籠 り   main diary mail reply  
15.5
の日

5月の第2土曜日の昼下がり。
平日よりも長くてしっかりした内容の部活動も終わり、帰路についていた。
土曜日は暗くもない時間帯に終わるため、交友もあるだろうとリョーマと落ちあって帰ることはしないでいた。
だが、今日はなぜか校門で待っていたリョーマと一緒である。

明るい空の下でともにする帰路に少し違和感を抱きながら、彼に目線をうつす。
リョーマはなにやら考え事をしているようで、いつもは先陣をきって歩いている彼の歩みは遅かった。
こちらの視線に気づいたのか、顔を上げてこちらを見ると足を止めた。
その神妙な面持ちにつられ、こちらも足を止める。
なにやらためらうような様子で口をもごもごとしながら喋りだす。


「あのさ、悪いんだけど、その…………お金貸してくんない?」


バツが悪そうに「帰ったらちゃんと返すし」と付け加えられる。
王子様からの突飛な申し出に豆鉄砲を顔面に食らったような気分になる。
とりあえずジュースを買いたいからではなさそうな態度に、その目的を聞いてみることにした。


「ちなみになんで?」
「…………母の日のプレゼント」


葛藤を見せたあとの答えに「ああ」と相槌をうつ。
母の日は5月の第2日曜日。つまり明日だ。
リョーマは今日まで忘れていたが、周りがしていた母の日の会話を耳にして思い出したのだろう。
前日に母の日の会話をするとしたらやはりカツオとカチロー辺りだろうか。
自分は母親ではないが倫子さんには大変お世話になっているため、あらかじめプレゼントを用意している。
彼もあからさまに当日プレゼントを買いに行くのではなく、部活後である今に用意したいのだろう。
だが、悲しいことにそのお願いを聞くことはできない。


「ごめんね、今日はお財布持ってきてないんだ」
「は?」


事実を伝えると『恥を忍んで頼んだのに』という目で睨まれた。
視線で訴えながら無言で詰め寄ってくるリョーマを「まあまあ」となだめる。
今お金を貸すことはできないが、その代案として知恵を貸すことくらいはできる。


「プレゼントを買うんじゃなく、作るのもいいと思うよ」
「作るってなにを?」
「例えばケーキとか」
「ケーキとか時間かかるし難しいんじゃないの?」
「パウンドケーキなら簡単だし大丈夫だよ」
「……じゃあそれで」


流れるように母の日のプレゼントを決めると、リョーマは憑き物が落ちたように足取り軽く先を歩いて行った。
今までも彼の年相応な言動を目にしてきたつもりだったが、今回はその比ではない気がした。
夢かと思って頬をつねってもやはり頬は痛いままだった。

次の日。
朝食の時間も終わり、いつものように買いだしへ行く倫子さんを見送る。
このまま買い物へ出れば彼女は昼まで帰ってこないだろう。
彼女が引き返してこず、忘れ物もなく完全に出かけたと判断できた頃、部屋でくつろいでいたリョーマを呼んで一緒にキッチンに立つ。
二人揃ってキッチンに立つことが珍しいと感じたのか、カルピンが足元をウロチョロしていたので心を鬼にして居間へ隔離する。
彼は戸を閉める最後までその間の抜けた鳴き声で抵抗していた。

ようやくキッチンに平穏が訪れ、気をとりなおす。
そして、前日にスマホで調べたパウンドケーキのレシピを表示する。
そこに書いてある材料を用意していると、リョーマが材料のうちのひとつであるホットケーキミックスをつまみ上げる。
その目は懐疑的だった。


「ホットケーキに変更ってワケ?」
「ホットケーキミックスでも作れるんだよ」
「フーン」


材料を全て用意し終えると、それ以降はすべてリョーマの手でやらせていく。
自分は隣でレシピ通りに作り方を教え、見守るだけ。
最初は懐疑的だった彼は反発もなく、教えた通りに作っていった。
いつもこのくらい素直ならいいのにと思いながら、母親のために素直に従うという姿はとても微笑ましかった。

型に入れた生地を電子レンジで焼いている時間を利用し、使用した調理器具なども洗わせる。
流石にそこまでは想像していなかったようで、嫌そうな顔をしていたが『洗うまでが料理』と言えば渋々ながらも洗いはじめた。
それから残ったあとの時間は、自分がラッピングした時に余らせていたメッセージカードを渡して書かせ、たまたま授業の一環で使用して余らせていた折り紙でカーネーションを折らせた。
初めて折ったであろうリョーマのカーネーションは歪んでいた。
歪んだのが気に入らなかったのかそのあと何個か作られ、結果、折り紙でできたカーネーションの花束ができた。

ケーキが焼き上がってからしばらくした頃、倫子さんが帰ってきただろう音が聞こえる。
キッチンで電子レンジから焼けたケーキを取りだしていたリョーマにはそれを告げず、居間のふすまの隙間から様子を見守ることにした。
たくさんの買い物袋をぶら下げただろう倫子さんが玄関先にそれらを下ろす音が聞こえる。
そして家の中に漂う甘い匂いを嗅ぎとったのか、不思議そうに声を上げる。


「なんだかいい匂いがするわね」
「母さん、ケーキ焼いといたからあとで食べて……その、母の日の、だから」
「リョーマが作ったの?自分で?」


キッチンから顔を出していたリョーマは少しの沈黙ののち、気恥ずかしそうに顔を逸らしてコクリとうなずく。
それを視認しただろう倫子さんは玄関から上がってくるなり、小走りで愛息子を抱きしめにいった。
熱い抱擁を交わすと、次は両頬に熱烈なキスをしていく。
ここからは親子の時間だと察し、ふすまを気づかれないように閉じようとした。
しかし、リョーマを片腕で抱いたままの倫子さんがふすまを開けてきて、空いていた片方の腕に引き寄せられた。


「二人ともありがとう〜!あとでみんなで食べましょうね!」


私たちの頬にキスをして「I love you」とつぶやいた彼女の声はなんとなく震えていたように思えた。
メッセージカードと折り紙のカーネーションを渡したら彼女は泣いてしまうかもしれない。
これには流石に『やりすぎたかも』と思わずにはいられなかった。





「リョーマにしてはよくできたんじゃねーか?」
「親父には作ってない」
「父の日も楽しみにしてるからな〜」
「絶対なにもしない」

***

「手塚部長は今日の母の日、なにかしますか?」
「カーネーションの花束と万年筆用のインクをプレゼントしたな」
「あっ、いいですね〜」
「ああ、母も喜んでいたよ」

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