籠 り   main diary mail reply  
nocturne:15
獄の蝶

普段働く棟から少し離れた別棟。
いつも通る渡り廊下の奥まった先に【六】と大きく書かれた扉を構えてそれはある。

扉の横にある隙間のような穴に特製の鍵を差しこむ。
ピッという電子音の解錠音がすると固く閉ざされていた扉が開く。
足を踏み入れるとそこは人気もなく、しんと静まりかえっていた。
中は内装という内装はなく、壁の白と鉄格子の牢屋と格子窓のようなものだけがあり殺風景である。
毎日の清掃にはこの棟も含まれていた。

清掃は勿論だが他にもすることがひとつ。
壁に並んだ格子窓のようなものは簡易的な鍵が施されており、いくつか並んでいる。
その中には吸い込まれるような漆黒の羽根をもつ地獄蝶≠ニいう黒揚羽蝶に似た蝶が舞っていた。
この蝶は尸魂界から現世へ行く際一人一匹連れていくものであり、伝令を伝える役割も持つので死神にとってなくてはならない存在だ。
そんな地獄蝶はここで飼育されていて、世話も仕事の内だった。

いつものようにそれぞれの籠の中の底を清掃し、汲んできた綺麗な水を器に新しく注いで置く。
これで終わりだ。
開け放って掃除をする時に外へでる個体もあるが、誘導すれば戻ってくれている。
先輩から受けた説明からすると地獄蝶がそのまま建物外へ逃げだすこともあるらしいが、それにはあまり実感がわかなかった。

早々に地獄蝶の世話も終え、建物から退出する。
扉が施錠されたことを確認して隊舎に戻ろうとすると、一匹の地獄蝶がヒラヒラとどこからか飛んできた。
ふと指を差し出してみれば、しばらく浮遊したあとそこにとまった。


「どこから来たの?」


当たり前だが問いかけても答えは返ってこない。
周りを見渡してみるも地獄蝶を連れていたらしき死神の姿は見当たらない。
なんとなく空を見上げれば、青いはずの空はポツポツと黒に侵されていた。
目を細めてピントを合わせると黒の正体が地獄蝶だとわかる。
どこから逃げだしてきたのかと思案していると一匹が新しくこちらに飛んできて、既にとまっていた地獄蝶の横にとまる。
それを皮切りに、地獄蝶が次々とこちらに飛んできた。


「わっわっわっ」


指はあっという間に満席となり、次は腕、次は肩。
果ては頭や、腰に差している浅打にまで群がられる始末だ。
これを振り払うことは容易だったが、そこまでしようとする気にはなれなかった。
しかし地獄蝶にここまでわらわらと群がられていると、まるで食われているような気分がした。
そんななんともいえない気分を味わいながら、これからどうするか考えているとふたつの足音が耳に入る。


「ねえさんこっちこっち!」
「待って清音」


足音のした方から声も聞こえてくる。
ゆっくり顔だけをそちらに向けると、籠をたくさん携えた長身で白髪短髪の女性死神が走ってくるのが見えた。
特徴からすれば、彼女は四番隊副隊長の虎徹勇音だろう。
となれば隣にいる虫網を持った活発そうな短髪の女性死神は呼ばれた通り、彼女の妹である十三番隊の虎徹清音だろう。
二人が並んでいると『似ていない』という理由で話題に上がる有名な姉妹だ。

彼女たちは前方のこちらに気づくと走る速度を落としていく。
そして二人ともこちらに起きている異常を理解したのか顔を引きつらせる。
しばらく彼女たちと見つめ合っていたが、姉のほうが深呼吸をひとつして声をかけてきた。


「うちの隊の地獄蝶が外に逃げてしまって、それで、あの、その……助かります」
「それより早く籠にいれてもらえると……」


「すみませんすみません」と謝罪しながら彼女は地獄蝶を籠へ入れていく。
頭から順に、とまっていた地獄蝶はみるみるうちに減っていった。
仲間がいなくなっていくのを感じてか、途中離れていった個体も清音の虫網で無事捕獲される。
数も減り、身体が自由に動かせるようになったので手にとまっていた子を空いている籠の中へ入れれば、二人から笑顔で感謝されてしまった。
そうして私にとまっていた地獄蝶を一匹残らず籠におさめ終わると、勇音がふぅと大きな息をつく。


「これで全部、かな」
「せっかくの非番なのになんでこんな面倒なこと引き受けちゃうのよ、ねえさん」
「ごめんね清音。あとで奢るから」


不満を表にだす妹に、機嫌をとる姉。
その凹凸さ具合に失礼にも笑いがこみ上げてきてしまい、漏れ出そうな笑い声を誤魔化すように咳をする。
咳でこちらを注視した二人に愛想笑いを浮かべ、別れの挨拶を告げる。


「あの、それじゃあ仕事に戻りますね」
「あっ、引きとめてしまってごめんなさい。ご協力ありがとうございました」
「お仕事がんばってね!」


虎徹姉妹に礼をしてその場所から離れる。
廊下を歩きながらこれからの予定を思い出せば、自然と重いため息が漏れた。




執務棟の扉の前で深呼吸をする。
まだ中に入っていないのに四番隊の消毒液の匂いとは違うアルコールのかおりが辺りに漂う。
気後れしながら扉をゆっくり開けると、さっきはしなかったなんとも言えない刺激臭が鼻の奥を刺激する。
中には普通の隊舎では見かけなかったなにかの装置と機器がずらりと並んでいた。
そこはかとなく恐怖心を煽られながら中の人へ聞こえるように声を出す。


「六番隊です。借りていた資料を返却にきました」
「お!お前、一部で有名な"パシリちゃん"だろ!」


そう言ってひょっこりと顔を出したのは丸いフォルムの人。
彼の肌の色は健康な人の範疇のものではなかった。
それだけならまだいい。
その左目がオモチャのように飛び出していることについては流石に許容範囲を超えていた。
頭の中の血の気がひいて気が遠くなる。
涅隊長に人体実験される≠ニいう噂は本当だったのかもとぼんやり浮かぶ。
姿形が己のものとは異なった異形とも呼べる彼は意にも介さず、生き生きとした顔で空の湯のみをかかげる。


「ちょうどお茶なくなったからいれてきてくれよ」
「「「「ワシ・私たちも〜」」」」
「お前ら、他の隊のヤツにお茶くみさせるなよ」


他にもいた隊員がそれぞれの席で手を上げて便乗していく。
その様子を見ていたのか、別室から出てきた死覇装の上に白衣を着た男性が呆れたような顔をして仲間を咎める。
そんな男性も普通の人とは違い、額に小さなツノが三本生えていた。
彼はこちらに歩いてくると、持っていた資料を受け取ってくれる。
『これで帰れる』と内心喜んでいたら、空の湯のみが複数乗せられたお盆を強引に持たされる。
どうやら私がお茶くみをするのは確定事項らしい。


「そういうお前はどうなんだよ、阿近」
「俺はいい…………あ〜、いや、やっぱりいる」


いつの間にか飛び出していた左目が元に収まっていた異形の彼と『アコン』と呼ばれたツノの彼が話しこむ。
その途中、アコンさんの鋭い目つきがこちらに向けられる。
少しクマのできた目としばらく目を合わせていると、彼は指を二本立てて言った。


「ココアをふたつ頼む」
「ココアとかなにカワイコぶってんだ阿近〜〜!!」
「うるさい。頭使うから甘味がいるんだよ」


返した資料の確認をしながらアコンさんはからかう仲間を軽くあしらう。
結局彼も他の人と同じなのかと思うと、勝手に裏切られたような気分になった。

そうして場所を教えられた給湯室に行き、保管場所を教えられた茶葉とココアをだし、置かれていたやかんでお湯を沸かす。
隣のコンロでは冷蔵庫にあった牛乳を鍋で温める。
給湯室にはビーカーやフラスコや茶漉しが置いてあるものの急須がなかったため、お湯が沸いたやかんに茶葉を直接入れる。
お茶を蒸らしている間にココアを作ればお茶も時間になり、空の湯呑みに分けて入れていった。

完成したものを乗せたお盆を持って執務室に戻ると、空いている机の上に置くよう言われる。
そこにお盆を置くなり局員の人たちは敏速に自分の湯のみを取っていく。
そんな中、ココアを頼んだアコンさんは自席で作業に集中しているのか取りにこなかった。
冷めないうちに渡そうとココアをいれたカップふたつを手に取り、彼の席へと直接持って行く。


「ココア2杯お待たせしました」
「ん。ありがとう」
「?あの……」


片方のカップだけを受け取られて首を傾げる。
受け取ったカップを机に置いてまた受け取ろうとする気配もない。
もしかして『やっぱりいらない』とでも言われるのだろうか。
困惑している私を歯牙にもかけずココアを飲むアコンさんに戸惑っていると「ああ」と思い出したように彼は声を漏らす。


「ソレ、ここで飲んでから戻れ」
「え、あ、ありがとうございます」


彼はカップを持ったまま立ち上がるなり、さっきまで座っていた椅子を指さして言う。
礼を伝えると彼は振り返らず空いてる方の手を振り、別室のほうへ歩いていく。
アコンさんはいい人なのだろう。多分。
ただ、この身は十二番隊の隊舎にいるというだけで不安と身の危険を感じてしまうため、飲んでいる間も心は休まらなかった。
無事に六番隊の隊舎に帰れたとき、いつものように自席に積まれた書類すらもその時だけは愛しく思えた。





a cup of kindness.
(それはあたたかくて甘かった)

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