籠 り   main diary mail reply  
act.00
ロローグ


「ん……」


重たいまぶたをゆっくりと開ける。
目の前にあった窓の向こうは漆黒に似た藍色が広がっていた。
最後の記憶ではうっすらとした青だったのだが、結構寝入ってしまっていたようだ。
『早く帰らないと』と上体を起こしながら、隣で寝そべりノートパソコンをいじっていた友人に声をかける。


「ごめん、寝てた。時間ヤバそうだし今日は帰るよ」
「あ、じゃあちょっと先まで送るよ」


「ありがとう」と返し、上着を着こむ。
外を出ると冬が近づいてきているため空は高く、空気は肌寒かった。
ふう、とひとつ長い息を吐きながら先を歩く友人を追うようにして自転車を押していく。
そしていつもの下り坂前につくと、どちらからともなく立ち止まった。
自転車の自家発電ライトが消え、街灯と淡い月明かりでアスファルトが照らされる。
坂の上を吹き抜ける風は少し体温が上がった頬には心地よかった。
少し澄んだ空気を堪能していると隣の友人が口を開く。


「夜ってさぁ、なにかありそうでドキドキするよね!」
「そうだね。異世界転生とかできそうな雰囲気あるよね」
「わかる〜!……もし本当に異世界転生とかしちゃったら連絡ちょうだいね?」
「スマホ使えたらするよ、死んでない限りは」
「連絡しなくてもいいから、できれば死なないで元気に生きて……!」


少し不謹慎ながらもボケると、友人は渋い顔をしながらツッコミを入れてくる。
自分のボケにすかさずツッコミを入れてくれる友の存在が嬉しくて、身を案じてくれる彼女の気持ちが嬉しくて、そんなやりとりが楽しくてクスクスと笑った。
そして彼女もいつものようにつられて笑いあう。
しばらくして笑い終わると「本当になにかいいこと起きないかな」と友が口をとがらす。

冗談で異世界転生なんて言ったけど、それ以外でもなにかいいことがあればいいなと相槌をうつ。
非課税のお金をポンと1億円くらいもらったり、石油王とかにニートとしてのパトロンになってもらったりだとか。
そんなことが起きれば、あまり変化がない日常で積もってきたナニカがきっと軽くなることだろう。
昔に比べて諦めも覚えてしまったこの心も、ちょっとでも潤うかもと空想に希望を抱く。

でも、そういった非現実的なことなんて起こるはずはないのだろう。
きっと明日も目が覚めればいつもと同じことを繰り返し、また眠るのだろう。
幻想を抱くだけでそんな都合のいいことなんてないのだと、自らが灯らせた希望の火をいつものように長いため息でかき消した。


あ〜、参ったなあ……


友ではない男性の声が近くで聞こえた気がしてあたりを見渡す。
あたりを見ても横にいる友だけで、彼女は鼻歌まじりに空に浮かぶ白い月をスマホの画角におさめていた。
それならば自身のスマホだろうかとカバンから取り出して自動ロックを解いてみるも、着信もメールも留守番電話も無い。
ただの幻聴かと思い至って肩を落とせば、ディスプレイに表示された時刻が目に入った。

PM08:35

サアっと血の気がひく。
この時間はいつもなら晩御飯を食べ終わっている時間である。確実に親に説教される。
体が急速に冷えていく感覚を覚えながらスマホをしまい、自転車に乗ってペダルを踏みこむ。
坂を下りながら後ろに立っている友人に振り向いて「また来週遊ぼう!」と声をかけた。
空を眺めていた友は声に気づきこちらを見ると目を丸くさせる。
その顔面はいつになく蒼白だった。


「名前ちゃーん!前っ!前っ!!」
「前?」


顔を前に戻すと、いつもはまっすぐ伸びていた下り坂がなくなっていた。
”なくなっていた”と言うより、まばゆい光が先を包んでいた。
左右のブレーキを力いっぱいに掴む。
しかし、下りでスピードを増していた自転車は停止することなく光の中へ飛び込んだ。

トラックかなにかにぶつかる!

そう思い私は目をつむった。





うたた寝の夜
070919:190913:230628
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