籠 り   main diary mail reply  
nocturne:14
祭りの夜

春も終わり夏になった。
暑さが静まった夜の風を感じながら、ガランとした隊舎に残っていた。
いつものように机の上に積まれた書類の処理がちょうどひと段落して、上半身を伸ばす。
隊舎に誰もいないことをいいことに、そのまま上半身をうしろに倒して床の上に寝転んだ。
しばらく深呼吸を繰り返すと寝転んだまま、まだ机の上に残っている未処理の書類たちを忌々しく見上げる。


「今日は一段と多いなあ……」


隊員の会話を盗み聞きしたところ、今日は瀞霊廷のお祭りの日らしい。
たしかに昼すぎから隊員はソワソワしはじめ、夕方には隊舎の外が珍しく浮足だったように騒がしかった。
今も静かにしていれば、遠くから祭囃子のようなものが聞こえてくる。
就業の鐘が鳴る前なのに隊舎にいた人がいつもより少なかったのも、積まれた書類がいつもより多いのも理解はできた。
理解はできたが納得はあまりできなかった。

ため息が自然とこぼれる。
今の時間までずっと隊舎にこもって仕事をしていたので、瀞霊廷が今どんな風に彩られているのかも知らない。
それにもうこんな時間なので屋台もたたみはじめている頃だろう。
久々にお祭りを楽しめるのなら楽しみたかったと、ぼんやり諦めながら目を閉じる。
今度は深く長いため息をはきだして、上半身を起きあがらせ両頬をたたいた。

それから目を見開いて机の上の筆を手にとる。
再び書類仕事に着手しようとした時、部屋の戸が不意に開いた。
そこから顔をだしたのは、艶やかな黒い長髪に袖のない白羽織に白い襟巻き。
普段この時間にいるはずのない涼やかな目と目が合うと、その人物を認識した頭が驚きから心臓と身体を跳ねさせた。


「えっ、朽木隊長?!あの、遅くまでお疲れ様です……!」
「ああ」


慌てて机から立ち上がり挨拶をする。
この隊舎の主はそれに相づちをうつと、こちらを一瞥して隊首室の方向へと歩いていく。
軽く頭を下げ、隊首室の戸が閉まるまでそのまま待つ。
そして戸の閉まる音が聞こえると、焦りながらも足音をたてないよう、小走りで給湯室へと向かった。

いつも一人で残業することに慣れてしまっていたため、突然の来訪は心臓に悪かった。
面接以来、言葉を交わしたことがない朽木隊長ならなおさらだ。
心を落ち着かせるために深呼吸をひとつする。
今までこんな時間に隊長が隊舎にくることなんてなかったのに一体どうしたのだろうか。
隊舎に入ってきた時の隊長の顔を思いだしながら、水を入れたやかんに火をかけはじめた。


(もしかして消灯の確認をしにきたのかな?……まさかね)


隊長用に置いてある高い茶葉を手にとり、量に気をつけながら急須へ入れる。
お湯が沸くと、大体湯呑み二杯分くらいの量を急須に注いだ。
少し蒸らしてこれまた隊長用の高そうな湯呑みに淹れる。
隊長用にお茶を今まで入れたことがないので、それらの値段の高さを想像すると手が震えた。
そんな震えを抑えながら、お盆に急須と湯呑みと茶托を乗せて隊首室へ歩きはじめる。

隊首室の前につくと深呼吸をひとつし、戸を軽く叩く。
そして一拍置いて中へと声をかけた。


「お茶をお持ちしました」
「入れ」
「失礼します」


返ってきた言葉に緊張しながら中へ入る。
朽木隊長は書類に目を通していたようで、こちらを一瞥するとまた机に向かいはじめた。
そのまま机に近づくと、邪魔にならなそうな場所にお茶のセットを置いていく。
全部置き終わるとお盆だけを持って入り口へと戻った。
それから振り返り一礼をして部屋を出ようとした時、ふと話しかけられる。


「祭りにはいかないのか?」
「え?」


あまりにも突然のことに、すっとんきょうな声を出してしまう。
あの朽木隊長から出てきそうにはない質問の内容をうまく飲み込めず、頭が少しパニックになった。
朽木隊長は書類から手を離し、こちらを見つめている。
質問にどう答えればいいか逡巡し、お盆を手でもてあそぶ。
できてしまった間をごまかすように苦笑を浮かべ、素直に本当のことを告げることにした。


「はい。やることが残っていますので」
「そうか」


そう相づちをうつなり朽木隊長は書類へ目をうつす。
こんな平隊員に関心を向けてくれたことに申し訳なさと嬉しさがこみ上げてくる。
とりあえず出入り口前で立っている訳にもいかないので「失礼しました」と、また一礼をして隊首室を出ていった。
そのあとは朽木隊長が帰るまで書類仕事を続け、お茶のセットを回収して軽く清掃をした。
ちなみに急須に残っていた分のお茶もなくなっており、その事実に胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。




祭りの夜が過ぎ、朝になった。
朽木隊長が帰ったあとも書類仕事をしており、帰ったのは空が明るみはじめようとしていた頃だった。
そのあと眠りにつき起きれば、目に入った部屋の明るさからいつもより遅い時間に起きたことを自覚させられた。
部屋に差しこむ日の光を寝ぼけ眼で眺めながら身支度をはじめる。
途中、大きなあくびをひとつすると、生理的な涙が一筋こぼれた。

身支度を終え、隊舎に着くと既に何人か人がいた。
それに少し焦りを感じ、人が増える前に清掃をはじめることにした。
物置きから必要な清掃用具を取りだし、縁側へ移動する。
そして縁側一帯の床を軽くホウキではいてから雑巾をかけていく。
床の雑巾がけを終わらせたあとは渡り廊下に近い柱を雑巾で拭いていると、背後から声をかけられた。


「おはよう」
「おっ?!……はようございます!」


いつもはかけられない朝の挨拶に驚きながらも応えて振り向く。
そこには凛とした立ち姿の朽木隊長がいた。
言葉が途中で詰まったが、なんとか気を持ち直して最後まで口にする。
すると、通り過ぎる際にその表情が少し柔らかくなったように見えて、しばらくの間呆然としていた。





heat haze.
(暑さにすこしやられてしまったのかもしれない)

210825
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