籠 り   main diary mail reply  
nocturne:00
ロローグ

人の頭上に広がる郡青。
その中を流れるようにただよう影がひとつ。
影となっている少女は仰向けに浮かびながら考えていた。
己が生きていないことを分かっているものの、その原因を思い出そうとしても思い出せずにいる。
そのために数え切れない夜と朝を迎えた頃、考えることを諦めたか疲れたか、瞳を閉じた。

なにも感じない。
すぐ上に浮かぶ太陽。
その暖かさやまぶしさでさえ。

少女は身体を起こすと地面の方へと降りる。
知らない街並に好奇心を馳せ、道を歩けば大きな通りへと抜けた。
絶え間なく歩く人々。
せわしなく交差する色と言語。
辺りに漂うどことなく重い空気。
全てが陽炎でできたように少女を通り抜けた。

気が付けば空からは郡青が消え、茜が空を覆っていた。
ふらふらと街を適当に歩いていた少女は一つの建物に目が留まる。
不思議とそれに引き付けられ、ためらいながらも壁をすり抜けた。
その中はなにも置かれていない畳の部屋。
部屋に設けられた小さな窓からは朧気な茜色が差しこんでいる。

少女は畳の上に座ってみた。
膝を抱えて丸まり、夕暮れの色が見える壁をただただ眺めた。
時間が経つほど部屋の四分の一を占めていた色は少なくなり、しばらくすると闇が訪れた。

それに伴い異変が起きる。
寒い……それに、身体が冷たい。
先ほどまでなにも感じていなかった身体がいきなり温度を感知しはじめた。
てのひらを目の前に出してみれば小刻みに震えており、指が思い通りに動かなかった。
寒さに感覚を奪われ、起きていることすらままならなくなった少女は倒れこむ。
視界も奪われていくように端から漆黒へと塗り潰されていった。

怖い。
唯一見えた薄暗い天井も、それより更なる黒へと支配される。

真っ暗な視界に怯えていると、布の擦れるわずかな音が耳に入る。
黒により視覚を失った少女にはそれだけでも十分な刺激を受けた。
音のした方に首を向けてもなにも見えないが、救いを求めるように手を伸ばす。
それに気付いたのか、布擦れの音は段々と近付いてきていた。


「君、大丈夫かい?」


男の低い声が上から降ってくる。
だれ?そう聞こうと声を出そうとしたのに声が聞こえなかった。
喉を震わせることすらできなくなってしまったのかと唇を噛み、伸ばしていた手を声がした方向へさらに伸ばした。


「ぼくは──死神だよ」


口の動きで言葉を読み取ったのか男はそう答える。
さっきよりも近い声に、男がかがんでくれたのがわかった。
少女は男の存在を確かめるように服を掴んで男にすがりついた。
男は少女をなだめるように背中を軽く叩くと、少女の右手を自分の首にあてがう。
少女は男の肌を暖かいと思ったが、それはすぐに熱さに変わった。
あまりの熱さに火傷を通り越し、触れる部分が溶けてしまいそうな感覚に陥いるほどに。


「安心して、ぼくが君を必ず助けるから」


大きな手が頭を優しくゆっくりと撫でる。
安心させようとしてか、首にあてがった方の手は力強く指を握られた。
その手は熱に溶かされるかのように輪郭が解けていき、男の体にゆっくりと混ざった。

男はそれに動じず、頭を撫でていた方の手で腰に差した得物に手をかける。
その角を指で弾けば何かの印が現れ、それをゆっくりと少女の額に押しこんだ。
印に触れた少女の身体は少しずつ透明になっていき、小さな光の粒が浮かび上がる。
全ての粒が天井を抜ければ、先程までいた少女の姿はなく、黒装束を着た男だけが佇んでいた。


「……冷たい」


そう呟き、少女と溶け合った首筋に手を重ねた。





nocturne.
(交わされた温度と夜の帳が物語のはじまり)

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