nocturne:1
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金平糖
あれから私の環境はガラリと変わった。
私の環境というよりは六番隊自体がすこし変わった。
これまではほぼ私ひとりでやっていた掃除は区間別の管理となり、牢の掃除と地獄蝶の世話は部署ごとの当番制となった。
また、これらの仕事を終えたことを報告する書類に担当した個人の判を押すようにしたことで、なりすましなどを防止しているようだった。
副隊長は何も言わないが、きっと彼がそう整備したのだろう。
最近の仕事といえば以前と変わらぬ書類仕事だが、量が格段に減った。
それに、同じ部署の人たちに話しかけられることがぽつぽつながらも増えてきた。
会話といっても仕事関連がほとんどだが、それ以外の話もしてくるようになってきていた。
副隊長も暇があればちょくちょく話しかけにきてくれ、この部署に迎え入れられているのだと思えてきてしまう。
在籍期間はまだ短いが、この部署は過ごしやすいところであるのは明白だった。
そうして本日は部署が変わってから数度目の非番の日。
瀞霊廷は晴れであり、日差しも柔らかく、歩いているだけでも眠気がよってくるほどの天候である。
陽気にあてられてなのか、過ぎる人たちの顔も穏やかなものだった。
何の憂いもない休日に自分の意思で瀞霊廷を自由に歩くのは初めてのことで、戸惑いから目線があちらこちらへ飛んでしまう。
こんな状態でも一応目的はあった。
これから先、必要になるであろうものの買い出しだ。
今回買おうとしているのは義魂丸≠セ。
現世で人間として行動するための肉体である義骸は支給品としてあるのだが、義魂丸は違った。
義魂丸は義骸に入っている時、霊体の死神として行動したい時に義骸を無防備に放置しないよう、仮の魂を入れるためのものである。
義魂丸を飲むことで義骸に入った本物の魂を抜き、空っぽになった義骸へ仮の魂を入れることができるという一石二鳥の便利な代物だ。
それなのになぜ支給しないのかと疑問がでてくるが、義魂丸の人格には種類があるらしいのでそれが理由なのかもしれない。
それはそうとなぜ求めているのかは、こうだ。
最近、同じ部署の人との会話で現世任務が話題に上がった。
私は現世での任務を今までしたことがなく、それを聞いていたのか副隊長から現世の話題がでてきた。
やんわりながら彼からは私に現世のことを体験させたいという意欲をなんとなく感じた。
多分、近々、現世の任務に選ばれるような気がしている。
つまりは『転ばぬ先の杖』といったとこだ。
ふと、鮮やかな色彩に目をひかれて足が止まる。
そこは駄菓子のお店だった。
お店の中には大小、色とりどりなお菓子が並べられていた。
中でも特に色の多い金平糖に目を惹かれる。
金平糖を最後に食べたのはいつだろうかと、なんとなくノスタルジーを感じて胸の奥が少し痛くなる。
しばらくノスタルジーに浸って店前でずっと立ち続けていることに気づき、金平糖のつまった袋をひとつ買って、また道を歩きはじめた。
「ありがとうございましたー」
店員のお礼を背に先ほど手に入れた品物を見る。
そういえば、お給金を嗜好品に使うことは初めてだ。
今までは備品や食料くらいで消費して過ごしていた。
休日を今日みたいに好きなまま過ごすのも初めてだったし、はじめてだらけでなんだか気分がとてもよかった。
駄菓子屋さんでは他にも気になったものもあったが、それはまた今度にしよう。
そうやって自然と次の休みがあるのだと思えることに笑みが漏れてしまう。
すると、足がやわらかいなにかとぶつかる衝撃を受け、すこしよろける。
「おっとっと」
「あっ、ごめんね!」
足元を見ると、小さな少女が不思議そうにこちらを見上げていた。
少女はピンク色の髪に栗色の瞳をしており、喪服なのか黒い着物を着ていた。
彼女の視線に合わせるようにかがむと、そのくりくりな目は手に持っていた金平糖に釘付けだった。
ぶつかったお詫びといっては安いかもしれないが、とりあえず持ち上げて本人に確認してみる。
「……いる?」
「いるー!」
元気よくそう返され、その素直さに笑みが漏れる。
金平糖の袋を小さい手に渡すと少女は袋を嬉しそうに懐の中へと納める。
やりとりはこれで終わりだと思い、立ちあがろうとすると小さな手に腕を掴まれた。
その手から伝わる力強さに悪寒が一気に駆けあがる。
もしかしてこの子は─────
脳裏に嫌な予感が巡り、体が固まる。
「ありがとね!それじゃあ、お礼にウチ案内したげる!」
「えっ?」
そういうなり、少女は走りはじめる。
腕を掴まれている私は引きずられないように走ることしかできない。
「待って」と何度も制止の言葉をかけるも、ずっと楽しそうに笑い声をあげる彼女には届かない。
しばらく走ると護廷十三隊の敷地に入ってしまう。
角を曲がり、まっすぐ走り、また角を曲がる。
位置的にこの先にあるとすれば近づいてはいけない"例の場所"だ。
私の意思を無視して少女は隊舎の塀をすんなりと飛び越えていく。
彼女に腕を掴まれていたこちらも否応なく飛んで隊の敷地内へと引き込まれた。
なんとか着地して息を整えていると、たまたま近くにいたであろうスキンヘッドで目尻に朱をさした男性死神が肩で風を切って近づいてくる。
近くまでくると彼はこちらを凄みをきかせながら睨んでくる。
彼の素振りからしても分かるだろう。ここはあの十一番隊だ。
「なんだあ?お前道場破りか?」
「ちっ違います!お礼にって、あの子にひっぱられて……」
「アン?」
説明しようと少し離れた場所にいる少女に視線を移す。
塀を飛び越えた際、少女の手は離されており少し遠くにいた。
当の少女は凄んでくる男性死神に目もくれず、呑気にあげた金平糖を食べていた。
しばらく視線を送っていたのにやっと気づいたのか少女はこちらを見るなり、トコトコと歩いてきて男性死神の足を叩く。
「つるりん、女の子いじめちゃメッ!だよ!」
「……いじめてなんかいねーよ。なァ?」
「はひ……」
同意を求めるために睨みをきかせないでもらいたい。
男性死神への態度からしても、彼女は十一番隊の副隊長草鹿やちる≠ネのだろう。
十一番隊の副隊長が小さな子だという情報だけは耳に入っていた。
だが斬魄刀も腕章もないからと、喪服を着た瀞霊廷の住人なのだと判断してしまった自分の思慮の浅さが嫌になる。
「それより副隊長、隊舎に入る時くらいはちゃんと扉から入って下さいって、この前も言いましたよね?」
「えー?やちるわかんなーい!」
スキンヘッドの男性のうしろから、十一番隊とは思えないどこか既視感のある整えられた風貌をした男性死神が顔をだす。
彼はつけているネックウォーマーをいじりながら突飛な少女の行動を諌めるも、彼女はキャハハと朗らかに笑って流す。
これは日常の一部なのだろうと彼らのやりとりを眺めていると、鮮やかな赤髪を高い位置でひとつに縛った男性死神が走り寄ってきた。
その派手な見た目には見覚えがある。
前の部署のときに北流魂街で待ちぼうけをさせられ、住人に襲われそうになったところを助けてくれた人だ。
彼もこちらに見覚えがあったのか、目が合うと「あ」とだけ声が漏れた。
「えっとねー、次は女性死神協会に行こっか!」
「おいやちる、どこほっつき歩いてた」
「あ!剣ちゃーん!」
「!」
また引きずられるように好きに連れて行かれそうになった時、ドスのきいた低い声が背後から聞こえる。
背中に伝わるギザギザの刃のような霊圧だけで理解できる。
十一番隊隊長の更木剣八=B
近くにいるだけで気が遠くなるような霊圧だ。
無遠慮に押し付けられる大きな霊圧に、ここはもう自然に任せて正気を手放した方が正解な気がしてきた。
重圧から倒れないように意識をなんとか保っていたが、もう限界だと無駄な抵抗はやめ、身体が無防備に倒れるのも構わずそのまま意識を手放した。
「?急にどうしたコイツ」
「至近距離での隊長の霊圧にノビちゃったんですよ」
「あー、こりゃ四番隊に連れてくしかねーっすね」
「お前が連れていけよな、恋次」
「よろしくね」
「ええっ、俺っスか?!」
a person like a blade.
(意識を手放すことはとてもたやすかった)
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