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噂
副隊長を助けに戻った夜。
援軍として呼んだ人たちで辺り一帯を探したが、彼の姿を発見することはできなかった。
痕跡らしきものはなんとか見つかったが、どれも凄惨な状況を想起させるものばかりであった。
彼の伝令神機に通信をかけても繋がることはない。
最後に見た、彼の笑顔が脳裏をよぎる。
護廷十三隊の隊士としては情けない、あの別れが最後になるなんて嫌だった。
そんな後悔の念にかられながらひとりで捜索を続けていると、新しく加勢にきた援軍の人たちと交代することになる。
空は雨雲で覆われていたが、東の方角がうっすらと明るくなりはじめていた。
普通なら休めるはずのところだが、今回の当事者である私は瀞霊廷に戻るなり尋問を受けることとなった。
何度も同じことを聞かれたりして頭がどうにかなりそうだったが、とりあえず答えられる質問に応じていく。
そして尋問から解放されたのは一日が終わる頃だった。
ようやく帰れた自室に布団を敷くまでの体力もなく、畳の上に倒れて泥のように眠った。
夢もなく、ただただ沈みこんだ。
次に目を開けた時、床に布団は敷かれておらず、あたたかい陽の光もなく、起きたすべてが夢ではないのだと無情にも叩きつけられた。
その日以降も尋問は続いた。
同じ部屋で変わらぬ質問と変わらぬ返答の応酬を朝から晩まで繰り返す。
そんな中、いつしか周りからは陰口として副隊長殺し≠ニ呼ばれるようになっていた。
市丸隊長から呼ばれたパシリちゃん≠ニいい、嫌なあだ名や噂はすぐに広まるものなのだと諦めに似た気持ちを抱く。
今日も呼びだされた尋問室までの往路を重い足どりで行く私の姿を見かけるなり、知らない誰かが話しだす。
彼らは声を抑えることもなく、むしろこちらに聞こえるような大きな声で喋る。
「あれが副隊長殺しか」
「あんなのを補助に選ぶほうも選ぶほうだよな」
「もしかしたらあの二人、ねんごろだったんじゃねーか?」
「ハハッ、ありえるなそれ!しっかし、あんなのを採用するなんて朽木隊長もたかがしれたな」
あまりにも下卑た笑いが辺りに響く。
この瞬間、頭の中で張りつめていた糸が切れる感覚がした。
気がついた時には、先ほどまで猥雑なことを口にしていた人物二人の横っ面を殴打していた。
ついに白打の練習以外で他者に暴力をふるってしまった。
それでもそんな後悔よりも先に体が動く。
まるでこちらが反撃してくるとは思わなかったのか呆けた顔をした男の胸ぐらを掴み、また殴ろうとして空いている拳を振りあげる。
私はあまりの怒りに我を忘れて声を荒げていた。
「私を馬鹿にするのはいい!けど朽木隊長や副隊長まで馬鹿にするな!!」
「その副隊長を見殺しにしたヤツがデカい口叩くんじゃねぇよ!」
「……っ!」
胸ぐらを掴んでいない方の男に顔面を横から思いきり殴られる。
その衝撃で相手の胸ぐらから手を離してしまい、後ずさりをしながらよろけた足どりで体勢をとろうとする。
口の中が切れたのか鉄のような味が口内に広がる。
男二人は体勢を既に持ち直しており、怒りの形相でこちらを睨みつけながら腰に差している斬魄刀に手をかけていた。
それを見て、こちらももう退けないのだと察して腰の浅打に手をかけようとした。
「お前ら、刀から手を離せ」
「「……!」」
千歳緑色の裏地をした白羽織がひらりと宙を舞う。
私たち三人の間に入ってきたのは刈り上げられた黒髪をした十番隊隊長志波一心≠セった。
志波≠ニいうことはきっと岩鷲くんの親戚か兄弟なのだろう。
だから今まで十番隊を避けていたのだが、やはり彼は幼馴染によく似たまっすぐな眼差しをしていた。
もう二度と戻れないあの日々を思い返し、涙がふいに溢れそうになるのをこらえて彼の言葉通りに浅打から手を離す。
男たちも仲裁に立たれたのが隊長格だったことに対してか、苦虫を噛み潰したような顔をして斬魄刀から手を離していった。
双方が指示通りに行動したことを視認すると、志波隊長は朗らかな笑顔で私たちの肩を軽く叩いていく。
「お前らは『ここでコケた以外なにもなかった』だろ?ほら、散った散った!」
「……チッ」
この場ではもう恨みを晴らせることはないと理解したのか、男二人組は舌打ちをするなりすぐにどこかへと消えていく。
遺恨は残るが彼らが見えなくなった頃、志波隊長に礼を伝えると彼は「何がだ?」とあっけらかんとして答えた。
まるで岩鷲くんのような対応に再び泣きそうになる。
そのまま岩鷲くんのことを聞いてみたかったが、彼らのお家事情に土足で上がってもいい立場ではないことを思い、口をつぐんでおくことにした。
そうして志波隊長に促されるがまま、その場を離れる。
「今度は気をつけて歩けよー!」
茶化すようにうしろから声をかけてくる彼に、荒んだ心が和らぐのを感じる。
あのままならば刃傷沙汰へ発展して大事になるところだったが、それを事前に止めてくれた。
仲裁に入ってくれた志波隊長には感謝しかない。
今まで勝手に避けていたことが申し訳なくなるくらいだ。
今度から、彼と彼の率いる十番隊を避けるのはやめようと思った。
そう考えていると、口の端から液体が伝う感覚がしてそこを指で拭う。
指には男に殴られた時のものだろう赤い血がついていた。
それを乱暴に死覇装の袖で拭っていると、艶やかな黒の長髪を跳ねさせた見覚えのない女性死神が近づいてくる。
さっきのケンカの一部始終を見られていたのか、彼女は少しオロオロとした様子を見せている。
「大丈夫か?」
「……大丈夫です」
「口の中を切ったのではないか?」
「気にかけてくれてありがとうございます。でも大丈夫です」
「……そうか、出すぎたことをした」
ハンカチを口元に伸ばそうとしてくる彼女の手を片手で制し、袖で血を拭う。
ハンカチを近くでよく見ると、生地は質が良いのか表面からしてなめらかそうだった。
きっとこれを血で汚すのはとんでもないほどの代物だろう。
それでも食い下がってくる彼女にお礼とともに『大丈夫』と再び念を押すと、ようやくやる場のないハンカチをしまってくれる。
そっけなくして申し訳ない気持ちもあるが、あのハンカチを汚すことにならなくてよかった。
しかし、あんな上質なハンカチを持っているということは、彼女はやんごとなき身分の方なのだろう。
目の前の彼女のことを推察していると、定刻を知らせる鐘の音が響いて我にかえる。
このままだと尋問の時間に遅刻してしまう。
品のある凛々しい顔を少し曇らせた彼女へ、これ以上話す時間がないことへの断りを述べる。
「すみません、用がありますのでここで」
「ああ、気をつけてな」
「お心遣いありがとうございました」
「いや、私はなにもしていないよ……それではな」
せめてもの償いとして恭しく頭を下げる。
彼女はそれに対して悲しそうな微笑みを浮かべると踵を返して歩いて行った。
もし次に会うことがあれば彼女と普通の会話をしてみたい。
そんな欲がふつふつと湧いてくると、後から追ってきていた鈍い痛みが走り、その元である頬を手で抑える。
痛みはまるで『お前にそんな資格はない』と言っている気がした。
outstretched hand.
(そう、その手をとる資格なんてない)
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