籠 り   main diary mail reply  
12.0
の空の合間

練習の合間を利用して水分補給にとテニスコートを出ると、一人の部員が目に入る。
今年、ウチに入部してきた一年生の苗字さんだ。
彼女は現在、満足に行動することができないため、練習時間を素振りだけに費やしている。
しかし、その様子を最初に見たときは目を疑った。
なにしろ軸足を松葉杖で代用して素振りを行っていたからだ。
あまりの奇抜さに顧問である竜崎先生の指示でそうなったのだと気づくのは容易だった。
そんな無茶振りな指示を実行している彼女にもビックリだが、靴ずれが悪化してしまいそうなソレにはあまりいい顔はできなかった。

それでも彼女は今日も休みなく素振りを続けている。
転倒することもなく、ずっと。
だが今日は天気がとても良く、外にいるだけで喉が渇くくらいだ。
前に脱水症で倒れたらしいと話も聞いていたので、また同じことが起きてしまわないよう声をかける。


「苗字さん、そろそろ水分補給をしたほうがいいんじゃないかな」
「あ、はい」


こちらの声に応えて体ごと振り返ったと思ったら、彼女の体が宙に浮かんだ。
浮かんだ、というよりはなにかで滑ったようにバランスを崩した。
その体を受け止めようと手を伸ばして駆けだしてみても、離れている距離が一気に縮まるはずもなく、彼女は地面に尻もちをついた。
とっさの判断なのか、ラケットと松葉杖は放り出していたので骨折などの二次被害はなさそうだ。
急いで駆けだした速度を落としながら、腰をさする彼女へ駆け寄る。


「苗字さん大丈夫?」
「……大丈夫です」


彼女はそう答えると、放り出したラケットと松葉杖を膝立ちで取りに行く。
その後ろ姿を見ながら遠くに飛んだ片方のサンダルを拾ってみると、その底にはなにかの水分がついていた。
苗字さんの足の裏にも目を向けてみると、巻かれている包帯にもなにかしらの液体が染み出しているようだった。
それが地面に着けていた方の足だということを理解すると、原因は推察できた。


「多分、水ぶくれが潰れちゃったかな。竜崎先生にはあとで言っておくから保健室へ行こう」
「すみません」
「気にしないで。むしろ俺のせいでコケさせちゃったよね、ごめん」
「いえ、そんなことは……」


話しながら拾ったサンダルを履かせ、服についた土を軽く払いながら立ち上がるのを手伝う。
それから、テニスコートの外壁に立てかけていた片方の松葉杖とラケットを交換すると、校内の保健室へと彼女を先導した。

校内は、賑わっていた日中とは打って変わって静かだった。
音といえば、吹奏楽部の楽器の音が時折遠くで聞こえるだけ。
「失礼します」と断りを入れ、閉まっていた保健室のドアを開けると、消毒液の匂いが混ざった独特な香りが鼻をつく。
中に入って部屋の中を見渡してみるが、ベッドで休んでいる生徒などもおらず、先生は不在のようだ。
それを確認すると、端に寄せられていた椅子を中央へ引き出し、そこへ彼女を誘導する。


「苗字さんはそこに座ってて」
「あの、自分でやりますので……」
「いいからいいから。俺、保健委員だしこういうことは任せて」
「はあ」


先に折れた彼女が椅子に座ったのを確認し、応急処置の準備をはじめる。
洗面器、タオル、包帯、ガーゼ、テープ。
この前、念のために復習した靴ずれの処置に必要なものはいたってシンプルなものだった。
用意した洗面器に水が貯まるのを待っている間、苗字さんを盗み見ると彼女は椅子に座ったまま、どこかを見つめるようにじっとしていた。

表情の読めないそれに通勤中の大人を見ているような錯覚を覚え、失礼な考えを吹き飛ばすように首を振る。
きっとただ単に彼女は疲れているのだろう。
水が貯まった洗面器を彼女の足の前に置き、断りをいれて件の足を自分の膝の上につかせる。
そして、患部の皮まで持っていかないように巻かれていた包帯をゆっくりとほどく。
無言のままはなんとなく気まずいので、手を動かしながら以前から考えていたことも交え、話してみる。


「ずっと同じ足で支えていたから潰れちゃったんだろうね。今度からは反対の方で素振りをしてみてもいいんじゃないかな」
「そう、ですね……次からはそうしてみます」


自分の考えが受け入れられたことに少し肩の荷が降りたような気がし、ほっとした。
そこでちょうど包帯も解けたので、今度は処置の方に集中する。
靴ずれの処置もいたってシンプルだ。
患部を水で洗い、水分を拭きとってからめくれた皮を固定するようにガーゼを被せてとめ、包帯を巻くだけ。
包帯を巻き終わると、終了とともに注意事項を知らせる。


「はい出来上がり!一応、家でも消毒はしないようにね」
「お手数をおかけしてすみませんでした」
「いやいや、困った時はお互い様だから気にしないで。片づけたらコートに戻ろうか」
「はい」


コートに戻る間、自分のものとは違った小さな足にある痛々しい患部を思い起こし、彼女のことが今まで以上に心配になった。





221227
mainページへ