
するとその中の一人が興味津々といった様子で、遅れてきた千歳に近寄って声をかける。

「葉っぱの傘さしてくるとかトト○やんけ」
「よかやろ?お気に入りばい」
「これ以上ないってくらいめっちゃ似合うとるで!」

素直に褒める男子に気を良くしたのか、千歳は少し自慢げに蓮の葉をかかげる。

「ばってん、本物んト○ロは蓮ん葉やなくて芋ん葉たい」
「○ブリのトリビアとかどうでもいいんではよ中入ってもらえませんか監督」
「おん。お前ら行くで〜!」

興味なさげに手元のスマホをいじる男子の言葉にチューリップハットの男はうなずくと、待ちぼうけをくらっていた集団を連れて広い学校の敷地へと入っていった。





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