籠 り   main diary mail reply  
18.5
育祭

本日は6月初めの土曜日に行われる体育祭であるが、雨の予報があり延期になりそうだったが、曇りでなんとか本日行われることになった。
今はその昼休みの時間である。
午前中は活躍をしたので午後も活躍をしようと奮起していると、見覚えのある一人が校舎の中へと入っていく姿が見えた。
こちらは既に家族と一緒にご飯を食べ終わっており、校舎内に残したカバンに入れた間食用のパンを取りに行くついでに好奇心のままその後を追って校舎へと入る。
特別な日とはいえ、ザワザワとした外とは違って校舎の中はシンと静まり返っていて別世界のようだった。

一年生の階について教室の中を順番にうかがっていると、目的の人物を見つける。
相手は席に座ったまま机横にかけていたカバンの中に手を突っこんだと思ったら、小さな弁当箱を取りだしていた。
きっとこれからそこで昼食なのだろう。
それ以上は深く考えることをやめ、教室へ入って目の前の人物の名字を呼ぶ。


「よお、苗字」
「桃城先輩、なにかご用ですか?」
「いんや、用事ってほどのことじゃねーんだけどさ」


青学男子テニス部ただ一人の女子、苗字。
苗字は話しかけるとピクリと体を震わせてこちらへ顔を向ける。
アイツみたいにあまり感情が読みとれない、からかいにくい苗字はどちらかと言えば苦手な方だった。
いつもの感情が薄い顔で対応する苗字の前の椅子を逆に座って対面する。
視線は顔や目ではなく、その手元にある弁当箱へと自然に向かう。
自分のものとは何回りも違うそれを見つめ、思ったことをそのまま喋る。


「女子ってよくそれだけで腹もつよなあ」
「むしろ先輩が食べすぎなんですよ」
「わはは!そうかもな!」
「ちなみに今日は何食したんですか?」
「ひーふーみーよー……うーん、わかんねえ!」


指折りで今日の朝食から間食も含めて思いだしながら数えてみたが、途中で面倒になってやめた。
誤魔化しのための自分の大きな笑い声が教室に響く。
するとその瞬間、苗字がうっすらと微笑みを浮かべたような気がした。
笑顔とまではいかないが笑えるということに、今まではあまり感じなかった親近感がわく。
嬉しくなって苗字の視線に合わせるように椅子の背もたれ部分に乗りかかる。


「……なあ、お前なんか困ってることとかないか?」


唐突な問いだったのか、苗字はぱちくりと目をまばたかせる。
そしてしばらく考える仕草をしたかと思うと、目を合わせておもむろに喋りだす。


「ひとつあるとすれば、お弁当のおかずが目の前の人に盗られそうなことですかね」


今度は俺が目をまばたかせる番だった。
そんな冗談も言えるヤツだったのか。
そう思い笑い飛ばしていると、他の1年生がドアのところで立ち尽くしていることに気づく。
上級生と喋っているところを邪魔しないように気をつかっているのだろう。
俺だって手塚部長が自分の教室でクラスメイトと話をしていたら無遠慮にズカズカと入るのはやめているところだ。
彼らにとって邪魔になっている自らの存在を申し訳なく思い、話を切りあげてこの場を去ることにした。


「なんかあれば俺を頼っていいからな!んじゃーな」


こうして昼休みは終わり、午後のプログラムがはじまった。
今は1年生のプログラム『借り物競走』が行われている。
ちょうど現在の走者には苗字がいた。
苗字はお題の書かれた紙を手に取って中を見るなりキョロキョロと周りを見渡す。
こっちと視点が合ったと思った瞬間、苗字がこちらにまっすぐ走ってきたと思えば「桃城先輩!」と、いつもより大きな声をだして呼んでくる。


「一緒にきてください!」
「おう!合点承知!!」


早速頼られたことに嬉しくなり、笑顔で応える。
そのまま苗字とグラウンドのトラックを一緒に走り、一番にゴールテープを突っ切った。
1位のフラッグを渡されるよりも先に、同級生である放送部の男子生徒がこちらにマイクを持って近づいてくる。


『一着おめでとうございます!それでは気になるお題を確認してみましょう!えーと……』


苗字が手渡したお題の紙を司会である男子が広げる。
さっきのこともあるし『頼れる先輩』『かっこいい先輩』などのお題なのかと思って期待に胸を膨らませる。
しかし、司会の男子は中を見るなりニヤニヤとした顔になって肩を震わせていた。
そしてわざとらしい咳払いをすると、広げたお題の紙を空にかかげた。


『お題は───食いしんぼう≠ナした!これは文句なしの1位ですね!』
「オイオイオイ!そりゃねーよ!!」


俺の心からの嘆きとは裏腹に、グラウンド全体からはドッと笑い声がわき上がった。
一体誰だよそんなお題書いたヤツ!
それから、そんなお題で選んでくれた苗字といえば、終始顔を思いっきり背けて目を合わせてくれることはなかった。





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