籠 り   main diary mail reply  
act.22


部活動中、校舎のお手洗いから戻る道中で嫌な感覚がした。
しばらく歩いていると、校内ではしないはずのタバコの匂いが鼻の粘膜をくすぐってきた。
さっきの感覚はコレなのだとすぐに理解する。
教師陣の行動からして、学校の敷地内での喫煙は禁止されているようなのでこれは異常事態だ。
念のためフェンスの向こうの校外に目を向けてみるが、タバコを吸っている人がいるような様子もない。

もしいるとすれば目に入らない物陰だろう。
ひらけたグラウンドの物陰といえば端にある建物の裏あたりだろうか。
しかし、この期間にタバコといえば──────


「おい!他校のヤツが何ウチでケムってんだよ!出ていけ!!」


グラウンドのざわめきの中にひとつの怒声がテニスコートの方向から響く。
『他校のヤツがケムっている』悪い予感は的中した。
亜久津だ。亜久津が青学にきている。
ということはケガ人がでてくるということだ。
遅すぎるかもしれないが、その対策を考えながらテニスコートへと向かう足を早めた。

ようやく現場に着いた時にはリョーマが亜久津の飛ばしてきた石を打ち返す場面だった。
荒井とカチローは既にやられてしまったあとらしく、地面にうずくまっている。
それでもまだ、このあとにも問題は残っていた。
亜久津が複数の石を同時に飛ばしてきて、リョーマに切り傷や打撲を与えることだ。
それだけでもなんとかしようと私は走りながら上に着ていたジャージを脱ぎ、リョーマと亜久津の間にそれが壁になるよう広げて投げつける。


「最高じゃねーの!!」
(間に合え……!)


複数飛ばされた石はうまいことほぼジャージに当たって威力を吸われ、さらに空気抵抗で弱まり、リョーマにジャージを押しつけるだけとなった。
これでリョーマは悪くてもちょっと打撲をしている程度で済んだだろう。
リョーマのうしろにいたカチローは既にテニスボールで殴打しているだろうが、石にはぶつかっていなさそうだった。
亜久津はそれを理解したのか「チッ」と大きな舌打ちをすると、こちらをギロリと睨む。
流血沙汰は避けられたことに安堵していたところだったが、実際に刺してきそうな睨みでその安堵は一瞬で吹き飛ばされた。


「女に守られてんじゃねーよ。だせぇな」
「……別に頼んでないし」


亜久津とリョーマが鋭い目で睨みあう。
ヒリヒリとした空気を肌で感じる。
あまりものヒリつきに腕に痺れを感じてきてしまうほどだ。
一触即発な雰囲気にゴクリと生唾を下していると、近くにいた堀尾が目を見開いてこちらを指差す。


「おまっ、苗字!腕!腕!!」
「腕?」


腕を確認しようと持ち上げると、だらりと生暖かい感触が腕をつたう。
その元を見てみると利き腕の皮膚が一直線にパックリと割れていた。
腕の痺れの正体はこれだったか。
そこからは生々しく大量の血液がだらだらと垂れている。
多分、ジャージでは防げなかった分の石がなにかにはね返ってスパッといったのだろう。
ドクドクとした血管の動きを感じながら、肘から垂れていく血が地面に赤色のシミを増やしていく。
とりあえず患部を心臓の位置より高くしながら手のひらで抑え、堀尾に返事をする。


「血が止まってきたら保健室へ行くから気にしないで」
「なんでお前そんな冷静なんだよ……」
「うーん、なんでだろうね」
「……チッ」


自分が代わりにケガをしたことについては、自身でも驚くくらい冷静に受け入れられていた。
堀尾とそうして話していると亜久津が急に背中を向けて歩きだす。
するとリョーマはおもむろに地面に散らばったテニスボールをひとつ拾うと、亜久津の後頭部に向けてスマッシュを打ちだそうとする。
その行動にはカチローも驚きの声をあげた。


「リ、リョーマ君!?」
「あせんなよ。都大会決勝まで上がってこい。俺は山吹中3年、亜久津だ!」


打ちだされたスマッシュボールを片手で受け止めた亜久津はそう言うと、今度こそ青学を去っていく。
亜久津の姿が見えなくなって安全になっただろう頃、ワッとテニスコートがわく。
自分は囲んできそうなその群れから逃げるように近くの手洗い場へそそくさと逃げ、流水で患部の洗浄をはじめる。
水とともに流れていく血は水と交わり、赤色になった水が排水溝へと流れていく。
その間に荒井とカチロー、リョーマはしばらく人に囲まれたあと保健室へ向かったのか、校舎へと歩いていっていた。

流れる血の量がようやく減ってきた頃、部活動は終了となる。
途中、こちらに気づいた大石にケガへの対応に了承を得たのもあり、そのあとは手洗い場で腕を冷やしているだけで終わってしまった。
患部が開かないように反対の手でおさえ、保健室へ行こうとしていると、道中でリョーマとカチローにかち会う。
ちょうどよかった。これからまだイベントが待っているはずのリョーマへこのあとの予定をフリーにさせるために声をかける。


「ちょうどよかった。これから保健室へ行くところだから今日は先に帰ってていいよ」
「苗字」
「うん?」
「今日みたいな勝手なことしないでくれる?」
「リョーマ君!苗字さん助けてくれたのにそんなこと言うのひどいよ!」
「別に助けてくれって頼んだ覚えないし」


リョーマは不機嫌な顔のまま、こちらをかばおうとするカチローを冷たくあしらう。
亜久津に煽られたのもあって、彼にとって他人に、ましてや女子に守られるのは屈辱だったのだろう。
それにその相手が負ったケガをこともなげにしているのが気に食わないことを、片手だけではおさえきれない利き腕の傷に向ける視線からしても見てとれた。
まるで因果律のように負ったケガについては正直、後悔なんてひとつもない。
すこしピリピリとした患部の痛みを感じながら、リョーマへ言葉だけでも謝罪しておくことにする。


「ごめん、危ないと思ったからつい手がでちゃった。次からは気をつけるね」
「…………」
「あっ、リョーマ君待って!」


謝罪を聞くなり苦々しい顔で顔をそらされた。
そのまま帽子を被りなおしながら早足で去っていくリョーマのあとをカチローは追いかけていく。
途中で思いだしたように「苗字さんまたね!」と振りかえって別れの挨拶をするカチローへ手を上げて応える。
新しく血が流れてきたのを感じ、対応もそこそこに保健室へ向かうと、そこにはスミレがいた。
湿布の残り香からしてリョーマたちの手当てをしたあとなのだろう。


「まーた勝手にケガをしおって!跡が残っても知らんからな!」


荒々しく言いながらも彼女は慣れた手つきで手当てをはじめる。
その間、今回の件を詳しく聴取された。
ケガは亜久津が直接傷つけた訳ではないため、中体連に訴えるなどはできないらしい。
そんな話の中でリョーマのことを聞いてみると彼は念のために保健室へきたらしく、打撲も切り傷もなかったらしい。
それを聞いて『よかった』と思えたが、これもリョーマにとっては迷惑なのだろう。
今後の彼によっては居候生活も肩身が狭くなってしまうことを考えながら、その日はひとりで帰路についた。





夜ご飯をいただき、食器洗いが済んだので居間へ向かう。
中には南次郎とリョーマが既におり、自分が中に入ってくるのを認識してか交代するかのようにリョーマが居間をでていった。
寝転んでいた南次郎がその光景を見ていたのか首を傾げる。

「なんだ?お前らケンカでもしたか?」
「まあちょっとしたトラブルがありまして」
「ふーん、ま、あんま深く考えんなよ」
「はあ」

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