nocturne:1
3
仕事
北流魂街の巡回以降、仕事で隊舎から出ていない。
あれ以降の私といえば、書類仕事と雑務を任されるだけになっていた。
他の同期は巡回を一人で任されるようになったりしており、先輩たちとの関係も良好だ。
それに対して当の私は───
「これよろしく」
「この書類清書しといて」
「これ十番隊に届けて」
「汚れたからあそこ掃除して」
人に話しかけられるとしたらそのことばかりだ。
書類仕事や掃除はどちらかといえば好きなので不満はない。
ただ、同期の働き様と比べてしまうとそれは嘘になるかもしれなかった。
今日もまた、終業の鐘が鳴っても机に向かって作業をする。
「これくらいやってもらわないと」と終業前に毎回先輩から書類を積まれるのだ。
いつもどこからこれだけの書類が湧きでてくるのか不思議ではある。
だが、この積まれた書類をちゃんと終わらせないと翌日も同じくらいの量を積まれ、負債のようにたまっていくことは火を見るより明らかだった。
なので毎日すべてを終わらせてから宿舎へ帰ることにしていた。
幸い自身の燃費がいいのか、あまり供給や睡眠がなくても働けている。
朝の隊舎内の清掃も私の仕事になっているので、就寝が遅かろうが体はそのために目がさめた。
非番の日でもこっそり隊舎の清掃をしていても"いるもの"と判断され、机の上に書類が誰かに置かれてしまう。
そしてしかたなくその書類の処理をしていると様々な雑務を押しつけられる。
毎日そんなループになっていた。
しかしこのことで頼れる誰かがいるはずもなく、黙々と課された仕事を終わらせていく。
そんな中でも、他の隊へ書類を届けるのは息抜きとしてちょうどよかった。
先輩たちのように私のことを目の敵にするような人はいないし、書類に不備がなければ対応が普通だからだ。
今も、届けるよう頼まれた書類を抱えながら、目的の隊舎の中をうかがう。
中では人がせわしなく動いているため、出入り口付近にきた人へと話しかける。
「六番隊です。書類をお届けに参りました」
「ありがとう、そこの棚に置いておいて」
「はい」
言われたとおり指定された棚の上に書類を置く。
棚の上には文鎮があったので飛ばされないよう書類の上に置いておいた。
誰も私のことを見ていないが、やることは終えたので一礼をして隊舎からでていく。
そして隊舎間にある道を通って六番隊の隊舎へと歩を向けた。
毎日机に向かうか清掃をするか宿舎に帰って寝るかしかない身体を別のことで動かすのは気分がいい。
気分がいいついでにちょっと足を止め、体を伸ばしたあと深呼吸をする。
朝のように空気が澄んでいるわけではないが、少し沈んでいた気持ちがもちなおした。
すると、道の先で白の羽織が目に入る。
その主人は白い短髪に貼りつけたような笑顔をしていた。
三番隊の市丸隊長だ。
彼の通行の邪魔にならないよう道の隅に寄り、通りすぎるまで頭を下げておく。
そろそろすれ違うという時になると、頭上から声をかけられた。
「四番隊並みに使える"パシリ"ってキミんこと?」
耳を疑い、思わず顔を上げてしまう。
市丸隊長は変わらず読めない笑顔をしており、こちらを見ている。
目は閉じているが視線を感じるのは不思議な感覚である。
絡みついてきそうな視線から逃れながら、とりあえず不興をかわないよう彼の質問に正直に答える。
「それは……よく分かりません……」
そう答えると『面白くない』というようなため息がふってきた。
彼になにを求められているのかわからないが、それらの言動にあまりいい気分はしなかった。
横目でチラリと彼をうかがうと、不意に袖から書類の束をとりだしている。
そして私の手の中へ押しつけるようにソレを突きだした。
渡されたのだと認識してすぐに手を離されたので、空中で舞うそれらを落とさないよう必死にかき集める。
驚きながらもなんとか一枚も落とさず拾え、安堵の息をもらす。
そしてそんな私を眺めていたのか、市丸隊長はクツクツと楽しそうに笑い声をこぼした。
「まあええわ。その書類、七番隊に持ってってな」
「え、あの……」
「ほなよろしくな、"パシリちゃん"」
そう言うなり、彼はひらひらと手を振って廊下を足早に去っていく。
文句すらも言えず、白い人影はすぐに見えなくなっていた。
副隊長も連れず一人で歩いているので、きっと彼は好き勝手に出歩いているのだろう。
書類のこともあるし、あの人の補佐である副隊長は大変そうだと心の中で同情した。
そうして手の内に収まっている、少ししわくちゃになってしまった書類の束を見つめる。
これには『届けるのは隣の隊舎だし帰るついでに行けばいいか』という諦めにも似た思考になっていた。
彼の思い通りになってしまうのは悔しいが、しょうがない。
ため息をはきながら六番隊の隊舎をすぎ、七番隊の隊舎へとつく。
執務棟の出入り口から控えめに顔をだすと、こちらに気がついた一人の隊員が近づいてくる。
それに対し、なるべくシワを伸ばした書類をおずおずと差しだした。
「あのー、書類をお届けにきました……」
「これ三番隊の?毎回提出期限ギリギリはやめてくれないかなあ」
「す、すみません……」
「それになんかシワがついてるし……大事な書類だよ?」
「はい……」
言われても仕方のない文句を言われ、とりあえず謝る。
私は六番隊ではあるが、三番隊の書類を持ってきたのだから彼には三番隊の隊員にうつっているのだろう。
副隊長のような腕章もないし、平隊員の区別はつかないのだ。
この書類は渡り廊下で市丸隊長に押しつけられたと言ってもきっと理解してくれないだろう。
これには『しかたない』と自分を納得させながら、謝罪を相づちのように返していった。
そしてようやく解放された帰り道、無駄に肩が凝ったように感じ、肩を回す。
ふと隊舎の庭に目をやると、白い犬を見つける。
隊舎で飼っているのか、その近くには犬小屋が建っていた。
犬は構って欲しそうにこちらを見ていたので、周りに誰もいないのを確認して庭へ向かう。
少し足早に近づくと、その丸い頭をなでた。
すると犬は嬉しそうにしっぽをブンブンと振り回しながら足元をぐるぐると回る。
興奮していながらも無闇に吠えないとは賢い犬だ。
今度はしゃがんで頬と背中をなでていくと「キュウン」と鼻にかけたような、か細い声で鳴いた。
そして、おもむろに犬小屋へ戻ったと思うとおもちゃをくわえて持ってくる。
目の前におもちゃを置くと犬は期待に満ちたまなざしでこちらを見ており、多分求められるままそれを遠くへ投げた。
犬は楽しそうに投げたおもちゃを追いかけて走り、嬉しそうに持って帰ってくる。
せがまれるがままその応酬を何回かしていると終業の鐘が辺りに響く。
それにハッとし『そろそろ帰らないと』と死覇装についた土埃を払いながら立ち上がる。
言葉を理解しているかはわからないが、それでもなおしっぽを振り続ける彼へと手を振った。
「またね」
後ろ髪をひかれる思いでその場を離れる。
最後に「ワン」とだけ一鳴きされ、振り返った。
遠目ながらも目が合い、もう一度だけ「バイバイ」と手を振る。
自分に好意的な動物に触れあえたからか、すこしだけ心が軽くなった気がした。
「今日は誰かに構ってもらえたのか。よかったな、五郎」
everyday.
(曇天の中にも晴れ間あり)
210630:220926
mainページへ