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現地実習
「この間起きた虚の事件知ってるか?西流魂街のやつ」
「聞いた聞いた。村が半壊したとかなんかだろ?」
集団の中、男子二人が目を輝かせながら小さな声で喋っている。
いくらか離れた場所では、彼らと同じ班に属している少女はそれを風の音と同じように聞き流していた。
聞き飽きたのか、心が虚ろなのかは分からない。
だがこの二人でなくとも今いる院生たちの話は、ほぼこの話題でもちきりであった。
西流魂街で起きた事件。
大きな虚が村を襲い、魂魄がいくつか喰われたといった内容である。
言ってしまえば虚が起こす事件は山ほどあり、遮魂膜のない村が襲われるのも珍しくはない。
しかしこの話題は、彼らの好奇心を刺激するに十二分な要素を含んでいるのだ。
「それがさ、三番隊の人がそこでウチの服着たやつを見かけたらしいんだよ」
「えっ、嘘!?」
「一体誰だよ」
同じ学び舎の誰かがその場にいたということ。
もしかしたら知り合いかもしれない。
廊下ですれ違ったかもしれない。
あまり変わりばえのしない日々を送る院生たちにとって、それは最高の調味料だった。
気分が昂揚して話が盛り上がる生徒たちに教師が痺れをきらしたのか、語調を強めて言い放つ。
「皆さん今は実習中です。私語は慎んで下さらないと減点しますよ」
教師が言うように現在は実習を行っていた。
彼らが学んでおかねばならない魂葬≠ニいうものの実習だ。
魂葬≠ニは現世をさまよう死者の魂を昇華させ、彼らのいる尸魂界へと送り届けること。
方法は至って簡単。
彼らが各々持つ浅打の柄尻部分にある『死生』と書かれた判を死者の額に押すだけ。
だが、その際に力みすぎると消える時に魂が痛がるというもの。
そのため、力を入れすぎないように慣れることと、尸魂界と勝手の違う現世での活動に慣れる目的としてこの現地での実習が設けられていた。
証拠として彼らは現在、足場があるかのように空の上を自由に歩いている。
***
講習を受けた時のように霊力で足場を作りながら空中を歩いているが、空に浮いているというのはとても不思議な気分である。
それに上から見渡していると町並みが鮮やかでありながら文明の発達が明白なため、別世界へきた感覚にとらわれる。
『以前はここにいたはずなのに』と思うとまた不思議な気分になった。
流魂街や瀞霊廷は和風の建物しかないので、尸魂界の色に染まったのだろう。
なんて少し皮肉に思いながら鼻で笑うと、電柱の近くにあった狭い道に自然と視線が向かう。
そして道の奥でうずくまる小さな背中が目に入った。
袋小路であるそこに子供がいても不思議ではないかもしれないが、どう見てもその子供は地面から浮かんでいる。
きっと死者の魂だろう。
そのことを教えようと挙手するも、他の生徒と同じく教師も実習の指導に集中しているらしく、こちらには気づかない。
声を出すのもはばかられるようなそんな雰囲気で、私には声を出せる勇気がなかった。
どうせ後で順番が回ってくるのなら今行っても構わないだろう。
そう思い、時期を見計らって地上へと降りてみると、小さな身体が鳴咽をもらしながら震えていた。
「大丈夫?」
「うぅ……」
声をかけると幼い顔が上げられる。
その顔は涙でぬれていて、胸部には鎖が繋がっていた。
いわゆる因果の鎖≠ニ呼ばれるそれ。
短くなっている鎖の根元は皮がめくれたように孔が開きかけている。
この孔が完全に開けば少女は虚になってしまう。
それは避けなければならないと腰に差していた浅打へ手をかけ、柄尻のフタを外して『死生』と書かれた判をだす。
するとその様子を見ていた少女が不安そうに眉を寄せる。
「わたし、地獄に連れて行かれるの?」
「ううん、違うよ」
「じゃあ天国?」
「……ちょっと違う、かな」
「じゃあどこにいくの?」
「尸魂界っていう所に行くんだよ」
不安そうな少女をなだめるように、なるべく落ち着いた声で受け答えしていく。
少女は「そうるそさえてぃ?」と聞き慣れない単語に首を傾げたが、瞬時にその顔は歪んでうめき声がもれた。
小さな手で胸を抑えており、その先にあるのは因果の鎖と孔。
まさかと思い凝視すれば、指の合間から虚孔の面積がじりじりと広がっていくのが見えた。
鼓膜の奥で魂魄がひどく脈打つ。
残された時間はもうほとんどない。
とりあえず気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をひとつする。
そして浅打を逆手で構えると、少女の額に柄尻の照準を合わせた。
「怖くないよ」
「……う、ん……」
「痛くないから、大丈夫」
「……うん」
自分にも言い聞かせるように喋りかけ、判をゆっくりと額にあてがう。
当たった感触から浅打を少女の額から離せば、額には『死生』の印が浮かんで消えた。
それから小さな身体は光を放ちはじめる。
さっきまで胸にあった因果の鎖はなく、広がっていた孔もぴったりとふさがっていた。
それに苦しそうだった表情はすっかり影もなくなり、少女がこちらに歩んでくると着物の袖を握ってくる。
「おねえちゃん」
「なに?」
「ありがとう」
さっきまで痛みに涙していた瞳は嬉しそうに細められ、笑顔を浮かべていた。
その笑顔が記憶の中にある、もうどこにもいない少女と重なり、胸が締めつけられる。
そして放たれる光は一層強くなり、少女の輪郭だけが残される。
気づいた時には少女の姿形はなく、光の粒子が空に浮かび上がっていっただけだった。
『だいすき』
あの子がいなくなった時と同じだ。
そう思いだせばほろりと、一筋の涙が頬をつたった。
着物の袖で涙を拭うと、空を見上げる。
生徒たちはその場での実技を終えたのか集団移動をはじめており、私は置いていかれないよう急いで空へと跳んだ。
そんな中、黒い蝶が優雅に飛びながらこちらをじっと見ていたことには気づかなかった。
現地での実習は時間がかかったが無事終了した。
私は可もなく不可もなく終わったが、何人か傍目からでもわかるくらい力んで判を押し、痛がった魂を見てしまった。
一応"慣れ"てはいないが、私はきっとうまくいったのだろう。
ただ、今日は足場を作るために霊力を使って疲れているはずなのに、布団に入って目をつぶってもまだ眠れないでいた。
あの少女の消えた瞬間が脳裏から離れない。
だから寮をこっそり抜け出して、外で鬼道の練習をすることにした。
「白雷!」
しかし霊力不足か、ひょろひょろとした軌道の白光りが指先から飛んでいく。
我ながらあまりにも不出来なソレに苦笑いが漏れる。
兄丹坊さんに内緒で門を通してもらった瀞霊廷の外なので大丈夫だろうと光の行く末を見守っていると、こんな夜更けに人が歩いていた。
その人はこちらの光に全く気づいていないようで、大声で呼びかける。
「あのっ、避けて!避けてくださーい!」
「……ん?」
「ぎゃあああーー!!」
歩いていた人の"後ろの誰か"に白雷が当たる。
そして絶叫とともに何も見えなかった空間から現れたものを見て唖然とした。
ソレは人の形のように見えるが所々違っており、顔らしき場所に仮面をつけている。
白雷が当たるまでは透明だったことと仮面をしていることから、ソレは虚≠ネのだと理解する。
その人は虚を見るなり目を鋭くして抜刀すると、地面でしびれていた虚の肉体を一気に斬り裂いた。
「はあ、全くもって美しくない……」
死覇装に斬魄刀。
切り揃えられた髪型に色とりどりの付け毛をつけているが、どうやらこの人は死神のようだった。
斬り裂かれた虚の亡骸は炭のような黒い塊になって、灰のように空へ散っていく。
一連の出来事に呆然としていると、納刀した死神の人に一気に距離をつめられ、真正面から見下ろされる。
遠目では分からなかったがその顔は整えられており、黒装束の中に洋服も着ていた。
そこで一番驚いたのは、見た目を気にしているであろうそんな死神が男性であったことだ。
死神の男性は私を一通り見終わると、呆れたような顔で問いかけてくる。
「キミ、院生だろ?こんな時間になんで外にいるの?」
「あの、その……」
上から圧を感じて視線を逸らす。
せっかく内緒で外に出してくれた兄丹坊さんの名前をだす訳にもいかず、うろたえる。
そして納得をしてもらえるような嘘がぽっと思いつくわけもなく、もたもたしているとため息をはかれた。
「一応まぐれとはいえ、虚退治にご助力もらったことだし内緒にしといてあげるよ」
「!ありがとうございます……!」
礼を伝えると死神の男性は返事の代わりに手を払う。
それから「さっさと帰りな」と気だるそうに諭されると、半ば逃げるようにして寮へ走って帰った。
歩法も使い走ったので霊力もほぼ使いきり、布団にもぐると思ったよりも早く眠りにつけた。
secret.
(夜闇に紛れた黒い蝶は見ていた)
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