籠 り   main diary mail reply  
act.23
大会決勝

都大会の2日目がきた。
2日目ということは1日目に残ったプログラムの消化だ。
残ったプログラムといえばトーナメントを勝ち上がった学校の、その更に上を決めるための試合である。
そんな大事な試合をひかえたミクスドの会場は、既に出番をなくした学校の人たちが観覧するはずもなくガラガラであった。
1日目はいた、今はいない彼ら・彼女らは、元々の部門を応援か観覧をしているのだろう。
大人たちが新たにおこした新興部門であるミクスド部門だが、当事者たちへのウケがあまりよくないといえる若者たちのその行動に、社会の縮図を垣間見た気がした。

我らが青学はというと、既に決勝まで勝ち上がっている。
現在、ミクスドのコート上ではもうひとつの準決勝をすすめていた。聖ルドルフと氷帝学園の試合だ。
ルドルフは観月などの顔を知っている補強組がいる気配がない。
氷帝もミクスドでも正レギュラーを出さず、準レギュラーなのかも分からない人たちが試合を行っていた。
そうなると勝ち上がるのはマンモス校である層の厚い氷帝に決まったようなものである。
そんな試合をぼうっと眺めていると、隣に誰かが座ってくる。

小鷹さんかと思って目をやると、ポンタを持ったリョーマがそこにいた。
オーダーもされていない彼がここまでくるということは暇になったからだろうか。
今日まで越前家でも避けられていたが、人が少ない中でわざわざ隣に座ってくるということはもう怒っていない、ということなのかもしれない。
彼の反応を見るのも兼ね、声をかけて顔色をうかがってみる。


「もう決勝戦は終わったの?」
「楽勝」


短い返事とともにフンと鼻で笑う。
その顔はスカッとした様相をしており、亜久津との試合でなにかしらの鬱憤を晴らせたようである。
リョーマは上機嫌なのか、口角を上げながらポンタを一口飲むと続けて喋りだす。


「亜久津とかいう人、口と態度の割にはまだまだだね」
「へー、その試合見たかったなあ」
「……じゃ、それだけだから」


こちらが相槌をうつと、リョーマはハッとして立ちあがる。
顔はすぐにいつものツンとした涼しい表情に戻っており、きびすを返して歩きだす。
ミクスドの試合をそのまま見てくれないことに若干の寂しさを感じながら、去っていく彼の背中を見送る。
リョーマが見えなくなると入れ替わるようにして大石がこちらに向かって歩いてきていた。
人物と時間的に考えると、きっと次の試合へ向けたウォーミングアップの誘いだろう。


「苗字さん、そろそろウォーミングアップをしておこうか」
「そうですね、行きましょう」




都大会、ミクスドの決勝戦の相手は氷帝学園に決まった。
その試合で私はミスクド2として大石と共にオーダーされていた。
残念なことに初戦のミクスド3は負け、青学にはもう後がない。
だが、氷帝はミクスド2を絶対に押さえておきたかったのか、予想外の大物を連れてきていた。


「よお。今日くらいは楽しませてくれよ?」


目の前の男が尊大な態度かつ、からかうような不敵な笑みをこちらに向けてくる。
なんと跡部だ。氷帝は跡部を出してきたのだ。
都大会では正レギュラーを渋るように少数しか出さなかったあの氷帝がだ。
さっきのルドルフ戦とは違った氷帝のあまりの本気ぶりに血の気がひいてしまう。
都大会であろうと優勝という肩書きは学校としてもきっと魅力的なのだろう。
ふと榊太郎(43)が「イニシアチブをとれ」と言った場面が自然と頭の中に流れてきた。

そして、決勝戦がはじまる前はガラガラだった会場は跡部がでることを知ってか、主に女子が殺到していた。
まだ試合が始まってもいないのに黄色い声援がコートの四方八方から聞こえてくる。
人気がないものには客寄せパンダが必要なのだと試合とは別個の問題ではあるが、改めてそれを認識させられた。

それ以外に認識させられたものは他にもあった。
ラケットを握る両手がブルブルと震える。
周りからわき上がる氷帝コールが水の中から聞いたかのように遠く感じる。
試合は氷帝のペースで、圧倒的だった。
跡部だけに目が向けられがちだが、鳥取さんというペアの女子もプレイングが巧みでショットが的確であった。
このミクスドでの弱点はもう既に知られていた。私なのだと。


「苗字さん大丈夫?」
「すみません、大石先輩……」


自分の中のなにかにヒビが入るような音を感じながら、心配してくれる大石に謝ることしかできない。
大石は悪くない。悪いのは私だ。
相手はスマッシュが打てず、人に当たりそうなショット全般が打てない甘い私に集中砲火を浴びせていた。
それを理解してカバーしようとしてくれる大石の動きがあるが、それでもカバーできずにすり抜ける球はでてきてしまう。
その光景には見覚えがあった。地区大会の時の神尾たちとの試合である。
『あの時の業が今になって戻ってきたのだろうか』と現実逃避のためにか頭に浮かぶ。
それでもなんとか攻めることができていた前半とは違い、後半は防戦一方だった。

一球一球、攻められる度、この世界から浮いていた自分の意識が地面に押し付けられていく。
一挙一動、目で責められる度、見ないふりをしていたこの世界にある自分の体の痛みを自覚していく。
見られている中でも跡部の視線は苛烈に私を責めたてていた。
それがとても怖かった。


「俺様の美技に酔いな!」


震える手では予測できていたラケットを弾かせることを止められず、最後は破滅への輪舞曲を綺麗に決められてしまう。
砂塵のようにゲームは手をすり抜けていき、結局スコアは2ー6で負けてしまった。
たとえミクスドとはいえ、跡部に2ゲームをとれたのは自分としては良い方である。
だがすぐに『青学レギュラーでダブルスに慣れている大石がいたのに、今まで勝ちを繋げていた青学の子たちを負けさせてしまった』という自責の念が押し寄せてきた。
他の人ならきっともっと上手くやれたのに。
そう確信できるほどに情けない負け方だった。

ゲーム中、あんなにこちらを責めていた跡部の目がゲームセット後は一瞥もしてこず、完全に冷めきっていたことでますますみじめな気持ちになった。
きっと責める価値すらももう彼の中にはないのだろう。


「あの、苗字さん」
「すみません大石先輩。顔を洗ってきます」
「あ、うん、いってらっしゃい」


締めの挨拶終了後、なにか言いたげだった大石を方便で撒き、荷物を持ってその場を走り去る。
会場で人気がない場所、誰もいない場所を求めて走っていく。
最後には会場の奥まった端にある、ひとつの木陰にたどりついた。
木にもたれかかりながら一息にスマホで嘘の連絡を入れると、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
体がとても重い。もう動けないとさえ思えるほどに。
スマホを持つ手は試合が終わってもまだ小刻みに震えていた。


「はー……」


吐き出される息さえ、とても重く感じられる。
顔を震える手で覆うと、無意識の涙が顔を濡らしていたことに気づく。
手で拭ってもそれだけでは拭いきれず、どれだけ拭っても新しい涙が流れ落ちていく。
カバンから乱暴に取りだしたタオルを顔に押しつけると、それは嗚咽へと変わっていった。
息をするごとに涙は溢れ、吸い込む息は段々と荒くなっていく。
そんな中、全プログラムが終わったらしく、閉会式で結果を読み上げる声が遠くから聞こえてくる。


『準優勝、青春学園中等部────』
「……っ」


私は、弱い。

今までは運が良くて生き残れただけだ。
どれだけ原作の知識があっても、練習を重ねても、自分は弱いままだということを、今日ようやく嫌というほど思い知らされた。
今日まで積みあげていたなにかが瓦解し、その上に立てられていた椅子が座っていた私ごと倒れた。そんな感覚だ。

そうだ。これまでの私≠ヘ、私には過ぎた地位だったのだ。





「あれ?苗字さんは?」
「苗字は先に帰ったらしい」
「そっか、それなら俺たちも帰りましょ!」
「…………」
「大石?どったの?」
「英二……ううん、なんでもないよ」

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