nocturne:1
2
北流魂街
驚くほどにあっさりと六番隊へ入隊した。
入隊初日は同じく入隊した同期たちと一緒に、氏名などの登録作業や宿舎への引っ越しに費やされる。
引っ越しといっても自分の荷物は両手で抱えられるくらいで、作業はすぐに終わった。
勿論、引っ越しには育てた野菜の植木鉢も一緒だ。
幸いなことに小さめでも一人用の部屋が用意されており、誰の迷惑になることもなく鉢は日の当たる窓際に置いている。
次の日、六番隊の隊舎へ行くと挨拶周りに連れ出される。
先導してくれるのは副隊長で、まずは隊首室にいる朽木隊長にはじまり、その次は席官の方々へと挨拶に回った。
それが終わると同期の一人一人が別の先輩たちに紹介され、いなくなっていく。
今後はその人が当面のお目付役として指導してくれるらしい。
私には一見すると柔らかな笑顔を浮かべる若い男性隊員が紹介された。
「よろしくね、苗字さん」
「よろしくお願いします」
失礼にならないよう頭を下げて挨拶する。
それを見守った副隊長は「後はよろしくね」と言うと、他の同期を連れてまた別の隊員の元へと向かった。
その先輩の席隣には物が置かれていない文机と座布団が用意されており、そこに座るよう指示される。
そこからは大体の仕事の流れを説明される。
基本は書類仕事で、たまに流魂街の巡回や虚討伐のための出動、当番制である隊所有の地獄蝶の世話。
あとは隊舎の清掃やお茶出しなどのその他諸々の雑務に、特殊だと現世での任務や、隊の管理区画での現世駐在任務があると説明してくれた。
今日はとりあえず初日だからと基本の書類仕事を手伝うことになる。
そして時間は過ぎ、定時を知らせる鐘の音が鳴ると、先輩は走らせていた筆を止めて言った。
「明日は朝から北流魂街の巡回だから遅れないでね」
「はい、分かりました」
待ち合わせの時間を伝えられ、流魂街の地図を渡される。
地図に丸をつけるわけにもいかないからか、待ち合わせ場所は指で指定された。
その日はまだ書類が残っていたようだったが「今日はもう帰っていいよ」と言われたのでお先に上がらせてもらうことにした。
昨日渡された流魂街の地図を見て歩く。
指定された待ち合わせ場所は北流魂街の真ん中あたり。
時間前行動としてそこに早く着くと、なぜか物陰にいる人たちから視線が集中した。
待ち合わせ時間までにはまだ余裕があるからとそこで待っていたが、時間になっても先輩らしき人影は現れない。
少し位置がズレていたのかと指定された付近の場所をウロウロする。
「先輩いないなあ……」
先輩を探すために周りを見渡してみてようやくわかった。
北流魂街は前いた西流魂街よりも建物が荒廃しており、人の服までもがボロボロだ。
それに人々の視線は野生動物が威嚇しているかのように鋭く、まるで針に刺されたような感覚がする。
方角が違うだけでこんなにも違いがあるなんて知らなかった。
そこでふと、学院でのことが思い出される。
『もうちょっとで斬り殺されるところだった』
『北流魂街のやつっておっかねえ』
なんとなくその言葉の意味が糸でつながった気がした。
すると突然、背後から自身よりも大きな影が覆い被さってくる。
振り返るよりも先に、地面にうつされる影のカタチが目にはいった。
それは大男が長物を振り上げているような影。
斬り殺される>氛氛氛氛
「あぶねぇ!」
誰かの腕に腹部を抱えられ、ひっぱられた。
その直後、地面に金属が当たったような鈍い音が聞こえる。
音の方向を確認すると体格のいい男が刀を、私が今までいたであろう場所へと振り下ろしていた。
そして、それを避けるよう引っ張ってくれた腕の主は私を地面へ放り出すと、大男の元へと走っていく。
歩法を使ったであろうそれは男が刀を構えなおす動作の前に距離を詰め、地面に近い刀身を足で思いきり踏みつけた。
パキンといった音が辺りに響く。
刀を根元から折られた大男はそれを認識すると、一目散に路地裏の影へ紛れるように消えていった。
黒い死覇装に腰に刺した斬魄刀。
助けてくれたのは、頭と剃り込みに刺青を入れた男性死神だ。
彼は高い位置にまとめた赤髪を少し撫でつけるとこちらに振りかえる。
「お前どこの隊だ?見たところ新人みたいだが迷子か?」
「ろ、六番隊です。あの、ここの巡回が初任務で……」
「六番隊だあ?」
「ひっ」
動揺しながら問いに答えると怖い顔をされる。
そのあまりの気迫に肩を揺らすと、バツが悪そうに男の顔が歪められた。
そしてためらいがちに手を差し出される。
迷いながらもそれに手を伸ばすと腕をつかまれ、尻餅をついていたところを立ち上がらせてもらった。
「わりぃ、怯えさせるつもりはなかったんだ」
「……いえ、こっちこそ助けて下さりありがとうございました」
六番隊になにか恨みでもあるのか。
初対面の人へ無遠慮にそう追求することはできず、疑問を飲みこむ。
居心地が悪そうに頭をかく彼に、とにかく助けてもらったことへの礼を伝えた。
さっきのあまりにも鮮やかな身のこなしからして、彼はああいった手合いに慣れているようだ。
地面に置き去りにされた刃こぼれだらけの刀身を眺め、白打の応用とはいえ折ってしまうほどのパワーに舌を巻く。
死覇装についた砂を手で払ってこちらが一息ついたのを確認してか「改めて」と声をかけられた。
顔をそちらへ向けると彼は自らを誇示する。
「俺は阿散井恋次。十一番隊隊員だ」
「十一番隊?!」
突然の事実に大声で反応してしまう。
しかし、彼の身のこなしが『喧嘩っ早い』と言われている"あの"十一番隊の人なのだと思うと納得はできた。
失礼なことをしでかしたのを後悔するように「あ」と声を漏らし、口を塞いだが時すでに遅し。
助けてくれた恩人への態度ではないそれに、頭ごなしに怒られるのかとおそるおそる様子をうかがう。
目線が合うと、彼はそんな私を豪快に笑い飛ばした。
「これでおあいこだな。じゃあ気をつけて帰れよ、後輩」
阿散井さんは一通り笑ったあと、意地悪そうな笑顔を浮かべてその場から去っていった。
残された私はしばらくその場に立っていたが、物陰から送られてくる視線が途切れていないことに気づく。
先輩には会えなかったが流石にここにいるのはまずいと、ひとまず隊舎へ帰ることにした。
隊舎へ戻ると、先輩が机で書類仕事をしていた。
なぜ待ち合わせ場所にこなかったのか。
なぜ隊舎で仕事をしているのか。
悲しみや怒りよりもまずは疑問が先立ち、その理由を聞こうとして声をかける。
「あの、先輩……」
「巡回、思ったより簡単だったでしょ?なんてったって"特進学級の生徒より選ばれる"くらいだもんね?」
「え……」
こちらに振り向かず喋る先輩に体が固まる。
突然後ろから頭を殴られたような感覚にめまいを覚えた。
彼の言葉の端々からにじむ刺々しいソレの意味をうまく飲みこめない。
『特進学級の生徒より選ばれる』とは面接でのことを言っているのだろうか。
それはこちらのせいではないのにと、唐突な理不尽さに涙が出そうになる。
涙が溢れそうになるのをこらえながら、仕事に私情ははさみたくないと思い、起こったことをとりあえず報告する。
「……いえ、その……途中暴漢から十一番隊の方に助けてもらいました……」
「はあ?」
今度はちゃんとこちらに振り返ってくる。
しかしその顔は『信じられない』といった感情がありありと出ていた。
昨日、丁寧に教えてくれていた時とは打って変わった態度に恐怖を感じる。
そしてそんな私も一緒に投げ捨てるかのように先輩は雑に言い放つ。
「始末書モンだよそれ。自分で書いといてよね」
「……分かりました……」
言われた通り、始末書の着手をしようとする。
ぐるぐるとした感覚で足元がおぼつかないながらも白紙の始末書を手にとる。
次は机に向かって始末書を書くだけだが、あの先輩の隣に座るのが怖い。
震えを抑えながら、緩慢な動きでなんとか席につく。
震える筆先で始末書を書いていく中、時々隣から放たれるため息に体をびくつかせ、詳細を記していった。
数刻過ぎてようやく始末書を書き終わった。
だがその提出先までは教わっておらず、下手をすれば怒られる。
そう思いおずおずと先輩に手渡すと、興味なさそうに流し読みをしたあと投げ捨てられた。
「やり直し」
投げ捨てられた始末書を拾う。
震える筆先で書いた文字がダメだったのだろうか。
今度は手の震えを抑えながらいつもの文字になるよう記していく。
そうして書き直した始末書をまた手渡す。
「やり直し」
「やり直し」
書いてはやり直しの繰り返し。
修正すべき箇所も教えてもらえないので、すべて手探りだ。
やり直しをする度に増えていく先輩のため息の回数に、体は縮こまるしかなかった。
流石に延々と続く緊張状態に心と体は疲弊し、書くペースが落ちてくる。
何枚目かをまた書き直しはじめていると、終業を知らせる鐘が鳴った。
それに隣の先輩は帰り支度をはじめ、去り際にため息をはいてこちらを一瞥する。
「はあ……明日までにはちゃんと書き終わっててよ」
「分かりました……」
人が減っていく中、どこが悪いかもわからない始末書とにらめっこをした。
今度こそはなるべくよくしようと『良い』と思った部分は積極的に取り入れていく。
手書きの地図もつけ、ようやくそれを書き終えられたのは、隊舎に人影がひとつもなくなった頃だった。
あまり眠れなかったが朝になり、出勤する。
隊舎の出勤札を返しているところに先輩が歩いてくると、面倒くさそうに話しかけてきた。
「苗字さん、始末書は?」
「昨日できてから先輩の机の上に置いておいたんですが……」
「朝来た時にはそんなのなかったよ?嘘をつくのはやめてくれないかな」
『嘘じゃない』と言いたかったが、実物がないのならそれを証明する術はない。
またアレを書き直さなければいけないのか。
書き上げた全文を覚えているはずもなく、また同じ労力を割くことになるのかと思うと気分が憂鬱になった。
だんまりを決めこむ私に、先輩は昨日と同じく大きなため息をこれ見よがしにはく。
先輩を見られず視線を床に落としていると、誰かの影が近づいてきた。
「今朝方なぜか捨てられていた始末書を拾ったんだけど、これかい?」
「副隊長……」
顔を上げると副隊長が件の始末書を掲げていた。
それにうまく回らない舌で「それです」と伝えると、隣から鋭い視線が飛んでくるのを肌で感じる。
先輩からの視線にまた体を縮こませていると、副隊長は「ふむ」と興味深そうに始末書を読みはじめた。
その間、隊舎の朝の喧騒から隔離されたように錯覚してしまうほどの沈黙が辺りにただよう。
しばらくして読み終えたのか副隊長が顔を上げる。
顔はこちらに向けられ、笑顔が浮かべられた。
「初めてにしてはいい出来だったよ。でも今度から巡回する時には気をつけてね」
「はい……すみませんでした」
副隊長が去った後、どこからか舌打ちが聞こえてくる。
ここでも学院でのような仕打ちがあるようだ。
sigh.
(思わずこぼれた息は喧騒にかきけされる)
210610:220926
mainページへ