act.16
地区予選
5月最後の日曜日。
とある運動公園ではテニス部の地区予選が行われていた。
ミクスドは新設部門のためシード権もなく、強豪校である青学だろうと朝イチから運動公園へと集まることになっていた。
リョーマは桃城と一緒に行くことはわかっていたので、できたお弁当は家で渡し、私は桃城が来る前に自転車で運動公園へ向かった。
そして今は昼休憩も終わったお昼すぎ。
ミクスド部門は参加しない学校もあるため1コート分だけで足りており、もう既に青学は準決勝まで勝ち進んでいた。
その中で私は補欠要員として、ミクスドの試合を観客席から眺めている。
青学の女子も地区予選シード持ちらしく、他の学校よりも圧倒的だった。
それに今回レギュラーを外された乾がいるので、なおさら相手を圧倒して勝っていた。
各々の試合も同時進行なので、ミクスドには固定メンバーがほぼいない。
レギュラーを外された乾や、一応ミクスド選手として育てられている私以外だともう一人いるくらいだ。
そのもう一人は1年生女子の"小鷹那美"。
乾曰くテニス経験者である彼女はほぼミクスドに参加しており、たしかに強かった。
ちょうどさっき勝ってきた彼女が明るい茶色のポニーテールを上機嫌に揺らし、隣に座ってくる。
それから好奇心に光る目をこちらへ向けた。
「私、苗字さんとは一度話してみたかったの。朋ちゃんたちから話は聞いてたから」
「……面白い話はできないですよ?」
防衛線を張るようにそう答える。
"話"といえば雑談。雑談といえば流行やら身辺の話が多い。
ここにくる前の習慣でテレビを見ることをしていないため、流行には明らかに疎かった。
そして身辺の話も、自身の秘匿する事項が多すぎてまともに答えることもできない。
今までの学校生活でも、部活動の連絡や授業の一環という必要最低限でしかクラスメイトとも喋ることがなかった。
小鷹さんはそんな及び腰の私に少し笑うと、提案をしてくる。
「面白くなくてもいいから、中身がない話とかしてみない?」
「うーん…………今日はいい天気ですね?」
「あはっ、なにそれ。ふふっ……いい天気ね」
『中身がない話』と言われ、少し頭をひねる。
今日は日差しが強いこともあり、天気の話題なら中身がないだろうと口にしてみた。
するとなにかしらのツボにハマったのか、小鷹さんは笑って返事をした。
意味がない話でもいいと言われ身構えたが、彼女はそれでもいいのだと態度でも示してくれる。
中学1年生の女子にそれを教えられ、目からウロコが落ちたように思う。
それからミクスドの準決勝が終わるまでの間、たどたどしいながらも当たり障りのない中身のない会話≠彼女と観戦しながら続けた。
もうすぐミクスド決勝戦がはじまる。
対戦カードは男子と同じくこちらも青学と不動峰。
不動峰中学校の女子テニス部は橘さんたちに協力的なのかと思っていると、妹である杏ちゃんの顔がぼんやりと浮かぶ。
ずっとミクスドの会場にいるため男子の予選の進み具合はわからないが、人員がキツキツなのにミクスドに出る余裕があるのか少し不思議ではある。
そこも考慮して分配しているとしたら橘さんも大変だなと他人事ながら同情した。
そうやって一人ぼうっと考えていると、小休憩で別れたはずの小鷹さんがこちらに向かって走ってくる。
なにやら彼女にしては珍しく焦っている様子だ。
「苗字さん!大変大変!」
「小鷹さんどうしたの?」
「次の決勝戦、ラストに出る予定の先輩がケガして出られないんだって!」
「え……」
出られないということは補欠の出番。
だが、ラストということはその試合によっては勝敗が決まる大事なポジションだ。
今まで青学はストレート勝ちしてきたので可能性は低いと思いたいが、決勝の相手は不動峰。
もしかしたらの可能性を考えると、肩に力が入った。
「最悪俺がリードする。そう固くなるな、苗字」
強張っていた肩をラケットのガット部分でたたかれる。
その手の主を見ると学校ジャージ姿の乾が逆光の中、眼鏡を光らせていた。
レギュラーを外されていても試合ができているからか、なんとなく彼が生き生きしているように見えた。
心の準備がつく前に、コートに整列するよう呼ばれる。
ミクスド1ということで乾の隣に並んで不動峰の人たちとポール越しに対面する。
試合前はオーダーされた選手たちがコート上で挨拶をするのが形式。
立ち位置からして、私たちと試合をするとしたら目の前にいる神尾と杏ちゃんのペアだ。
神尾は海堂との試合の後なのか、顔を見るだけで疲弊しているのが分かった。
そして審判の号令を聞き、頭を下げる。
「「「「よろしくお願いします」」」」
それからすぐミクスド3の試合がはじまる。
勝敗を見守りたかったがラケットとボールを持って観客席から出ていく。
試合をするかもしれない今、一日中座りっぱなしの身体で試合に挑むなんていう悠長なことはできない。
それに、身体を動かさないと浮ついた気が紛れそうにもなかった。
試合用のコートの奥に併設された高い壁。
壁打ち用の狭めのコートに入り、一人で壁打ちをはじめる。
壁打ちをしている間もどこかのコートから歓声が届いてくる。
その声に焦る気持ちのままボールを強く打って追いかけていると、後ろからなにかで頭を軽くはたかれた。
テニスラケット、ではなくきっとノートだ。
「流石に落ち着けといっても難しいだろうが、俺の作戦を聞いてくれないか」
「乾先輩、作戦ってどういう作戦ですか?」
「君も気づいているかもしれないがここはだな……」
うしろを振り向くとやはり乾が立っていた。
打ち返されず遠くへ転がっていくボールをそのままに、話の詳細を聞く。
話を聞いている間、乾の眼鏡は逆光の中で怪しく光るのだった。
結局試合は一回負け、1−1に。
残すところはミクスド1の試合だけだ。
身体は壁打ちをしてなんとかエンジンをかけられたものの、お腹がキュッと絞られるような感覚に襲われる。
とっさにお腹を抱えてうなっていると、隣の小鷹さんに肩を叩かれた。
小鷹さんは不動峰相手にも勝利をもってきており、流石としか言いようがなかった。
「苗字さん、ファイト!」
「うっ、がんばります……」
ラケットを抱え、乾の横についてコートへと入る。
そしてまたネット越しに神尾と杏ちゃんのペアと対面する。
当たり前だが、神尾の顔色は決勝戦開始前よりはよくなっているようだった。
それから試合前の挨拶として握手をする時、手の握りかたに戸惑っていると杏ちゃんにしっかりと手を握られる。
目線を上げると、彼女の強気な瞳とかち合う。
「あなたもよろしくね」
「……よ、よろしくお願いします……」
「Which?」
「ダウンで」
そんな私たちを横目に隣でラケットトスがはじまる。
選択権はこちらになり、乾に任せるとサーブ権をとることになった。
ミクスドの試合ははじめてなので男女どちらからサーブをするのか動きに困り、とりあえず乾の動きを観察する。
すると乾からボールを渡されたのでサーブは女子からするらしかった。
戸惑いながらも乾に視線をよこすと、ベースライン前のポジションについた乾がこちらを向いてコクリとうなずいた。
深呼吸をひとつして、ボールを宙に投げる。
ボールを叩きつけるよう腕に力をこめ、ラケットを思いきり振り落とした。
なんとかサービスコートにインした球は神尾が打ち返す。
が、それは高度が低くネットに阻まれた。
「15−0」
「ビビってたわりにサーブは中々じゃねぇか!」
口では悪態をつくが神尾の動きにキレがない。
きっと思った以上に海堂との試合が響いているのだろう。
乾の作戦は、明らかに弱っている神尾を集中して狙うというものだ。
とりあえず私はサーブが入らなくてもいいから思いきり打てとの指示を受けた。
それ以外は特別練習でのことを考慮されてか、後衛ではなく前衛を任せられることになった。
本当は身長にリーチのある乾が前衛をした方がいいのだろうが、ボレーでも後衛の神尾に揺さぶりをかけるためだそうだ。
サーブの関係で神尾が前衛になる時はあるが、そこは乾が相手のミスを誘うように的確に返していく。
こちらも空いている空間を狙い、打てる球はボレーで返した。
途中から神尾が狙われているのを察し、杏ちゃんが神尾をかばうような動きをしはじめる。
だが、無理なポジション替えはせずにいくようで後衛の時もあった。
それでも後半にいくにつれ前衛でも神尾の凡ミスが多くなり、ネットやライン外にいくつかのボールが吸いこまれていく。
休憩中、神尾を気遣っている杏ちゃんをみていると、いたたまれない気持ちになった。
そうして淡々とゲームを取っていき、無情にも審判の声がコートに響く。
「ゲームセット!ウォンバイ青学!!」
「「ありがとうございました……!」」
試合終了後の挨拶で頭を下げる。
それから頭をあげてもネットをはさんで向かい合っているだろう二人の顔が直視できない。
勝ちとったはじめての勝利ではあるが、素直に喜ぶことはできずにいた。
しかし、これが正攻法の世界でもあるのだ。こればかりは自分なりに受け入れていくしかない。
「「「カンパーーイ!!」」」
地区予選の全工程が終わったあと、そのまま帰ろうとしたが桃城に捕まった。
同じく自転車できていた桃城と、相乗りの菊丸に"河村すし"へ無理矢理連行され、打ち上げに参加することになってしまう。
周りが男子レギュラーだけなので肩身が狭く、目立たないカウンターの奥側に隠れるように座った。
病院帰りのリョーマはもう周りに馴染んでいるようで、桃城と一緒に用意されたお寿司を吸いこむように次から次へと口に運んでいる。
その食べ様を見ていると食べていないのにお腹がいっぱいになりそうだ。
私は大人しくお寿司も食べずにお茶をすすっていると、カウンター席にいる乾が眼鏡を光らせる。
「苗字が海堂に泣かされたと言われている本当の理由はだな」
「……乾先輩、その話はやめて下さい」
「手塚の試合を見たからだよ」
「不二先輩、言わないでください……」
どういういきさつでその話になったのかわからないが、突然蒸し返されたくない話をされそうになり制止する。
しかしその行為も空しく、結局不二から言われてしまい、恥ずかしさから顔を手で覆った。
泣いてしまった本当の理由を本人に知られてしまうという事実に顔が熱をもち、冷や汗までがあふれてくる。
『それだけは言わないで欲しかった』と思うが、これは乾の作戦を実行してしまった罰なのだろうか。
とにかく恥ずかしくてカウンターに伏せると、横から手塚の声が聞こえる。
「そうか、俺のせいだったか……」
「なはは、手塚と海堂が地味にダメージ受けてる〜!」
菊丸のこれまでにない面白そうな笑い声が聞こえてきた。
少し盗み見ると手塚は眉間にシワが寄った顔をうつむかせている。
海堂もいじられていたことを思い出してかダメージを受けているようで、魂が抜けるみたいに「フシュウウ」と息が抜けていた。
乾と不二をはじめ、他のみんなはそんな私たちをよそに楽しそうに笑っている。
当分はこのネタでいじられることが多くなりそうだ。
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