nocturne:1
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現世任務
薄闇がかかりはじめた空の中、ひとり佇む。
電気できらめきはじめる現世の街一帯を見下ろしていると、夜になっていく空のグラデーションの中で輝きを増していく電灯の風景に目を奪われる。
ひとりきりで見ていると、変化していくこの美しい景色を独り占めしているような気分になり、一瞬すらもとても贅沢なものに思えた。
それを甘受して眺めていると、確認を終えたらしい副隊長が隣に立つ。
景色から目を離してしまうことを少し惜しく思いながら副隊長に視線を移すと、彼は完了の意味として手で丸のサインを返してきた。
最初は戦々恐々としていたが、はじめての現世任務初日はあっけなく終わろうとしていた。
「暗くなってきたし今日はここまでだね」
「お疲れ様です副隊長」
「苗字さんもお疲れ様。夜ご飯は現世のお店に行ってみようか」
「あっ、いいですね」
「きっと気にいるよ」と嬉々とした様子で喋る副隊長の姿に思わず笑みがこぼれる。
休みの日は現世に入り浸る隊員もいるくらいだ、きっと食文化も瀞霊廷より進んでいてさぞかし色々な美味が溢れていることだろう。
これからの体験に思いを馳せていると、ふと空に異変を感じる。
習字のような黒の一文字が、まだ暗くなりきっていない宵闇に浮かんでいた。
ソコを指でさして副隊長に問いかけてみる。
「副隊長、あれはなんですか?」
「……あれは……」
指先を追った副隊長の声色でそれが芳しくないことを察す。
空に浮かんでいた一文字はいつしか亀裂へと変わり、口を開けたかのようにパクリと開く。
口の中は底が見えず、夜より暗い闇で満ちていた。
すると亀裂の中からなにかが、ぼとり、ぼとり、とまばらに落ちてくる。
暗くなってきたこともあり、それらが虚なのだと理解するには時間がかかった。
空にできた穴から虚が出てくる現象なんて霊術院の授業でも教えられたことなんてない。
唖然としている間も虚は際限もなく次々と口から溢れてくる。
穴から自由になった虚たちは地上の現世の人たちなどには目もくれず、こちらに一直線で向かってきていた。
虚たちは体格や仮面の造形、移動方法さえも様々なのに統率されているようにアレらは動いている。
指揮をとっているような個体らしきものも見かけないのに、だ。
不自然としか言えない異常事態の連続に足がすくんでいると、副隊長の大きな声が耳に入る。
「苗字さん!通信で援軍を呼んで!」
「は、はい!……六番隊の苗字です。応答願います。もしもし……もしもし!」
『……ジー……』
指示された通り伝令神機で尸魂界との通信を試みるが、ただノイズが走るだけ。
どれだけ大声で喋っても返答もない伝令神機での救援要請を諦め、連れてきていた地獄蝶を指にとめる。
霊力を使っての交信を試みたが、それすらも応答がない。
それ以外の連絡手段といえば縛道七十七の天挺空羅だが、伝達先となる助けてくれる誰かの霊圧をここから捕捉できる訳でもなかった。
それに元々、私には扱うことができないだろう鬼道なのでどだい無理な方法である。
どうすれば援軍を呼べるのか。
そう困っている間も虚の大群は止まることもなく、先頭の仮面が視認できるようになる距離まで来ていた。
焦りから冷や汗がにじみ、手が震える。
頬を叩くことで自らを奮い立たせ、とりあえず指示を仰ごうと行動の結果を副隊長に告げる。
「副隊長!伝令神機も地獄蝶も繋がりません!」
「くっ……!」
副隊長は苦々しい顔で頭をくしゃりと掻く。
いつもは穏やかな彼がこんなにも焦った表情を見せるのは初めてだった。
現世任務の申請のために回っていた時知ったことだが、副隊長以上の死神が現世に行く時は霊力を制御する限定霊印がつけられるらしい。
周りに悪影響を与えないためらしいが、その霊印により霊力は普段の二割に抑制されるという。
隊長の次に強いと言われる副隊長とはいえ、こんな状態では多勢に無勢なのだろう。
それだけの数の虚が今、ここに集結しようとしていた。
ここから逃げることはたやすい。
だが逃げた後、今は関心のない現世の人間へと標的が移る可能性がある。
そうならないためにも、ここで応戦するしか道がないようだった。
副隊長もその考えに至っていたのか、こちらの意思を確かめるように視線を送ってきている。
覚悟を決めてその視線に肯定としてうなずくと彼もうなずき、おもむろに鬼道の詠唱をはじめた。
それにならうようにこちらも詠唱をはじめる。
「散在する獣の骨 先塔・紅晶・鋼鉄の車輪─────」
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ─────」
まだ距離がとれている内に数を削ろうと、それぞれが鬼道を放つ。
初弾が先頭に当たっていくつか数が削れたが、そのあとから怯える様子もない虚が歩をすすめてくる。
休む間もなく副隊長が鬼道の詠唱をはじめるのを耳にし、こちらも続いて扱えるだけの鬼道の詠唱を口にする。
そうしている内に数は減るも、辺り一帯は虚だらけとなった。
それからは白打や鬼道、刀での乱闘になった。
こちらを掴もうとする虚の腕を手で払い、崩れた体勢に追い討ちをするように回し蹴りを食らわす。
周りが密集していたせいかその蹴りだけで何体かが巻き添えでいなくなる。
いなくなっただけで実際の数は減ってはおらず、ただ散らしただけ。
私程度の白打だけでは虚を倒すことはできない。
倒せるとしたら浅打での斬撃と鬼道。
腰にさしている浅打に手をかけ、隙のある虚たちを斬っていく。
その一方で、無防備である背面への攻撃を縛道の八である斥で防ぐ。
斬り伏せながらも死角への攻撃を察知して縛道を使用することは神経をとても使い、骨が折れることだった。
それでもなんとか虚と相対していると、いつしか肩で息をするようになっていた。
ずらりと並んだ虚たちを見据えながら息を整える。
どれだけ時間が経ったかは分からないが、空には月が顔を見せていた。
月の薄明かりで副隊長のほうを確認すると、彼はまだまだ戦えるようだった。
だが、霊力も尽きてきた私は押し切られるのも時間の問題。
それを感じとったのか副隊長と目が合うと、一瞬ハッとした顔をしたかと思えば取り繕うように笑顔を作られる。
「隙を作るから苗字さんは穿界門から逃げて」
「……っ、必ず、必ず戻ります!」
「行って!破道の五十八、闐嵐!!」
彼の笑顔と、なるべく優しい声で出されただろう指示に胸が痛くなる。
彼に『必ず戻る』ことを伝えると、いつものように笑った。
そして詠唱破棄の鬼道で大型の竜巻が作りだされ、周囲にいる虚を巻き込みながら不規則に襲っていく。
周りに虚がいなくなったことを確認し、今しかないと穿界門を開く。
地獄蝶を連れて門を通ると、これは通信障害の影響がないのかすぐに尸魂界へと戻ってこられた。
尸魂界は現世と同じく夜になっていた。
すぐ辺りに人がいないかを探すも、付近には人影もない。
この時間でも人を複数呼べるとするならば机仕事が終業し、夜警の番の人が残っているだろう隊舎しかない。
そう思い至ると隊舎へと全速力で向かい、中へ入って灯りを探す。
目的の光を見つけるとその部屋へ飛び込むなり、残っていた人たちになりふり構わず大声で助けを求めた。
「助けてください!副隊長が大変なんです!!お願いします!!」
「「?!」」
突然声をかけられた隊員たちは目を丸くさせた。
しかし、こちらの身なりがあからさまに乱れていることを視認すると、異常性を感じとったようだった。
彼らは伝令神機でどこかと連絡をとりはじめたり、身支度をするなりしていく。
そこから更に何人かが合流し、穿界門へ向かうこととなる。
着くまでの間、これまでのことを話すと『そんな異常事態は聞いたことがない』と隊員たちは顔をしかめながら見合わせるのだった。
地獄蝶を連れ、穿界門を開いて通る。
副隊長との約束通り、多少時間はかかったが援軍を連れてあの場所に戻れた。
ところが、その場にはもう副隊長と大量にいたはずの虚や、開いていた空の穴は見る影もなくなっていた。
空にいたはずの月は雲の裏に隠れ、しとしとと冷たい雨粒を降らせる。
「嘘……」
間に合わなかった。
そう直感すると、足から崩れ落ちる。
絶望とともにこぼれるひとりごとと涙が、暗い中降りしきる雨音に吸い込まれていった。
六番隊副隊長■■■■失踪の件について
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現世での任務にて同行していた同じ六番隊の隊員、苗字名前の証言によれば、空から現れた虚の大群に襲われたため副隊長である■■■■の指示に従い援軍を伝令神機と地獄蝶で求めた所、通信が繋がらなかったので応戦中に穿界門を通って瀞霊廷へ援軍を呼びに戻ってきたとのこと。
証言と通信障害があった記録、並びに穿界門に入った時間が一致していることを確認。しかし、穿界門から出た時間については数十分ほど差があり、原因は通信障害の影響によるものと思われる。
なお、共に供述された空から出現した大量の虚に関しては別件で調査することを求む。
証言のあった現場近くでは■■■■のものだったと思われる六番隊の副官章と破られた死覇装らしき布切れをいくつか確認。
その後、現地で検証を行い、霊子の痕跡等から六番隊副隊長■■■■の消滅を確認せり。
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mouth of the evening.
(街で輝く光はもう心に届かない)
240123
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