籠 り   main diary mail reply  
nocturne:07
び舎

教師から配られてきた一枚の紙。
『特別講習出席希望書』と記されてあるそれに目を通す。
"書道"と大きく書かれているその下には"講師:藍染惣右介"と書いてある。
その名前は護廷十三隊の五番隊隊長であり斬拳走鬼≠竦l格全てに非の打ち所がないと噂される男のもの。
そんな五番隊隊長が自ら出向くこの特別講習は、毎回出席率が150%を超えるほどの大人気らしい。
一度その授業が行われている近くを通った時には廊下にまで人が密集しており、窓から外へ押し出されそうな者がいたくらい壮絶であった。

その教室自体、この校舎の中で一番広いはずなのに。
そう考えると背筋に冷たいモノが走る。

生徒達は、自分たちが目指す死神達の上に立つ隊長格に特に憧れている。
しかもその中でも全てに非の打ち所のない人格者となればそれも別格なのだろう。
私はみんながもてはやす隊長や副隊長の類いは、たまに教室で耳に入る名前しか知らない。
そういう特集が組まれた瓦版も人気で手に入らないので、顔まで知っているのは学院の創立者である総隊長の山本元柳斎さんくらいである。

とりあえず、人波に揉まれてまで授業を受けたいと思えるほど隊長への憧れや盲信はなかった。
平凡な私には平止まりがせいぜいだろうし、憧れてもしかたがない。
この希望表提出の猶予は結構あったが、考える余地はひとつもなかった。
横に置いていた筆を手にとり、自分の組分けと名前を記入して"否"の欄に丸を記した。




ざわめく舎内。
全生徒は来客用の通路へ熱い視線を注いでソワソワしている。
きっとそこを通るであろう人物を一目見ようと首を長くして待っているのだろう。

本日は、生徒達が待ちに待った護廷十三隊の五番隊隊長の特別講習がある日。
私は後におこるだろう教室移動の混雑を避けようと机の上の書籍を胸に抱き、前もって見つけた静かな場所へと足を向ける。
別舎との間にある廊下を渡りきろうとした時、舎内全体が一斉にざわついた。
瞬発的に数多の視線の行方と声の出所をたどり、横を向く。
向かいの通路には黒装束の上に【五】と背に書かれた白の羽織りを着た男が、教師と歩いてなにかを話している。


(あれが五番隊隊長か)


想像していたよりも普通な容姿に驚くと、その男と視線が交わる。
噂に聞く人格者ではない眼鏡の奥の"誰か"と。
胸をえぐり潰すような鋭い視線の感覚は、本人が去ってもしばらくの間残っていた。
頬にかいた冷や汗が地面に伝い落ちるまで、私は一歩もその場を動けないでいた。


***


「全く、京楽はどこへ行ったんだ」


懐かしい学び舎に響く自分の足音。
そこで昔の同級生であり今の同僚でもある友を探し歩いている。
彼は派手な風貌で見つかりやすいはずだが、それらしき姿が全然見つからない。
何も告げずにどこかへと行ってしまう癖は知り合った時から全然変わっていない。
苦笑と共に息を吐き、窓枠から外へと目をやった。
過ごしやすいよう改良したのだろう、自分のいた時にはなかった内庭があり、そこには芝生と樹木の緑が広がっている。


「ん?」


ざわめく木の葉の隙間から人影が見える。
目を凝らすと、ここの学生が着ることになっている着物が確認できた。
授業中でありながら堂々とあんな所にいるとは何事だろうか。
その上、藍染隊長がやっている大人気の講習を受けない生徒がいることに純粋に驚いた。

驚きながらも中庭へそのまま降りると、そこには少女が太い幹に寄りかかっていた。
そよ吹く風に揺られ、安らかな表情で静かな寝息をたてている。
一瞬、そのままにしておきたい気分にかられたが、心を鬼にして寝入っている生徒の肩を揺らす。


「こら、起きなさい」


少女は顔をしかめて身じろぐ。
肩を揺すっていた手は軽く払われるも、目を開く気配はない。
だがこれを見逃す訳にはいかず、もう一度小さな肩に手を置いた。
すると今度は気づいたのか、彼女の固く閉じていたまぶたが薄く開く。
しばらく瞳はぼんやりと空を漂っていたが、こちらに焦点が合ったのを確認するとコホンとひとつ咳をする。


「君、授業も受けずにこんな所で寝てちゃダメだろ?」
「すす、すいません……!」


眠気眼はこちらを正式に認識したのか見開かれ、小ぶりの身体は瞬時に立ち上がって頭を垂直に下げた。
それにともない、少女が膝に乗せていたものが盛大に地面へと落ちる。
落ちた書籍の山から、ある文字が目に入ったので気になって手に取ってみれば『歩法中級編』と記してあった。
この本はずいぶん読みこまれているのだろう。
しおりが沢山挟まれ、至るページに下線が引かれ、小さな文字が密に書きこまれている。


「これを勉強していたのかな?」
「はい。でも、全然できないんです」


生徒は困ったようにうなだれる。
苦手分野というのは大低誰にでもあるだろう。
特に『斬拳走鬼』の中で歩法は中々に難しかったりする。
鬼道ほど容易ではないし、白打や剣術みたいに身体で覚えさせればいい訳でもない。
コツを掴むのに時間だってかかる。
だからか歩法は学院の課程で生徒が一番詰まってしまう所だった。


「俺でよければ手伝おうか?」
「ですけどそれは」
「遠慮しないでくれ、俺は君の役に立ちたいだけなんだ」
「……あの、それじゃあ、お願いしてもよろしいですか?」
「ああ、勿論さ」




講義が終わる合図が響く。
流石にここの卒院生だとしても人が流れてくる時間に見つかってしまうと、きっと騒動になるだろう。
少女にこれから帰ることを告げ、踵を返すと勢いのある声が飛んできた。


「ありがとうございました!」


振り返れば少女が頭を垂直に下げていて思わず笑みがわいてくる。
今の時世にこんな子がいるなんて珍しい。
身体を戻し、建物の角を通り過ぎると目端に影が見える。
それは見覚えのある派手な柄の着物を羽織っていて、ゆるい笑みを浮かべていた。


「京楽、今までどこに行っていたんだ?」
「そりゃあ勿論、可愛い女のコがいる場所に決まっているじゃないか」


へらりと笑って返される。
彼の色事好きは前から知っていた。
だがまさか昔の学び舎でもやってしまうとは。
もしこの事があの人の耳に入ったらなにを言われるか。
心情を察知したか、彼は謝罪の意で手を合わせてくる……も目は楽しそうに細まったまま。
こういう時は大抵よくないことを考えている合図だ。


「気分転換にはなったようだし許してよ浮竹」


さっきの事か。
そう聞くと浮かべられていた笑みが一層深くなる。
一体いつから見ていたのだろうか。
講習でもないのにただ一人の院生に指南したと知られれば、こちらもあの人に怒られてしまうだろう。
本日何度目かのため息を吐くと、悪態をつく代わりに軽く友の腕をつねった。





student.
(そういえば俺も昔はあんな風に悩んでいたな)

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