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護廷十三隊
学院での6年間の教育課程がそろそろ終わりを告げる。
私もなんとか卒業をつかみとれた頃、教師から『瀞霊廷通信:特別版』というものが配られた。
それは教科書よりも小さく、薄めの冊子。
中身は護廷十三隊について特集されたものらしい。
中を開いてみるとその隊の簡単な説明や、隊長の近影とコメントが載っているようだった。
これを読んでどこの隊に入るのかを決めておけということなのだろう。
院内で配られている隊特集の瓦版を手にとれたことがない私には、それがとても新鮮にうつった。
とりあえず落とさないよう、懐に入れて部屋へと直帰する。
自室に戻ると、窓際から大きめの植物が出迎えてくれた。
初めて収穫した時に比べると大きく育ったそれに、あの頃から時が経ったことを自覚させられる。
ここを卒業すれば長く住んでいたこの寮の部屋とも別れを告げるのだと実感すると、寂しさに胸がいっぱいになった。
それから少しだけ部屋の整理を進めて腰を落ち着けると、瀞霊廷通信の表紙をめくる。
内帯には『編集:九番隊』と書かれていた。
九番隊は通常任務以外にも、冊子である瀞霊廷通信の編集を行なっているようだ。
それにこれが『特別版』ということは『通常版』があるということ。
そう考えると学院で習ってきた死神の仕事以外にもやることがあるのだと、感嘆の息をつく。
「編集もするなんて色々大変なんだなあ」
まず最初にページをめくると一番隊が掲載されていた。
総隊長が指揮する隊は私の能力的にどう考えても敷居が高く、とても入れないだろうと諦観して流し読みしていく。
そしてその次は二番隊。
隠密機動隊とも呼べる隊で、歩法や白打が得意な人がいく特殊なところらしい。
院生から聞こえた会話からして、移動手段は瞬歩が基本とも聞くし、瞬歩が不完全な私はここも無理そうだった。
四番隊は治療や補給中心の隊。
私は霊力で治療を行える治癒霊力がないので、ここも根本的に無理そうだと感じてページをめくる。
次の五番隊はあの藍染隊長が指揮する隊。
隊長の近影をみるととても穏やかそうな見た目をしている。
しかし目があった時の感覚を思い出すと、身体がいまだにすくんでしまう。
もしあれが夢の出来事だったとしても彼と同じ隊舎で働ける気がしなかった。
それからまたページをめくると近影に目が惹かれる。
八番隊の隊長は女性ものの着物を羽織り笠を被った、一見からして変わった人だった。
そのコメントからも緩そうな雰囲気をかもしだしており、発言通りの募集内容だとしたら自身が隊舎で浮いている様子がなんとなく想像できた。
十一番隊は戦闘特化の部隊。
噂だと血の気の多い人が集まっており、日々ケンカが絶えないだとか。
私が入ったら日常茶飯事である隊員同士のケンカに巻き込まれただけで死にそうだと、怖い隊長の近影を見ながらまざまざ思った。
十二番隊は技術開発局がある隊。
こちらも院生たちの噂話では、入れば涅隊長の"実験材料"として身体を解剖されるらしい。
ここも命がいくらあっても足りなさそうだと身震いをおこし、次の隊のページへうつる。
そして最後である十三番隊を見ると、見覚えのある顔が載っていた。
昔、歩法でつまいづいていた時に中庭で相談に乗ってくれて根気強くコツや方法を教えてくれた優しい人。
彼は浮竹隊長と言うらしい。
確かに、いつだかその名前を耳に入れたことがある。
コメントからもこの学院の卒業生だということを言っているので、あの時はたまたま昔の学び舎を懐かしみに来たのだろう。
ただ、入隊試験は最終的に隊長格の人との面接もあるらしく、もしかしたら顔を合わせることになるかもしれない。
もし向こうもこちらのことを覚えていたら、優しい隊長のお情けを狙ってきたのかと思われるのではないか、と頭をよぎる。
考えすぎかもしれないが、面接に緊張してそういう不要なことまで口にして不興を買ってしまう危険性を考えると、やめておいた方がよさそうであった。
「かなり減っちゃったな……」
思っていたよりも減ってしまった数に頭を抱える。
そこから残った隊のページにしおりをはさみ、何度か内容を読み返していく。
隊の説明を読み返してみても甲乙がつけられないので、次は隊長の近影とコメント部分に目を通す。
その中でも六番隊の隊長は厳格そうな雰囲気をしており、コメントがとても質素だった。
もう一度隊の説明を読んでみれば、ここは規律を重んじる隊とのことだ。
隊の規律を守ることならば自慢をするほどではないが、同じように守る人たちの中ならばはみ出す心配はないように思えた。
「でもなあ、隊長さんみんなちょっと怖いよね……」
うんうんと悩んでも仕方ないのでとりあえずその日は寝た。
第三希望まであるので提出を先延ばしにしていたら、希望表を出せたのは期限ギリギリで、教師から少し嫌味を言われてしまった。
緊張して眠れないでいると朝がくる。
入隊試験である筆記と実技はもう終わり、残るのは今日の面接だけ。
毎朝腰に差しているはずの浅打も、今日はいつも以上に重く感じられた。
面接は隊舎で行われるらしく、門をくぐる。
中にはちらほらと同じ学院の着物を着た人たちが集まっていた。
そこから院生を集めてくれた人の話によると、複数人が同時に面接される形式をとっているとのことで、配られた番号札順に並ぶことになる。
配られる番号札はランダムらしく、近くには普段見ない"特進学級"である第一組の人がいた。
そして隊員の人に先導されるまま隊舎にあがって、とある部屋の縁側に通される。
神妙な空気の中、番号が呼ばれて何人か部屋の中へと入っていく。
障子の向こうでなにかしら話している声がくぐもって聞こえてくる。
あまりの緊張に心臓がバクバクして、息がつまりそうになり苦しくなる。
段々減っていく縁側の待機人数を横目に、手のひらで『人』の文字をかいては飲みこむ。
そしてようやく自分の番号を呼ばれて部屋の中へ入ると、隊長である朽木隊長が対面にある席のど真ん中で鎮座していた。
朽木隊長がいることを認識すると「ヒュッ」と音を立てて空気が気道を通った。
隊員の人にすすめられるがまま、人数分用意されていた座布団へ腰を下ろす。
全員腰を下ろしたのを確認すると、対面に座っている優しそうな中年くらいの男性隊員が質問をしてくる。
「それでは番号の若い方から順に、得意な鬼道を教えてください」
「破道の六十三、雷吼炮です!」
「縛道三十七の吊星です」
自信満々に答えていく他の受験生。
段々、自分の番が近づいてくることに心臓がドクドクと騒いだ。
自分の番がきたので答えようとすると、言葉が詰まってタイミングを逃してしまう。
それに面接官の男性は、やんわりと笑みを浮かべて仕切り直しに再度質問を返してくれる。
「あなたは?」
「びゃ……白雷です!」
「……ぷっ」
声が裏返りながら答えると、両隣からクスクスと笑う声が聞こえはじめる。
周りの反応から自分が恥ずかしくなって、視線を太ももに落とす。
ああ、やってしまった。
もう少し見栄をはって上の番号のものを答えればよかったと後悔する。
涙が出そうになるのをこらえて、袴の上に置いた拳に力を入れた。
すると、聞いたことのない凛とした声が部屋に通る。
「苗字と言ったか」
名字を呼ばれ、顔を上げる。
先ほど名指しをしてきたのは周りの視線からして朽木隊長らしい。
今まで口を閉ざしていた彼に、あんまりすぎる能力の低さから不合格をここで言い渡されるのだろうか。
固唾をのんで朽木隊長を見ていると、彼は机の上に並べられていた一枚の紙を手にとる。
きっと学校から送られた私の履歴書だろう。
しばらく静寂に包まれていたが、それを読み終えたらしき彼の口が開かれた。
「合格だ」
「「「「え」」」」
「他は不合格。面接中に他者を笑うものはウチの隊にはいらない」
『合格』
突然のことに呆然とする。
面接官の人たちもその発言に驚いたようで目を見開いていた。
そこでようやく、面接を進行していた優しそうな男性の左腕に【六】とかかれた腕章がついていることに気づく。
その腕章はその隊の副隊長がつける証だ。
副隊長は今の状況を理解したのか、慌てた様子で隣の隊長に抗議する。
「朽木隊長!今結果を伝えるのは困ります!後日ちゃんと手順をふんで……」
「とにかくこの回は終了だ。帰っていいぞ」
朽木隊長は周りからの意見を通さないようで、机に広げた書類の整理をはじめる。
『すでに終わったものである』という態度から、もう折れるしかないであろうことを悟った他の面接官に退室を促され、本当に帰されてしまった。
隊舎を後にしても足どりはふわふわとしたまま現実感もなく、寮へ帰ってもその感覚が抜けることはなかった。
***
日が暮れ、人通りが少なくなった町外れ。
そこでは見ないような院生の着物を着た男子が、地面を見つめて歩いている。
その目は少し虚ろで、瞳の奥には火がパチパチと燃えはじめていた。
男子は周りに誰もいないような空き地に行き着くと、地団駄のかわりに地面からでていた岩を踏みつける。
やり場のない怒りからか、岩を踏みつけるたびに声と息づかいが荒くなっていく。
「なんで!あんなやつが!合格で!俺が!不合格なんだ!!特進学級だぞ?!」
心の中の怒りを吐露すると、そのまま岩を踏みつけることに執着しはじめる。
真央霊術院に入学してきた頃から『エリート』と称されてきた彼にはそれが初めての挫折だった。
しかもその原因は己よりも明らかに能力が低い人物。
そんな事実を思い知らされて彼の自尊心が傷つかないわけがなかった。
背後から人が近づいてきていたのも知らずに、彼は一心不乱に岩を踏み続ける。
「なんや困っとるようやねぇ」
「え、あ……市丸、隊長……」
するりと肩に伸びてきた手に男子は身体を揺らす。
突然のことに飛び出そうになった胸元を抑え、話しかけてきた人物を認めるとたじろぐ。
普段こんなところにいないはずの白髪の男は男子の瞳に灯る炎を見てか、貼り付けたような笑みをより一層深く浮かべた。
「どうせならウチにこーへん?"エリートくん"」
pass.
(今まで抱えていたものがスッと軽くなった気がした)
210523:220926
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