籠 り   main diary mail reply  
nocturne:16
年度

尸魂界にも年末年始という概念がある。
もちろん、年度末もある。
年末年始もそこそこ大変だったが、今回の年度末はどういう因果か、届く書類の量が半端ではなかった。
通年とは比べものにならず、いつも私に仕事を投げて帰るような人でさえも隊舎に残って作業をしているくらいだ。
そんな状態が連日続き、本日もとっぷりと暮れた頃、部屋の戸が開かれる。


「遅くまで頑張ってくれているみんなに差し入れだよー」
「副隊長!お疲れ様です!」
「今日もお疲れ様です」


両腕いっぱいに紙袋を携えた副隊長が部屋に入ってくる。
次々と隊員たちが彼に声をかけて出迎えていく。
彼はそれに笑顔で応えながら、たくさんある紙袋のいくつかを使われていない机の上に置く。
まだ腕に残っている分は、別の部署で同じように残業をしている人たちの分なのだろう。
副隊長はこうやって残業が酷い時期には差し入れをしてくれており、平隊員でさえも分け隔てなく気を配ってくれていた。
しかし今回は連日連夜、休みもなく差し入れを大量に持ってきていることを知っているので、彼の懐事情は大丈夫なのか少し心配になる。

それも知らず『待ってました』とばかりに差し入れをもらいに行く隊員たちを尻目にながめる。
今日も分配されないことを予想して作業を再開すると、机に誰かの手が置かれる。
そしてすぐに手がどけられたと思ったら、そこには拳ほどのお饅頭がひとつあった。
目線を上げると手の主だった副隊長と目が合う。
彼は目を細めて穏やかな笑顔を向けてくる。


「君もどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ん?あれ、君は……」


なにか疑問を持ったのか、私の顔を見ながら副隊長は首を傾げる。
私に触れることはタブーのようなこの部屋で、その行動は部屋中の視線を集めるにはたやすかった。
部屋の空気がヒリついていくのを感じる。
休暇もなく連日連夜、残業をしている私の存在を、連日連夜、差し入れを持ってきた彼が気づく。
そんな願望にも似た流れが頭に浮かぶ。
『ここで直訴すればいいのでは』と思い至るも、なにを言えばいいのか喉に言葉がつっかかった。

すると、副隊長の視線が机の上に積まれている書類へと向けられる。
他の人に比べると高い、大半が押し付けられたそれ。
彼の視線の先を察知したのか、平然を装った一人の隊員が早足で寄ってくる。


「苗字さん、書類の処理手伝うよ」
「あ!副隊長、熱いお茶でもいれましょうか?」
「まだ差し入れ受け取ってない人いるー?」


まるでそれが日常の一部かのように喧騒が次々に重なっていく。
どこかで事前に打ち合わせをしていたかのような彼らの自然な言動に、これまでも彼らの一員として扱われていたような気がした。
しかし、目の前で書類の一部を受け取る隊員の目を見れば、それは錯覚なのだと思い知らされる。
一見、微笑みをたたえているが、瞳の奥は氷のように冷えきっていたからだ。
それに気づくと、周りから見ずとも向けられている意識が鋭いことにも気づき、針のむしろにいる心地になる。
気づけば喉に詰まっていたはずの言葉は、どこかに消え去っていた。

悪意から逃れるように視線を逸らすと、そこの人から気まずそうに目を逸らされる。
同じ部署に配属された同期は同じ霊術院出身なので、そこで私のよくない噂を耳にしていたのか避けられていた。
後輩も入ってすぐの頃は挨拶をもらったりしていたが、いつの間にか声がかけられなくなっていた。
他の隊員も事なかれ主義なのか、先輩たちの横暴にも似た行為を見過ごすだけであった。
みんな遠巻きに私を見るだけで、目を合わせてくれることもない。

人の中にいるはずなのに、私はひとりだった。

そのあと、何事もなかったかのようにその日の業務は終わる。
そうして年度末の激務も終わり、新人がまた何人か隊に入ってきた。
私は新人の世話を任されることもなく、いつものように新年度の書類を大量に押しつけられることを身構えていたが、肩すかしをくらう。
渡された少なめの書類を処理していると、中に人事異動通知書がまぎれていた。
誰のかと思い読んでみれば、それは私のものだった。
異動先は隊長の執務室から一番近い部屋の部署。
この部署で働くことは少なくとも副隊長の直轄に置かれるということである。

周りを見渡しても聞けるような人もおらず、ただただ困惑した。
不意に、書面にあった朽木隊長の判のあとを指でなぞる。
紙には少しだけ判の凹凸がついており、書面が本物なのだと判断できた。
とりあえず渡された分の作業を終わらせると、事実を確認するため通知書を持って部屋を出た。


「苗字さん、ちょっとこっちへ」


異動先である部屋の近くまで行くと、声をかけられる。
振り返れば副隊長がおり、手招きをしていた。
導かれるままに彼のあとをついていくと応接室のひとつに通される。
部屋の机にはお茶のセットがすでに置かれており、急須の注ぎ口からは湯気がうっすらとあがっていた。

着席を促され、副隊長の対面に座る。
彼はおもむろに急須を手にとると、湯呑みにお茶を注いでいく。
確認のために話を自分から切り出すべきなのか迷っている間にお茶は注ぎ終わり、目の前に差しだされる。
すすめられるがままお茶を飲むと、その温かさに緊張が少しだけほどけた気がした。
続けて何口か飲んで湯呑みを茶托に置くと、こちらを伺っていたのか副隊長の頭が勢いよく下げられた。


「苗字さん、申し訳ない」
「えっ!?あの、副隊長、頭を上げてください……!」
「君の過重な勤務状態に気づくのが遅くなってしまい、誠に申し訳ない」
「わ、私は、気にしてません、から……」


頭を下げたまま謝罪の言葉を述べていく副隊長に最初は驚くだけだったが、次第に舌がなぜかうまく回らなくなる。
そして目頭が熱くなり、目からぽとりと涙がこぼれた。


「もう、無理はしなくていいんだ」





one of the people.
(この涙はあの時消えてしまった言葉なのかもしれない)

230308
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