籠 り   main diary mail reply  
act.17
好み焼き

6月になり、蒸し暑い日が多くなった。
梅雨間の珍しい晴れ間のもと、今日も放課後のグラウンドで部活動に勤しんでいた。
梅雨特有のむしむしとした空気がじわりじわりと気力と水分を奪っていく。
素振りがいつもと変わらずみんなより遅く終わり、水分補給のために水道へと向かっていた。
すると、女テニの場所で朋香がテニスの練習道具で遊んでいるのを見かけた。
重しにゴム紐が繋がれており、その先にボールがついている道具だ。

それに懐かしさを覚えて近寄ってみる。
昔はそれを使って壁打ちができない場所で遊んでいたものだと懐かしむ。


「懐かしー……」
「あ、苗字さん!苗字さんも使ってみる?」


桜乃がこちらに気づき笑顔を向けてくる。
つい漏れてしまった『懐かしい』を聞かれていなかったようで、胸を撫でおろす。
それなりに遠目で見ていたので桜乃の隣まで歩いていき、朋香が遊んでいる様子を眺める。
喉がかわいているが、あまりの懐かしさに少し打ってみたくなってしまった。
うずうずとした気持ちを抑えながら口を開く。


「せっかくだし使わせてもらおうかな」
「朋ちゃーん、交代ね!」
「えー、いいところなのに……って、アンタか」


少し不満そうな顔をした朋香が手を止める。
それから顔をこちらに向けて自分を認識すると『なんだ』といった顔をした。
挨拶の代わりに朋香の視線に手を上げて応える。
彼女はそれに口をすぼめ、地面に転がったボールを拾うと投げ渡してくれた。

礼を伝えると桜乃たちから離れ、適当な場所まで歩く。
そして深呼吸をひとつしてボールを上に投げる。
手にしていたラケットでそれを軽く打つと、ゴムの反動で更に早く返ってくる。
それを繰り返していると段々早くなってくるのが楽しくなってきた。
つい調子にのって、より一層力をこめてスイングすると打ったボールの軌道上に誰かが飛びでてきた。
思わず声を荒げて人影に注意する。


「あっ!危ない!!」
「大丈夫、だいじょ〜……ブッ?!」
「「「あ」」」
「……馬鹿力」


ブチッ。
そんな鈍い音がしてボールを繋いでいたゴム紐が切れる。
そしてボールは弾かれたように避けなかった悠長な誰かの顔面に飛びこんでいった。
その反動で白い学ランを着た体が地面に倒れる。
寿命が縮まる思いで倒れた他校の学生の元へと駆け寄る。


「大丈夫ですか?!」


白い学ランに少しはねたオレンジ色の髪。
顔面にボールが当たった被害者はやはり千石だった。
千石は予測していなかった事態と衝撃で目を回しているようで返事はない。
練習道具のボールが硬球じゃなく軟球であるゴム製だったのが救いだが、当たり所が悪かったのかもしれない。
もし眼球に当たって彼の視力が落ちてしまったらと思うと肝が冷える。

なにかないかと周りを見渡してみると、後ろの渡り廊下に図書委員の仕事途中であろうリョーマが立っていた。
ボールが当たった時に紛れて聞こえた『馬鹿力』の犯人だろう。
ふと目が合うと彼は『まだまだだね』とわざとらしく口パクをすると、校舎の中へ入っていってしまった。
するとゴム紐のちぎれたボールが足元に転がってきたのに気づき、その持ち主だった桜乃に話しかける。


「あの……竜崎さんごめん、新しいの買って返すよ」
「えっ、いいよそんな。悪いよ」
「悪いのはこっちだし気にしないで。……あと、ボールが顔面に当たった人、本当に大丈夫ですか?保健室の先生呼びましょうか?」
「う〜ん、だ、だいじょ〜ぶ……あ」


名前は分かっていたが他人を装ってもう一度声をかけると、今度は返事があった。
千石は声にこたえながらゆっくりと上半身を起き上がらせる。
隣にいた私を開いたその目で捉えると千石は目を丸くさせ、呆然とする。
喋らないままこちらを見つめるだけの相手に気まずさを覚え、やはり当たり所が悪かったのかと思い問いかける。


「目とかに当たってません?」
「大丈夫!鼻に当たっただけだから!」
「……よかった」


目に当たった訳ではないことにほっとする。
たしかによく見れば鼻筋の部分がすこしだけ赤くなっていた。
あとで水で濡らしたハンカチでも渡そうと思いながら、千石が立ち上がるのを手伝う。
学ランについた砂を払い、手にもついた砂を払い終えると彼はこちらに向き直った。


「ねえねえ、どうせなら今日デートしようよ!あの練習道具を売ってるいいお店知ってるから案内するよ!」
「えぇ……」
「「でっ、デート?!!」」


そこそこスピードがあったであろうゴムボールを顔面に受け、少しの間気絶していた千石。
にも関わらず、意識を取り戻した直後デートに誘ってくる彼のフットワークの軽さに引いてしまう。
返事に困っていると、うしろにいた桜乃と朋香は私とは逆に興奮した様子で声をそろえるのだった。




結局その場は『部活動がある』と千石の誘いを断ったが、なぜか部活が早く切り上げられることになった。
突然時間ができてしまったので、弁償のための練習道具を買いに一人でスポーツショップへ行こうと思い校舎をでた。
しかし校門にはまだ帰っていなかった千石が朋香と談笑しており、二人に捕まってしまう。
そうしてあれよあれよという間に今現在、千石に案内された駅前のスポーツショップの中である。


「私も一緒についてきちゃってよかったのかな?」
「いいのいいの!可愛い女の子たちとデートできて俺も嬉しいよ!」


黙々と商品を選んでいる間、桜乃と千石がお店の端でなにやら話しこんでいる。
この場には校門で待ち伏せしていた二人に加え、たまたまそこに居合わせた桜乃と小鷹さんも一緒に来ていた。
みんなが来てくれたおかげで千石と二人っきりにならないのは助かった。
二人だとおしゃべりな千石の猛攻にきっとなにかしらボロを出してしまっていただろう。
もしもがなかったことへの安堵の息をつき、壊れにくそうなものを見定めながら他にもついてきていた小さな影に話しかける。


「で、なんで"リョーマくん"もいるの」
「用があったから来ただけなんだけど」
「リョーマ様とお出かけできるなんて私幸せ〜♡」


言葉の通りなぜかリョーマもここについてきていた。
校門であれよあれよとしていた間にいたのか、いつの間にか集団に馴染んでいたのだ。
とりあえずリョーマは今隣でグリップテープを選んでおり、朋香はその隣でハートを散らしている。
小鷹さんも別の場所でスポーツ用品を選んでおり、全員が好きなように店内で過ごしていた。


(女の子だしピンク色でいいかな)


テニストレーナーという名前らしいそれのピンク色を手にとり、レジへ持っていく。
会計の際に贈答用と伝えたので店員さんが慣れた手つきでラッピングを施し、袋に入れて手渡された。
早速、桜乃のところへ行きそれを手渡すと申し訳なさそうに謝罪される。
それに対し『謝るのはこちらの方だ』ともう一度、彼女へ謝っておいた。

それから桜乃は千石にテニスの相談をしていたようで、こちらに謝りを入れてまた二人で話しだす。
桜乃の質問に真摯に対応する千石の話を聞き流しながら、まだ買い物を続けている二人の買い物が終わるのを待つ。
リョーマもそのあとグリップテープを買い、朋香と一緒に合流してくると朋香が一方的にリョーマへ質問をはじめる。
リョーマはそれを軽くあしらいながらも簡潔に答えていく。
それぞれ話している二人組二組に両脇をはさまれ、話さずにいるのはなんとも妙な気分がした。

しばらくすると最後に残った小鷹さんも満足のいく買い物をしたようで、ほくほくとした顔をしてこちらへ戻ってくる。
こうしてみんなが揃ったのを確認した千石の先導でお店からでることになった。


「目的のものも買ったし、お好み焼き屋さんに寄ってかない?俺がひっくり返してあげるしおごっちゃうよ〜!」
「やった!千石さん太っ腹!」


千石を褒め「ゴーゴー!」とノリ気な朋香。
きっと校門で喋っている間に意気投合したのだろう。
その朋香の奔放さに思わず笑う桜乃と小鷹さんに混じり、から笑いをする。
『流石に中学生がお店で飲食するのは怒られるんじゃ』というヤボな言葉は飲みこみ、千石に手を引かれるままお好み焼き屋へと向かった。

駅前を少し歩くと目的地らしきお好み焼き屋に着く。
お店の中に入り千石が受付表に名前を書けばすぐに六人がけの広い席へと通された。
夕飯前の時間ではあるが店内には人がそこそこ入っていた。
席に通されてみんな思い思いに話していると、店員さんからメニュー表と人数分の水が配膳される。
そしてメニューを受けとった向かいの席の小鷹さんたち女子三人が少し話しこんだかと思うと、うかがいを立てるように話しかけてくる。


「晩ご飯もあるし私たちは1枚4等分でいいかな、苗字さん」
「いいよ。トッピングとかも三人で好きなの選んでいいよ」


そう返すと礼を言われ「じゃあどれにしようか」と女子三人がメニューとにらめっこをしながら話し合いをはじめる。
なんとなくそれが微笑ましくて思わず笑みを漏らす。
千石はそんな様子を見ていたようで、隣に座っているリョーマの向こうから熱い視線を送ってくる。
チラリとそちらを見ると、にへらとゆるんだ笑顔を向けてきたので笑顔で返そうとしたら引きつった笑みになってしまった。
自身に恥ずかしくなりうつむくと、千石の抑えた笑い声が聞こえてくる。

そんな私たちの間に座っているはずのリョーマは、我関せずといった様子でマイペースにメニューを眺めていた。
千石はそれにも笑いをこぼすと、メニューを広げて話し合っている向かいの三人に話しかける。


「ところで、君たち五人はどういう関係なの?」
「青学1年生同士の仲です!」
「えっ、そうなんだ?!」


驚いた様子の千石に朋香が私を見ながら「この子、こんなでも1年生なんですよ〜」と付け加えるように説明してくれる。
それに千石は「そっか、1年かぁ」となんともいえない表情で相づちをうつ。
そんな顔になってしまうのもしかたない。
設定が見た目に伴っていないのだからこれは正しい反応である。
むしろ学生証があるとはいえ、中学1年生として受け入れてくれている周りの人たちが特殊すぎるのだ。

四人が雑談に花を咲かせていると、時機を見計らった店員さんが注文を取りにくる。
千石はスタンダードな豚玉と独自のトッピングを注文し、女子組はチーズ入りのものを頼んだ。
リョーマは一人で一枚を食べるつもりのようで、トッピング増し増しで注文していた。
しかもそのトッピングは食べごたえのあるものばかり。
千石のおごりだと言われていたからなのか、遠慮する様子もなく注文できる神経がうらやましく思えた。




注文からしばらく経つと注文した3点が配膳される。
このお店では店員がお好み焼きを返すこともしてくれる形式のようで、それに千石が断りを入れる。
店員さんが鉄板の注意事項と操作方法を説明し、テーブルに併設されている鉄板の電源を入れはじめた。
そしていくつか牛脂の乗ったお皿を最後に置くと「なにかあれば呼んでください」と告げ、離れていった。

千石はまず鉄板の上に手をかざして熱をはかっているようだった。
そしていい温度になったのか鉄板にヘラを使って牛脂をひきはじめる。
しばらくすると牛脂がじゅうじゅうと溶ける音が聞こえ、独特な脂の臭いが広がった。
その間に千石はお好み焼きの種が入ったボウルを混ぜてその生地をすこしだけ垂らして加減を確認する。
いい熱加減だと見極めたのか、生地を鉄板に流しながら円になるよう広げていく。
その一連の作業を3個分行ったその手つきは明らかに手慣れていた。


「ひっくり返すから見ててね〜。ほっ!」
「「「おお〜」」」


雑談を交えながら放置していた生地をひっくり返す。
それは綺麗に回転し、混ざっていた具がひとつもこぼれることはなかった。
あまりの完璧な返し方に、思わず感嘆の声をあげて手を叩いてしまう。
それに気を良くしたのか千石は連続でもう1枚も綺麗に返す。
向かいの席の三人もそれに感動したのか同じように拍手をし、千石に話しかける。


「千石さんひっくり返すの上手ですね!」
「いやぁ、それほどでも〜」
「コツとかあるんですか?」
「それはね〜……」


誇らしげにうまく裏返すコツを話す。
話しながら最後の1枚であるリョーマの分を返そうとしたが、リョーマは面白くなさそうな顔で自分でやると言いだした。
千石はそれに「どうぞ」と素直にヘラを渡すとニコニコしながらその様子を眺めている。
リョーマが勢いをつけてひっくり返したと思えば、端は大きく折れて具が盛大にこぼれてしまった。
それをついつい笑ってしまうと不機嫌な瞳に睨まれてしまった。
その視線から気まずそうに逃れるフリをして、カバンを持って席から立ち上がる。


「ちょっとお手洗いにいってきまーす……」
「「「いってらっしゃ〜い」」」


見送りの言葉を背に、そそくさとその場から離れる。
カバンを持って席を離れたが特に気にされていないようだ。
みんなが話に夢中になっている間、隠れるようにレジへと向かうと席の番号を伝えて先に会計を済ませておく。
不可抗力とはいえ千石にボールを当ててしまったのだし、治療費とまではいかないがここの支払いは私持ちが妥当だろう。
しかしトッピング増し増しで頼んでいたためか、お好み焼きにしてはそこそこのお値段であった。
『食いしん坊め』とリョーマのことが少し恨めしく感じた。

一応会計が終わってそのまま席に戻るのも早いかと思い、ついでにトイレにも行く。
それから席に戻ると両面焼き終わっていたのか、みんな食べはじめており、リョーマは千石の分ももらって食べていた。
恐るべし、中学生男子の胃袋。




お好み焼きを美味しく食べ終わり、席でのんびりと話しあう。
しばらくして、それぞれ時刻を気にしはじめると時間も時間なのでこの後は解散する流れとなった。
会計を千石に任せ、先んじてみんなを連れてお店の外へでておく。
そして、お店からでてきた千石にお礼を伝える。


「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「また機会があれば今度は遊ぼうね〜」


そう返した千石の顔は、少し困ったような笑顔を浮かべていた。
こちらに向けてなにか言いたげな顔をしていたが、その原因は会計が既に済んでいたことだろう。
とりあえずその視線には頭を下げ、何事もないかのように流しておくことにした。
そして帰路の話になり、千石は電車、私たち女子四人は桜乃が連絡をとったスミレの車で送ってもらうことになり、リョーマは徒歩になった。
リョーマから『ずるい』と視線で責められたが定員オーバーまではどうしようもない。
若干一名、腑に落ちないでいるが別れを告げて解散すると、それぞれの帰路についた。





「越前!お前昨日早く終わったからってお好み焼き屋行ったな?!」
「別にいいじゃん……っていうかアイツもいたんだけど」
「苗字?あいつからはそんな匂いしねーぞ?」
(消臭剤かけたからね……)

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