籠 り   main diary mail reply  
nocturne:18
られた花

以前の予想は当たり、現世での任務が決まった。
現世での任務といっても、副隊長の手伝いといったところらしい。
説明は副隊長自らから受け、任務の流れは大体分かったが、色々手続きが必要だそうで今はその手続きと準備に追われていた。
手続きの中には他の隊の認印もいる書類があり、そのために現在は隊舎間を回っている。
その間、十二番隊ではまたお茶汲みをさせられたが他の隊では特に何事もなく済んでいた。

そして五番隊隊舎の近くに来た時、その人は現れた。
隊長の白羽織を着、優男を体現したような男性、藍染隊長だ。
彼は桃色の花束を手に持ち、柔らかな笑顔を浮かべて優雅に前方を歩いている。
贈答用なのかは分からないが、どれにしてもあの花束は彼にとても似合っているのだろう。
だが、学院時代に彼の視線から味わった感覚を忘れられない私からすると、それは故人へ贈る手向けの花のように思えた。
昔の感覚を思い出しただけでも震えてくる手に気づかれないよう書類を胸に抱き、目を合わせないように目を伏せ、何事もなく通り過ぎることを祈りながら頭を下げた。


「やあ、こんにちは」


頭上から聞こえたので声をかけられてしまったようだ。
確認するようにゆっくりと頭を上げると、既にこっちを見ていた彼の目とかちあう。
そして一拍の後、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。
目を合わせただけなのにドッドッとハッキリとした動悸と背中の寒気が止まらない。
回らない頭でとりあえず『不審がられないように答えなければ』と口をなんとか動かす。


「こんにちは……藍染隊長」


平然を装い挨拶をすると、彼の目が満足げに細められる。
一見は笑みに思えるそれに、一際大きな動悸が襲ってくる。
その動悸の瞬間、握力も弱まってしまったのか抱えていた提出書類等を地面に落としてしまった。
慌てて散らばった書類を四つん這いになってかき集めていく。
藍染隊長もそれには流石に花束を地面に置いて残りの書類を拾ってくれていたが、ふと手の動きが止まる。


「おや?現世へ行くんだね」
「はっはい……あの、その……現世での任務は初めてでして……!」


現世へ行くのに必要な書類だということをすぐに見抜いた彼に、しどろもどろのまま要らぬ情報まで口走ってしまう。
なにも伝えることはないのに身振り手振りをしてしまい、それには自分でさえも滑稽に思えた。
恥ずかしさからそそくさとまた書類を集めはじめると、藍染隊長のクツクツといった笑い声が耳に入り、更に恥ずかしくなって頭が沸騰しそうになった。
羞恥に耐えながら藍染隊長が拾った分の書類を受けとり、落とした書類をようやく集め終わる。
彼に手伝ってもらったことのお礼を言って立ち上がると、桃色の花弁をつけた華やかな花たちが目の前に出された。
戸惑いながら彼の顔を見上げると、視線が花束へ落ちる。


「これはアネモネという花でね。店先で珍しいから買ってきたんだけど、お祝いにあげるよ」
「え、あ……ありがとう、ございます……」
「無事に任務が上手くいくことを祈っているよ」


満面の笑みで花束を手渡される。
アネモネという名前からして、外国の花なのだろう。
断るわけにもいかず、受け取ってしまった花の華やかさについ目を奪われる。

彼に対する恐怖という感情は抜けないが、どう考えても目を合わせて動悸を起こす方がよっぽどおかしいのだ。
動悸がなければ、目さえ合わなければ、きっと彼のことをいい人だと思っていたはずだ。
そんなことを思っていると後ろから「苗字さん」と声をかけられる。
振り返るとそこには副隊長がいて、こちらに向かって歩いてきていた。
彼はこちらに着くなり藍染隊長との間に割って入る。
珍しいことに副隊長の表情はあまり機嫌が良くなさそうだった。


「藍染隊長、あまりウチの部下をいじめないでください」
「ああ、六番隊の副隊長さんか。彼女とはちょっとお話をしていただけだよ」


『いじめてはいない』という身の潔白を示さんばかりに笑みを濃くする藍染隊長。
対峙する副隊長も笑みを返し、しばらく両者とも微笑みながら睨みあい…というよりは眺めあっていた。
突如はじまった腹の探り合いのような場面に、両者の様子を伺うしかない。
しばらくして副隊長はこちらに目をやると花束に視線を落としたので「藍染隊長からいただきました」と事実を伝える。
すると彼は腑に落ちないような顔をし、藍染隊長に頭を下げた。


「失礼しました。仕事が残っていますので私達はこれで。それでは失礼します」
「ああ、お疲れ様」


流れるような動作で副隊長に肩を軽く押されたので歩きはじめる。
藍染隊長から離れていき、彼の視線から解放されたと思った瞬間、足がいつもより重く感じられた。
たしかに疲労感を覚えていた体に、これからも藍染隊長への苦手意識が芯から抜けないことを確信し、長いため息を漏らした。

その後、もらったアネモネの花束は部署に生けて飾っておいた。
見た目が華やかなのもあってか同僚たちからの評判はとてもよかった。





poison in hand.
(目覚めた翌日、手の肌はかぶれていた)

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