籠 り   main diary mail reply  
act.18
トリートテニス

部活動が終わった夕闇の中、くたくたな体を気力でなんとか歩かせている。
そんなこんなで本日もリョーマと二人で越前家への帰路についていた。


「あっつ……」


梅雨はまだ続いており、日本独特のじめじめとした湿気が肌にまとわりついてくる。
衣替えも終わり制服は夏のものを着ていたが、汗を拭いても新しい汗がしばらくすれば滲んでくるくらいには暑くなっていた。
生腕を出すのも抵抗があったため着用した薄手のカーディガンのせいもあるかもしれないが、それも誤差だろう。
そんな火照りが中々冷めない上半身を少しでも落ち着かせようと下敷きで風を送っていると、隣で歩くリョーマが歩くのを止めた。
次いで足を止め、自販機の前に立つ彼の様子を見守る。

きっと、この暑さにたまらず自販機でジュースを買おうとしているのだろう。
リョーマはおもむろにカバンから財布を取りだしていた。
夕飯前にジュースを飲むなと言いたいところではあるが、この蒸し暑さならしかたがない。
迷いなくポンタのグレープ味を選ぶ様を眺めながら、下敷きを思いきり扇いだ。
ちょうど人気もないので制服の胸当てをひっぱって中にも風を送っていると、違和感を覚える。

ピッ────

ふと、タイツがひっぱられる感覚がした。
視線を足に落としてみると、リョーマのラケットバッグ兼スクールバッグのファスナーがタイツにひっかかって伸びていた。
リョーマは自販機から選んだジュースをかがんで取りだしており、次にするのは"立ち上がり"の動作。
それを制止しようと思わず手を伸ばす。


「あっ、ちょっ、待っ……」
「?なに?」


すんでのところで止めようとしたが遅かった。
なんの気なしにリョーマは手を避け、不思議そうな顔でそのまま立ち上がってしまった。

ビリィィイイイ。

盛大に破ける音があたりに響く。
そして開いたであろう穴から、吹きつけてくる生ぬるい風を直に感じた。
目線を下にすると、縦一直線に破れた黒タイツの穴から肌が生々しくのぞいていた。
片足だけの伝線ではあるが、4割くらいは素肌が露出している。
わずか二動作から思った以上の被害にめまいを覚える。
当の加害者はやってしまったことを認識して体を固まらせており、沈黙していた。
とりあえずこのままの状態で衆目の中を歩きたくない思いで、どこかにいい場所はないか聞いてみる。


「……ねえ、近くに着替えられる場所ある?」
「……ちょっと破れたくらいだし着替えなくていいじゃん。家までそんな遠くないでしょ」


確かにそれはそうかもしれない。
だがこれだけの不自然な露出を隠しながら歩くのは流石に限度もあった。
それに事情を知らない人からしたら乱暴されたのかと思われ、最悪通報を入れられるだろう。
というか偶然の事故とはいえ、穴を開けた張本人にそう雑な扱いをされると頭にきてしまうものがある。
今まではこらえてきたが、熱気と湿気にやられた頭では踏みとどまることは無理だった。
『なるべく語気を強めず』なんて考える暇もなく、言葉がすべるように口からついてでる。


「家に帰るまで『この人にタイツ破られました』って大声で言いながら帰るよ」
「うわ、だる……」


思ったよりも冷静に怒りの尺度を伝えた口に内心驚く。
そしてそのことにリョーマは若干目を見開いたが、すぐに『面倒くさい』といった顔になった。
こういうところは本当に親子そっくりだ。
そのあとリョーマは少し考えるような素振りを見せると、ひとつため息をつく。
そして、ためらうように歩きだしたかと思うと遅れて「ついてきて」と小さな声で言われた。




あのあとそこそこ歩いたが、連れてこられたのは長い階段の上にある公園。
そこに併設されているトイレで着替えろということらしい。
公園のトイレ≠ノ少し抵抗感があったが、トイレの中は思っていた以上に清掃も設備も行き渡っていてキレイだった。
そんな洋式トイレの個室の中で破れたタイツを脱ぎ捨て、制服からジャージへと着替える。
着替える際に汗拭きシートを使ってベタつく肌も拭えたのでサッパリした。


(それにしても"あの"ストリートテニスってこんなところにあったんだ)


"あの"ストリートテニスこと、公園にひとつしかないテニスコート。
そのコートを取りあうよう、様々な人たちがダブルスを1ゲーム先取で勝ち抜いていく独自ルールを築いた場所。
作中では"橘妹"こと橘杏≠ェよくいる場所だ。

そこまで思い至ると地区予選の試合後、彼女たちの顔が見れなかったことが頭によぎる。
帰りに彼女の姿を探してみようかと思いながらトイレの外へ出ると、テニスコートの方でなにやらトラブルが起きたらしい雰囲気を感じとった。
トイレに入る前はあんなに賑わっていたヤジのひとつもなく、とても静かだ。
ひっそりと建物の角からスポットライトに照らされたテニスコートをのぞき見してみる。


「何よあんたたち!放して!」


時間に似つかわしくない女子の怒声が響く。
その声が聞こえてきたあたりを見ると案の定、人だかりができていた。
『まさか』と思いながらも外で待たせていたリョーマの姿を急いで探す。
彼はテニスコート横の観客席に座ってポンタを飲んでいた。
だがその目線は揉め事の中心を睨んでおり、その先にいるのが誰なのか、何が起きているのかが大体察せてしまった。

こわごわと人ごみを注視しながらリョーマの元へと歩いていく。
すると、人垣の隙間から抵抗する杏ちゃんの肩を無理矢理抱いている男の姿を見てしまった。

やはり跡部景吾≠セ────

そう認識すればその目がなぜかこちらに向けられる。
目が合った。そう確信する。
それから跡部にまっすぐ指をさされ、それを避けるようにモーセの如く引いた人垣からの視線も一身に背負う。


「おい、そこの女、なにか言いたそうな顔をしているな」
「え?え〜……嫌がってる女の子の肩つかむとか強引だなって……」


唐突に話のスポットライトを当てられ、動揺する。
『なにか言いたいこと』なんてなく、どう返そうかと迷ったが、その中でも純粋に思っていたことを口にだす。
すると跡部はハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、思いきり笑いだした。
意識的なのか無意識なのか、杏ちゃんの肩を抱いていた手が離れると、はじけたように彼女がこっちに逃げてくる。
跡部は一通り笑い終わると、前髪をかき上げて見下ろすようにこちらを睨んだ。


「それならお前らが相手してくれるんだろうな?アーン?」
「え、なんで……?」
「ふーん、面白そうじゃん」


跡部の思考回路がよく分からず首を傾げる。
それまでを眺めていただけの近くのリョーマは『待っていました』と言わんばかりに声を上げ、ラケットを跡部に向けて不敵に笑った。

しばらく跡部とリョーマの睨み合いが続く。
そんな中、私のつぶやきへの返事はなく、なぜか周りの全員がいそいそと"そういう風"に動きはじめた。
杏ちゃんまでもノリ気なのか「巻き込んでごめんね」と心配してくる。
なぜ話に巻き込まれた人物を置いてきぼりにしたまま事が進んでいくのだろうかと、整っていく周囲をぼんやりと眺めることしかできなかった。

気がつけば人が引いたテニスコートでは、跡部とその後ろに控えていた樺地、準備万端そうなリョーマが立っていた。
呆然としているとこちらを伺うような視線を四方八方から飛ばされ、跡部からも『来いよ』とアゴで指示される。
有無を言わせない周りの雰囲気にこちらは折れるしかなく、深いため息をついて肩にかけていたラケットケースからラケットを取りだす。
それから荷物は全部そこに置き、リョーマがいる側のコートに入ると、跡部が指を一本立てて告げる。


「1ゲーム先取で勝ちだ」


そう言うなり跡部はコートのド真ん中に座りこんだ。
その行為にリョーマは眉間に皺を寄せる。
ネット越しに二人はまた睨み合うと、リョーマは怒りを抑えたような声で言葉を紡いだ。


「……ナメてんの?」
「ちょうどいいハンデをやるってことだ。なあ樺地?」
「ウス」
「おっと、これもやるよ」


跡部からテニスボールを投げられ、ラケットで受けとる。
『ハンデとしてサーブ権もお前らにやる』ということなのだろう。
バカにしたような行為の連続に対してか、リョーマのいる方向から舌打ちが聞こえてきた。
そんな状態のリョーマにそのままサーブを任せられることもできず、ボールを握りしめる。

視線をコート中央の跡部へうつす。
彼はラケットをあえて手前ではなく背中側に置き、片足をたてて座っている。
その無防備な座り方に、怒りよりも『当たったらどうしよう』という恐怖が先立った。
わざとボールが行き交うような場所に自ら座っているのだ。
そんな彼の顔面にも飛んでいきそうな、地区予選の時のような渾身のサーブが打てる訳もない。
サーブはサービスコートに入れられるよう、力を抜いて打つしかなかった。

息を整えて打ちだした物足りないスピードのサーブは、すぐさま樺地から力強く返される。
こちらに飛んできていたのでそのまま打ち返そうとしたら、無理矢理前に出てきたリョーマがボレーで返した。
そのショットはネットを越え、跡部の顔の真横を通過する。
これは明らかな危険球だった。
それでもなお、跡部は動じる様子もなくコートの中央に座り続ける。
それからもリョーマと樺地の打ち合いは何事もなく続き、なんとかこちらが先制点をとった。




それ以降は樺地一人のパワーに押されながらも左右に揺さぶりをかけ、点を着実にとっていった。
揺さぶりをかけたと言っても、それはほぼリョーマ一人でだ。
相手を左右に走らせていき、その間にできた隙にボールを落としていく。
樺地は体力もあるしスピードもあるのでそうそう上手くいかなかったが、リョーマがちょくちょく跡部に向ける挑発が功を奏していた。

そして今、リョーマは跡部の目の前にドロップショットを落とす。
跡部は目の前にあるそのボールに手を出さず、バウンドする様を眺めるだけだ。
バカにされた意趣返しとしてわざとそうしたのだろう。
流石に樺地は跡部をどけてそれを返すこともできず、ボールは2回バウンドした。

あっけない気もするが、これでゲームセットだ。
リョーマとの初めてのダブルスは、私がペアとしている意味はほぼなく、リョーマのマンパワーだけでゲームを終わらせた。


「げ、ゲームセット……」


誰も動かないでいると、観客席の一人がおずおずとゲームセットを告げた。
終了の言葉を聞いた跡部はラケットを手にとって立ち上がる。
それから肩で軽く息をするリョーマと、息が乱れていない私を比較するように見ると鼻で笑う。
そして、軽い別れの挨拶のように手をひらひらと振りながら踵を返した。


「そこそこの余興だったな。行くぞ樺地」
「ウス」


二人が公園からいなくなると、観客だった人がぞろぞろとコートに出てくる。
そんな中リョーマをうかがってみると、跡部たちが去った方向を睨んでおり、その瞳は闘志がメラメラと燃えていた。





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